128 ギルド長
ここから先は道を覚えている。
「最短で行きます。……ついてきてください」
俺が先に立つと、シルヴィが頷いた。
「早く行きましょ」
しばらく進んで、広めの通路の陰で短く休憩を挟む。
「クロハ、大丈夫か」
「うん。平気」
「シルヴィさんも大丈夫ですか?」
シルヴィは頷いた。
「ちょうどいいペース。これ以上は結構しんどいかも」
周りを見ながら速度を調整していたが、大丈夫だったようだ。
休息中だが頭は休まることはない。
Sランク冒険者を殺してしまった。
地下牢にいるリナとアカネを、どうやって連れ出す。
それに「俺は人間じゃない」って……あれは何だったんだ。
眉間を押さえると、シルヴィが覗き込んでくる。
「顔、怖いよ」
「……考えることが多すぎて」
シルヴィは一瞬だけ黙って、少しだけ柔らかく笑った。
「今はみんなを助けるだけ。他は考えない。命令したでしょ」
そうだった。余計なことを考えては判断が遅れるかもしれない。
「……そうですね。今は地上へ行きましょう」
「うん。行こ」
クロハがぎゅっと俺の袖を掴む。
「おそと、いく」
「うん。みんなで美味しいものを食べよう」
立ち上がると小走りで進み続ける。
やがて、石段が終わり、眩しさが差し込んだ。
地上へ抜けた。
久しぶりの空は青く、太陽は真上に近い。昼だった。
「……まぶしい」
思わず目を細めると、クロハが立ち止まって空を見上げた。
「明るいねぇ」
シルヴィが、あえて明るい声で言うと
見張りの元へ向かっていって何かを話し込んでいる。
その間もクロハは外の世界を新鮮に見つめている。
「これ……なに」
「太陽だよ。昼の光」
「……たいよう」
クロハは言葉を舌で転がすみたいに呟いた。
風が木々を揺らす。葉擦れの音がする。
クロハが今度は木を指差した。
「これ、なに」
「木だな。でっかいな」
「……き」
クロハは目を輝かせて、葉っぱを一枚そっと触った。
「初めて見たのに、知ってる。変なの」
本当なら、ゆっくり見せてやりたい。
でも時間がない。
シルヴィが戻ってきた。
「行こう。余計なことは話さずに誤魔化してきた。」
クロハは一瞬だけ名残惜しそうに見上げてから、小さく頷いた。
「うん。急ごう」
その返事が、やけに大人びて聞こえた。
ラツィオの街が見えてきた。
人の声、馬車の音、焼きたての匂い。いつものラツィオだ。
「冒険者ギルドに向かいます」
俺が確認するかのように言うと、シルヴィが歩きながら小声で言う。
「私たち遭難者扱いだと思う。戻ったら事情は聞かれると思う」
「……はい」
「余計な話はせずに、牢屋にいる2人に会って逃したいけど、どこまでできるかしら」
シルヴィの声が硬い。
冒険者ギルド。
外も中も、見た目だけなら普段と変わらない。
受付にはカトリーナが座っていた。
こちらに気づくと、いつもの笑顔を作る。
「あら、ユウトさんにシルヴィさん。ご無事に戻られたんですね!
少々お待ちください、ギルド長を」
立ち上がりかけたところで、シルヴィがカトリーナの腕を掴んだ。
「待って。それより先に、地下牢のリナちゃんとアカネちゃんに会わせて」
カトリーナの笑顔が一瞬固まる。
「地下牢への許可は、私には出せません。ですのでギルド長を」
シルヴィは笑顔のまま、声だけを落とした。
「ギルドがよこして来た、Sランク冒険者のガイウスはユウトが殺した。
襲いかかって来たからね。私たちはアカネちゃんを守る。もし邪魔するなら」
ガイウスを殺した。この言葉にカトリーナの瞳が見開かれる。
息が止まったように見えた。
「それはどういう意味ですか……脅しですか?」
「お願い。今は時間がないの」
カトリーナの喉が小さく鳴った。
それでも仕事の声を崩さない。崩せない。
「……分かりました。こちらへ」
笑顔はもうない。
裏の扉。
石造りの階段が地下へ続いていた。
湿った空気がまとわりつく。
牢が並ぶ通路に入ると、鉄の匂いが濃くなる。
カトリーナが短く言った。
「……この先です」
奥の一つの牢。
そこに二人がいた。
リナとアカネ。
二人とも眠っている。
リナには包帯がいくつも巻かれ、頬にも擦り傷がある。
視界が一瞬、暗く染まった。
黒い感情が喉元まで上がってくる。
怒りが、魔力と一緒に溢れそうになる。
そのとき、クロハが俺の手を握った。
「ユウト……だめ」
クロハが俺の手を握ると、
不思議と急速に冷静さを取り戻した。
