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13 旅支度

 朝起きると、まずは朝食作りから始まる。


 井戸水を汲んで、暖炉に火をつけて、パンを切って、スープを温める。

 半分寝ぼけた頭で手だけはテキパキ動かしているあたり、自分でもだいぶこの生活に慣れたと思う。


 セラと簡単な朝食をとり終えると、そこから昼までは魔術の訓練だ。


 二年前にようやく魔力の感覚を掴んでから、できることは確かに増えている。

 増えているのだが、そのぶん訓練メニューもどんどんハードになってきた。



 外に出て、いつもの大きな木の根元に座り、まずは瞑想から入る。


 ゆっくりと鼻から息を吸って、口から吐く。

 吸う時は体にエネルギーを満たす様なイメージで、

 吐く時は体内の黒い何かを吐き出す様なイメージを。

 意識を外から内へ向ける。

 心臓の鼓動、血の流れ、そのさらに奥。そこにある、見えない流れに触れる。


 体内の魔力を、全身に行き渡らせるように循環させる。

 頭、胸、腹、腕、脚。

 ぐるりと一周させたあと、今度はそれを、右手のひらに集めていく。


(圧縮、圧縮……)


 手のひらの内側が、じんわりと重たくなる。

 霧のような状態だった魔力を、ぎゅっと握り固めるイメージだ。


 しばらく圧をかけ続け、十分だと思ったところで、今度はそれを左手へ移す。

 右手から左手へ、細い流れとして渡していく。


 動かしても圧力は一定を維持、速度もコントロールして行う。

 速度や圧力を上げたり下げたり、自由に操作するのが重要だ


 これを何回か往復させてから、次のステップに移る。



 今度は目を開け、目の前の空間をじっと見据える。


 魔力にて、魔法陣を構築する。


 手を軽くかざすと、薄く青白い線が空中に魔法陣を描画し始める。

 古代語の文字と、幾何学的な文様が組み合わさった図形。セラに叩き込まれた、水系魔術用の基本陣。

 魔力の直接操作により描画するのは難易度が高い。魔力を動かすだけではなくその場での固定も必要だ。



 魔術行使に必要な魔力を線に沿って流していくと、魔法陣は輪郭をはっきりさせていく。

 それはそのまま詠唱の代わりとなる。


 空中に浮かぶ魔法陣が起動したのを確認してから、小さく呟く。


「ウォーター」


 瞬間、魔法陣がパリンと砕けるように消え、手の前に水球がひとつ、ぽんっと生まれた。

 それは重力に負けてすぐに落下し、地面にパシャッとしぶきを散らす。


「……よし」


 よし、とは言ったが理想には遠い


 これは水をその場に発生させるだけの初級魔術だ。

 それでも、今の俺では魔法陣を構築するのに3秒近くかかっている。


 戦闘で3秒は致命的だ。

 セラいわく「1秒以内に構築できて一人前」らしい。


 まだまだ先は長いが、腐ることなく理想に向けて、もう一度目を閉じる。

 瞑想して魔力操作を行い、魔法陣の構築。

 それを、ただひたすらに繰り返す。



 魔法陣の訓練が一通り終わると、今度は魔石の出番だ。


 鈍い色をした小さな魔石を、右手と左手に二つずつ握り込む。

 触れた瞬間に、ひんやりとした感触が指先に伝わる。


「じゃあ、込めてみな」


 家の入口あたりから見ているセラの声が飛ぶ。


「はいはい……」


 この後の未来が分かってるのですでに憂鬱だ。軽く返事をして、深呼吸をひとつ。

 それから、さっきまで体内を巡らせていた魔力を、今度は外側へ吐き出す。


 右手から魔石へ、左手から魔石へ。

 全力で魔力を流し込む。


 最初、魔石は鈍い灰色のままだが、少しずつ、石の奥に色が灯り始める。

 淡い青、薄い水色。

 それがじわじわと濃くなっていく。


 同時に、頭がぐらりと揺れた。


(う……)


 眩暈がして、視界の端が暗くなっていく。

 それでも、踏ん張ってさらに魔力を込める。


 体の中が、空っぽになっていく。自分が自分でなくなっていく様な不思議な感覚。

 魔石の全体が光り始める。


「まだいける」


 セラの涼しい声が飛ぶ。


「っ……」


 文句を言う余裕もない。


 座っているのもきつくなり、膝が笑い始めた。

 そのまま横に倒れ込み、地面に寝転がりながらも、握った魔石だけは離さない。


 頭が痛い。

 腕が震える。

胃のあたりがぐるぐるして、吐き気もひどい。


(あー……これ、そろそろ落ちるやつだ……)


 そう思ったところで、予想どおり意識がぷつりと途切れた。




 これが、今行っている魔法訓練だ。


 魔力操作と魔法陣の構築。

 魔石への魔力充填。


 剣術指導の日と、魔術訓練の日を交互に行う。

 どっちの日も、終わる頃にはだいたいボロボロだ。




 しばらくして、意識を取り戻した。


 地面の冷たさと、背中に当たる草の感触で、外で倒れていることに気づく。

 上体を起こすと、すぐそばに椅子が置かれていて、そこにセラが足を組んで座っていた。


「おかえり」


「……ただいま戻りました」


 魔石を見ると、最初よりも色が濃くなっている。

 これで魔力切れの魔石が再び使える様になった。




「午後は……ラツィオの街へ行くって言ってたな」


 ぼんやりした頭を働かせながら、朝の会話を思い出す。


 ラツィオ街。近隣では一番大きい街だ。

 なんの用事かはわからないが、街には美味しいものがたくさんある。

 最後に行ったのは1年前かな、思い出したらごくりと喉がなった



 気合いを入れて立ち上がると、膝がガクガクした。 

 肉体疲労ではない。心と体がズレているような感覚がある。

 魔力欠乏でへろへろになりながら、それでも家に入って荷支度を始める。


 剣の点検。

 出先での訓練用の魔力が空になった魔石。

 それから魔獣が出ることも想定されるのでお手製の簡易魔道具など。


(もうちょっと魔力が回復してからでもいいと思うんだけどなぁ……)


 文句は喉まで出かかったが、どうせ却下される未来が見えるので飲み込んだ。


 毎日ボロボロ。

 だが、成長を感じ続けているのでやめられない。


 出来上がった荷物を肩に担いだ。


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