表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/29

18 休息

 屋敷を出る頃には、いつの間にか昼近くになっていた。


 太陽はすでに高く、石畳はほんのりと熱を帯びている。

 徹夜でここまで動き続けていた身には、その光が少し眩しすぎた。


「……腹、減ってない?」


 セラが何でもないことのように言う。


「減ってないわけないじゃないですか。

 考えてみたら、昨日の朝から何も食べてないし、寝てもないし」


「よく動けたね」


 

 そんなやり取りをしながら、ラツィオの露天通りへ向かう。

 通りには相変わらず人が多く、香ばしい匂いが立ち込めていた。


 鉄板で焼かれる肉の音。

 油が弾ける音。

 香辛料の刺激的な香り。


 思わず足が止まる。


「肉の串焼き二本と……あ、あれください。あの、パンで包んでるやつ」


「はいよ!」


 受け取った串焼きを一口かじる。


 空腹で味覚も嗅覚も鋭敏になっている。

 今ならその辺に生えてる草だって美味しく食べられそうだ。


 その上で襲いかかる、この暴力的な脂。口の中いっぱいに広がる肉の旨味。それを引き出す塩加減も最高だ

 疲れ切った体に直接流れ込んでくる。


「……生き返る……」


「大げさだね」


 セラはそう言いながらも、同じものを頬張っていた。


 タコス風の食べ物も、焼いた肉と豆、刻んだ野菜を香辛料でまとめてあって、噛むたびに味が広がる。

 冷えた水を流し込むと、ようやく頭が現実に戻ってきた気がした。



「あ、あれも!」

 鶏肉の揚げ物 唐揚げのようなものが売っている

 食べ盛りのこの体にはまだまだ入る

 ハードに働かされた分、食べさせてもらおう




 あれからどれくらい経っただろうか

 空腹の時は全てのものを食べ尽くせそうなのに、それはある瞬間急に訪れる。

「く、苦しい」

 その後も目につくものを食べまくった結果がこれだ。

 


「食べ過ぎだよ、宿に行くか」


 セラがあっさり言って、歩き出す。


「はい」

 食べすぎて歩くのも苦しい

 セラの後をトボトボと歩く



 この街に来た時に泊まる宿は、いつも決まっている。

 街道沿いから少し奥に入った、三階建ての石造りの宿だ。


 扉を開けると、カウンターの奥にいた女将さんが顔を上げた。


「あら……まあ」


 一瞬きょとんとした後、にこりと笑う。


「久しぶりね、セラさん。相変わらず目立つわね、その金髪」


「嫌味?」


「なーに言ってんのよ、ユウトも久しぶりね」


 この街に訪れるのは、一年に一度ほどだが

 金髪エルフの魔女という存在は記憶に残りやすいらしい。


「部屋、空いてる?」


「もちろん。いつものところでいい?」


「頼むよ」


 慣れたやり取りで鍵を受け取り、階段を上る。


 案内された部屋は、質素だが清潔で、何より


「……ベッド、ふかふかだ……」


 いつもの家の寝台とは比べものにならない。

 沈み込みがちょうどいい、ちゃんとした宿のベッドだ。


 部屋に入った瞬間、限界だった。


 荷物を放り、靴もろくに脱がず、

 そのままベッドに向かって倒れ込む。


 食後だったこともあり、

 意識は一瞬で深い闇に沈んだ。




「ほら、起きな」


 肩を揺すられて、うっすらと意識が戻る。


「……ん……?」


「夕食の時間だよ」


 30分ほどしか寝てない気がするが、どうやら数時間は寝ていたらしい。

 頭はまだぼんやりしているが、体はさっきよりだいぶ楽だ。


「……はぁい」

 まどろみながら返事をする


「夕食を食べに行くよ」


 言葉を聞いてむくりと起き上がる。

 さっきあれほど食べたのにまだ食べられそうだ。

 食べ盛りの体とはこういうことか。


 近所の食堂に入り、席につく。


 運ばれてきたのは、分厚く切られたマナボアのステーキ。

 焼き加減は絶妙で、肉汁がじわっと浮いている。


 一口食べて


「……めちゃくちゃうまい……」


 思わず声が漏れた。


「昨日のあれはもったいなかったね」

 昨日仕留めたマナボア。馬車に乗せられないので諦めたんだった。

 勿体無いことをした。



 昼の屋台の食事は少なめにしてたセラも満足そうに食べている。


 しばらく無言で食べ進めてから、

 セラがナイフを置いてこちらを見る。


「で、どう見る?」


 今回の件だろう。


「うーん……」


 フォークを動かしながら、魔術理論の本の内容を思い出す。

 魔力過剰の目的はそもそも能力以上の魔術行使のため


 魔力過剰に至る方法としては、マナポーション等を多めに摂取。

 魔法陣を作成して常に魔力を周囲から集める方法

 あとは人物間で魔力を送り込む、あるいは吸収する

 こんなところだった気がする


「基本的な理論としては自然に起きるものではなく、人為的なものなんでしょうか」


「現代魔術理論ではそうだね」


「魔法陣を組み込んだ何かしらの魔道具が影響しているということでしょうか」


「医者が与えた薬に何らかの成分が入っていることもあり得る」

 セラが別の案を補足する。


「身近な存在……屋敷の中の誰か、って線もありますよね」


「意図せず善意で行っていることもあり得るからな」


「悪意ということでいえば、利害関係で言うと、あの子に何かあった場合、一番影響が出るのは……」


「後継者問題で言うなら、甥のエミルか」

 セラが先に言った。


「はい。本人は意識してなくても、背後に誰かがいる可能性も……

 それに商売をやっていれば恨みを買うこともあり得るかもしれません」

 思いついたことをつらつらと話し合う


「ただ……正直、情報不足ですね」

 フォークを置いて、ため息をつく。

 現在わかっているのは、魔力過剰の女の子がいたという事実のみ。


「今のところ、材料が足りなさすぎます」


「うん。今日はそれでいい」

 セラはあっさり頷いた。


 


 宿に戻り、再び部屋へ。


 昼に寝たとはいえ、徹夜明けの体だ。

 ベッドに横たわった瞬間、睡魔が一気に押し寄せてくる。

 よく食べて、よく寝る。最高の瞬間だ。


 俺はあっという間に、再び深い眠りに落ちていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