「……大丈夫。ありがとう」
リナが、まぶたを震わせた。
「……ユウト……?」
次の瞬間、跳ね起きる。
「ユウトっ!」
声が裏返っている。
「生きてたっ……!」
リナの目が潤む。
本気で泣きそうな顔だ。
「心配かけたな」
リナが勢いよく頷く。
「うん……っ、よかった……!」
その声で、アカネも起きる。
眠気の残る顔でこちらを見るなり、目を丸くした。
「……ユウト?」
「アカネ。無事か」
「……うん……」
声が震えて、唇を噛む。
怖かったのが遅れて出てきた顔だ。
俺はカトリーナへ向き直る。
「カトリーナさん。二人を連れて帰ります」
カトリーナの表情が揺れる。
言いにくそうに、それでも言葉を選ぶ。
「ユウトさん。この国の法では……魔族を率いる行為は重罪です。
扱いは国家転覆に準ずる。最悪、死罪まであり得ます」
「……アカネは魔族じゃない」
「そうかもしれません。でも、Sランク冒険者のガイウスさんがそう判断した以上、
ギルドとしては無視できません」
カトリーナは一度だけ目を閉じて、続けた。
「……一度、ギルド長とお話を。お願いします」
俺は歯を食いしばる。
ここで押し切れば、さらに状況が悪化する。
「……分かりました」
リナが低い声で言う。
「ねえ。ガイウスって、あの……むかつく奴?」
「後で話す。今は、待っててくれ」
「……分かった」
リナは悔しそうに視線を落とした。
ギルド長室。
中にはグスタフが座っていた。
「生きてたか。……よく戻ったな」
その言葉は乱暴なのに、目は真剣だった。
カトリーナが事の経緯を手短に説明する。
グスタフは途中で舌打ちを一度だけした。
「……あのガイウスをやったってのか。まじかよ」
俺はまっすぐ言う。
「殺すつもりはありませんでした。クロハを……保護したら、
ガイウスが魔族だと言って、この場で処分すると」
「その子か」
「はい。名前はクロハです。本人は、前の記憶がないと言っています」
クロハは自分の名を呼ばれて、ぴくりと肩を揺らした。
グスタフが深く息を吐く。
「……整理する。この国の法の上では、魔族の使役は重罪だ。
真偽がどうであれ、そう扱われた時点で面倒になる」
「……」
「それにSランク冒険者を殺した件。お前らが一方的に悪いとは思っては無いが、
正当防衛だと主張しても、手続きは王都に上がる。
まずいのはガイウスはフェーンハルト家の庇護を受けてたというところだ」
俺は喉が鳴った。
「フェーンハルト家……」
「王都の貴族筋だ。ガイウスが殺されたというのならメンツのために報復にも出るだろう」
淡々とした言い方が逆に重い。
「……裁かれる、ということですか」
「Sランクを討ったユウトを裏で殺れるほどの駒は、さすがに持ってないだろうが……
裁判になったらあらゆる手札を切って死罪まで持ち込むだろうな」
シルヴィが掠れた様な声を出す。
「じゃあ……どうすればいいの」
グスタフは机を指で二度叩いた。
「国を出ろ。ここに残るなら手続きに巻き込まれる。今ならまだ、動ける」
「……」
「とはいえ。ギルドが逃したとなると聞こえが悪い。
俺にもカトリーナにも立場ってものがある」
カトリーナが小さく俯く。
「だから地下牢を壊して逃げたことにしろ。だが捜索の追跡は出させてもらう。
形式上も必要だからな。後は自分たちでなんとかしろ」
「迷惑かけてすみませんでした」
グスタフは頭をかきながらぶっきらぼうに話す
「構わん。ガイウスの野郎にはいい加減、頭に来てたからな。素行も悪い、態度も悪い。
たまたま相性のいい強い精霊がいたせいで、ろくに訓練もしなくなった。
フェーンハルトの名を持ち出しては、好き勝手にやっていたからな。みんな喜ぶ」
ひどい言われようだ。
確かに力押しだけだった印象は強いが。
普段の素行には気をつけて行こう。
「早くいけ」
と後押しするように言う。
シルヴィが、深く頭を下げた。
「……ありがとう」
俺も頭を下げる。
「……ありがとうございます」
グスタフが乱暴に手を振る。
「礼はいらん。……さっさと行け。時間がねぇ」
ギルド長室を出る。
足が勝手に速くなる。
地下牢へ向かいながら、リナとアカネの顔が浮かぶ。
今は迷うな。
連れて出る。それだけ。
「……行きましょう」
シルヴィが小さく頷く。
「うん。今度こそ、みんなで」
クロハが短く言った。
「いっしょ」
俺たちは石段を下り、もう一度、湿った空気の中へ駆け込んだ。




