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19 スキル

 翌朝になると、体はすっかり軽くなっていた。


 昨夜あれだけ寝たのだから当然と言えば当然だが、若いってすばらしい。

 


 セラは朝からいつも通りの顔で支度を整え、俺が顔を洗って戻る頃にはもう外套を羽織っていた。


「行くよ」


「はい。今日は原因探しですよね」


「そうだ」


 短い言葉を聞いて気合いをいれる、背筋が伸びる。




 バルネス商会の屋敷へ向かう道は、昨日よりもずっと静かだった。

 朝の光が石畳をなめるように照らし、通りには開店準備をする人々の気配がある。


 屋敷に着くと、当主のロランとエミルがすぐに出迎えた。


「おはようございます、セラフィナ様。ユウト殿」


 ロランは相変わらず丁寧だが、昨日よりも顔色が少し良い。

 エミルも同じだ。寝ていないはずなのに、彼はきっちり立っている。少し光が見えたからか。


「ミアは……?」


「今朝は起き上がって、普通に食事をして、元気そのものです」


 ロランの声が、ほんの少しだけ弾んだ。


 その言葉通り、ミアはベッドの上に座っていた。

 目に力が宿っている。

 目が、ちゃんとこちらを追っている。


「おはようございます」


 しっかりと挨拶をしてくる。ミアは昨日眠っていたため初対面だ。


「おはよう、ミア。私はセラフィナ・ルクレールというものだ。君の体調不良を治すためにやってきた」


 セラはにこりと笑うとそっと近づき、手首に指を当てる。

 目を閉じ、数秒。


「……やっぱり、多いね」


 淡々と告げる。


 ロランが身を乗り出す。


「悪化していますか……?」


「悪化はしてない。ただ、昨日抜いたはずの量にしては、戻りが早い」


 セラの目が少しだけ細くなる。


「この子、素の魔力量が高い。中級の魔術師くらいはあるね」


 確か中級魔術師ともなると一般人の50倍くらいの魔力量がある

 けれど、セラはその程度は珍しくないと言いたげな顔で説明を続ける。


「強制的に魔力を注ぐことで、器が大きくなっている」


 セラがミアの額に手をかざす。


「通常は魔力の器以上の魔力は溢れて発散するが、それ以上の速度で流入している」


 確かに魔力を使用して減ると一定までは回復するが、それ以上に上がることはない

 それが発散してると言うことか?考えたこともなかった


「もう一度、抜いておこう」


 セラが静かに言う。


「昨日と同じ処置だ。痛みはほとんどない。怖がらなくていい」


 ミアが小さく頷いた。


 セラの指先から、昨日見た糸のような光が伸びる。

 ミアの体内を巡る流れが、目に見えるほど整っていき、余剰が吸い出されていく。


 ミアの肩がふっと落ちる。


「……楽、です」


「それはよかった」


 セラはあっさりと手を離した。


「でもね、ミア。これで終わりじゃないよ。今の状態が続けば、また同じことになる」


 ミアの顔が不安げに曇る。

 ロランの拳がきゅっと握られた。


「原因を見つける」


 セラはロランに向けて言った。


「魔道具か、呪術の類か。外から注がれている何かだ」




 ミアの部屋に入ってすぐに感じていた。


 部屋の魔力が薄い。


 言葉にしづらいが、「空気が軽い」というより、濃度が足りない。

 森の家の庭で魔力を感じるときとは、明らかに違う。


 セラも同じことを思ったらしく、窓の外の空気まで確かめるように一歩動いた。


「やっぱり薄いね」


「中心地がこの部屋、とは限りませんよね」


 俺が言うと、セラは頷いた。


「その通り。魔道具が近くにあるとは限らない。離して置くことも多い」


 ミアが首を傾げる。


「離して……?」


 

「魔道具と発生する魔術の位置が同じだと、常にその場所にいる必要があるし

 火を出す魔道具のペンダントを使って、自分が燃えるわけにはいいかないからね

 制御をかけて安全に発動するように術式を調整するんだ。それから、」


「セラさん」

 セラは魔術の話が好きで、たまに暴走する。

 少し興奮し始めたセラの名前を呼びかけてなだめる。

 

