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131 過去

馬車の揺れが一定になって、会話の隙間に車輪の軋みが入り込む。

俺は視線を外さず、フィオレを見た。


「……そうだねぇ」


フィオレは一度だけ笑って、すぐにその笑みを畳んだ。


「まぁ、つまらない話だ」


「それでもいい、話してくれ」

俺が先を促すとフィオレは小さく頷いた。


「君たちを襲った理由だったね」


リナが冷たい視線でフィオレを睨みつける。


「何を聞いても許さないけどね」


フィオレはリナを見て、目を細める。


「誰かに許しを乞うことはない。地獄があるのなら、そこが私の目的地だ」


クロハが小さく首を傾げる。


「……どうして?」


フィオレは息を吐いた。


「どうしてだろうね」


馬車の中が静かになった。

俺も、喉の奥が乾くのを感じる。




「私が育ったのは、獣人の国のバルガンだ」


「生みの親のことはよく知らない。……商人だったとだけ、聞かされている」


リナが目を細める。


「聞かされてる、ってことは……記憶がないってこと?」


フィオレは頷く。


「そうだね。両親は荷馬車に荷物を積んで運んでいたところを、山賊に襲われたそうだ」


そこで一度、フィオレの言葉が詰まった。


「両親が襲われた時、たまたま近くに獣人がいて、助けに入った。

 だが、両親は傷が深く、戦闘が終わった頃には亡くなっていたそうだ。

 その時に私を拾った。人間の元へ返すことも考えたそうだが、

 どこの国から来たのかも分からず、諦めて自分たちで育てることにしたらしい」


リナが複雑そうな顔で黙って聞いている。


「それから獣人の村で育てられた。生まれて間もなかった、とも聞かされている。

 村は多種族だった。様々な種の獣人が暮らしていた。みんなが、普通に暮らしていた。

 どこで学んだのか学のある人もいてね。農作業の合間に教えてもらったりもした」


フィオレは視線を落としたまま続ける。


「人間は私だけだったが、みんなよくしてくれた」


アカネが小さく言う。


「……やさしいの、いいね」


フィオレはアカネを一瞬見る。ほんの少しだけ、表情がほどけた。


「……ああ。優しかった」


だが、次の言葉で一気に固くなる。


「私の成人の儀が近づいた頃だ。

 育ての親、私を子どもとして拾ってくれた獣人が、私を人間の国へ返そうとした

 私は望んでいなかった。けれど、あの人達は成人前に戻すのが優しさだと思ったんだろう」


シルヴィが言葉をはさむ。

「将来のことを考えてかな?」


フィオレは否定しない。


「そうかもしれない。……私も話を聞いているうちに、少し乗り気になってきた。

 高く大きな建物や、学校や様々なお店、子供が夢見る胸おどる冒険譚とかね。

 一度、見てみたくなった。人間の国を」


俺は黙って聞く。

フィオレの声は淡々と続いている。



「それで、ノルビアに来た。そんなに裕福ではなかったはずだが、

 なんとか資金を工面して王都まで連れていってくれた」


フィオレはふっと息を漏らす。笑いかけて、途中で止めたみたいな息だ。


「私は田舎者丸出しで、キョロキョロしながら観光した。

 話で聞いていた高い建物や、あたりに漂う美味しそうな匂いなど。刺激的だった。

 ふと横を見ると両親も同じようにキョロキョロしていてね、楽しかった。

 今でも思い出すよ。父と母の楽しそうなキラキラした顔を。

 なんなら、私よりもあの2人の方が楽しんでたね」


シルヴィが小さく頷く。


「……素敵なご両親ね」


フィオレは、こくりと頷いてから、口元を歪める。


「問題はここからだ」


馬車の空気が冷えた気がした。


「王都で、冒険者に絡まれた。獣人と一緒にいたから、からかわれてね。

 後から調べたら、丁度ノルビアの王都で獣人への差別が始まり出した頃だった」


フィオレの顔が険しさを増す。


「父はそれを見て間に入って止めたが、その人間はさらにヒートアップしたよ。


 それを見て、私の手を引いてその場から去ろうとしたが、相手は止まらなかった


 父は強い。だが優しい人だ。最後まで手は出さなかった。


 だが、複数人が加わって投げ飛ばされたことで、近くにあった屋台を壊した」



アカネが難しい顔をしている。


「そして捕まった。父だけが」


フィオレの声が硬くなる。


「その場で器物損壊と暴行と言われた。誓って言うが、あの時手は出していなかった。

 私は止めようと何度も話したが、通らずに投獄された」


そこで一度、言葉に詰まる。口を開くが唇が震えている。

「翌日、もう一度無実を訴えに行った時……獄中で自殺したと告げられた」


フィオレは、そこで口を閉じた。

指先が震えている。握り込んでも震えは止まらない。


「……亡骸すら見せてもらえず、今もどこにあるのか分からない」


シルヴィが息を呑む音がした。


「そんな……」


フィオレは首を横に振る。ゆっくり、ゆっくり。


「ありえない。あの強く、優しい父が。投獄されたっていつまでも耐える忍耐力もある」


段々とフィオレの声から力が抜けていく。

「そんなことは、ありえないんだよ」



俺はそこで、言葉を選んで聞いた。


「……投獄されて、何が起きたのか。実際のところは分からないんだな」


フィオレは即答した。


「大人になってから調べたが、書類も残っていなかった。

 取るに足らないことと、揉み消されたのかも知れない」



一息ついてから話を続けた。


「私と母は村へ戻った。村の皆はそれを聞いて慰めたり、優しくしてくれた」


「でも、母は」


フィオレの声がかすれた。言葉が詰まり始める。


「母は、戻ってから伏せがちになった。

 私は隣にいた。声もかけた。……何度も」

 


「それでも、次の季節が来る前に、母は自分で命を絶った」


アカネが、ぎゅっとクロハの手を握った。


「……やだ」


フィオレは二人を見て、目を逸らした。


「私では希望になれなかった。あの時2人が私を拾わなければ、私がっ……この世にいなければ」

話しながら、堰を切ったようにフィオレから一瞬、濃密な魔力と殺気が溢れた。


それを感じ取ったか、馬車を引く馬が歩みを止めた


「……すまない」

その目から涙が溢れている。

止めるように上を向くが、その勢いは止まらない。


「辛かったねぇ」

リナがいうとフィオレを抱きしめている。

その顔はフィオレ以上に号泣している。


それを見たシルヴィも堪えるきれなくなったか、ポロポロと涙をこぼした。


連鎖するようにアカネとクロハも抱き合って泣き始めている。


歩みを止めた馬が動き出すまでの間、馬車の中は悲しみに暮れていた。


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