 我に返ったセラさんは軽く咳払いをして誤魔化すように言葉を続ける

「つまり魔道具による影響を考えているが、それをこれから探そうという話だ」

 セラが言い、ロランとエミルが同時に頷いた。



 まずはミアの身につけているものから、という流れになる。


 ミアは、胸元に小さなペンダントを下げていた。

 銀の縁取りに、淡い青の石。伝統的な作りだ。


「それ、ずっと着けてるの?」


 俺が尋ねると、ミアは小さく頷いた。


「うん……。お母さまの」


「母親の形見?」


「……うん。亡くなったとき、もらったの。

 寝るときも、外すのが嫌で」


 ロランが視線を落とす。

 触れられたくない話題なのだろうが、今は優先順位が違う。


「関係ないとは思うけど……念のため、触らせてくれる?」


 ミアが少しだけ迷って、でも素直にペンダントを差し出した。


「大丈夫。壊したりしない」


 そう言って受け取る。


 手のひらに乗せた瞬間、冷たい金属の感触が指に伝わる。

 


「ヒストリック・トレース」

 誰かが持っていたものに関して何かしらのイメージが見えるという曖昧で不安定なスキル。

 戦闘にも役に立たない。日常で使っても役に立たないスキルだ。

 役に立つように祈りながら発現した固有スキルを使う


 スキル名を唱えると視界がふっと揺れて、世界の輪郭が薄くなる。


 ぼんやりと、誰かの記憶の断片が滲むように浮かび上がった。


 白衣を着た中年の男性。

 中肉中背。

 眼鏡。

 口元には短いひげ。


 映像は短い。

 しかも、その映像の年月がいつの話かも分からない。

 見たい時間を指定できるわけでもない。


 大体のものに対して何かしらのイメージは見えるのだが

 欲しいものが見えるわけじゃない。ほとんど役に立たないのだ。



 意識が戻り、俺はペンダントをミアに返した。


「……何か見えた?」


 セラが聞く。


「白衣の中年男。中肉中背、眼鏡で、ひげです」


 セラの目がわずかに鋭くなる。


「白衣ということは医者か」


 そのままセラはロランとエミルの方へ向き直った。


「そういえば先に医者に診せているんだろう?何の薬を投与したか確認してみたい」


 ロランが頷く。


「今までに診せたのは医者と、神官に、薬売りです」


「先ほどの条件に合う男はいるか?」


 セラの問いに、ロランが記憶を探るように目を閉じる。


「中年。中肉中背。眼鏡……ひげに当てはまるのは薬売り、アデル・クロイツという者です」


 一致した。

 エミルが息を呑む。

「……ユウト殿のスキルが、クロイツさんを示しているのですか?」



「そうですが、ペンダントに触れた人が見えただけですから、何かをしたというわけではありません。」

 俺は落ち着かせるようにゆっくりと話した。

 何か悪さをしているとは限らない



「クロイツさんに限ってそんなことはないと思いますが……。

 でも、こんな魔力過剰みたいな症状を起こす薬って……」


 エミルが顔を青くする。

 


「落ち着きな」

 セラの声が少し強くなる。


「まだ何もわかっていない。まずは何があったかを知りたい。

 ロラン、最初の医者を呼んだ経緯から昨日までを全て話せるかい?」

 

「は、はい。まずは1ヶ月ほど前でしょうか。ミアが転んで膝を擦りむいたので

 医者を呼び寄せて治療をしました。それから数日後に熱が出たので医者を呼んだのです。

 医者は瀉血を行ってから、薬を出しました」


 瀉血というのは、体内の悪い血を出すという処理だ。転生前の世界では否定されている処置だ。

 この世界では通常の処置なのだろう。

 

 ロランは話を続ける

「数日で熱が下がる見込みでしたが、熱は下がらず。

 そこで教会の司祭を呼んで祈りを捧げてもらい、一時は改善したのですが

 再び悪化したため、クロイツを呼んだのです」


 引き継ぐようにエミルが口を開く。


「クロイツは、特製の薬草で体質を整えると言っていました。

 呪術の可能性もあるので、最近仕入れたものを見せて欲しいとも」


 その言い方に、ほんの少し引っかかりがあった。

 呪具、ないしは魔道具の可能性に気づいているのだろうか


「今、その薬売りはどこにいる?」


 セラが即座に聞いた。


 ロランが急いで答える。


「南通りの近くで診察などをしているそうです。人を出して呼びましょう」


「いい。私たちで行く」


 セラは短く言った。


「エミルは借りていくよ、案内と私たちの紹介が必要だろう」


 エミルがすぐに頷く。

「案内します。こちらへ」


 ロランは頭を下げて俺たちを送り出した。



 屋敷を出て石畳の上を3人で歩き始める。

 まずは薬売り、アデル・クロイツのところへ行って話を聞こう


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