127 ガイウス
シルヴィとクロハを、14階層の広場で見つけた。
ランタンの灯りの下、二人とも息を切らしている。クロハはシルヴィの袖をぎゅっと掴んでいた。
「……いた」
俺が駆け寄ると、シルヴィがはっと顔を上げる。
「ユウト! 大丈夫?」
「なんとか……逃げてきました。たぶん、すぐ追ってきます」
クロハが一歩だけ前に出て、俺の指先を掴む。
「……ユウト」
その細い指の温度に、胸が少しだけ落ち着く。
「急ぎましょう。地図の道が」
言いかけて、言葉を飲み込む。
一瞬、迷いがよぎった。
「……狙いは、俺とクロハだと思います。
だからシルヴィさんはここに残った方が」
「怒るよ」
シルヴィは目を逸らさない。いつもの軽口じゃない。
「絶対に一緒に行く。置いてかない」
クロハも頷いた。小さく、でもはっきり。
「いっしょ」
俺は息を吐く。
今は言い争っている場合じゃない。
「……分かりました。急ぎましょう」
シルヴィの表情が少しだけ緩む。
「うん。そう、それでいい」
その瞬間だった。
「どこへ行く気だ」
背筋が凍る。
声の方向へ振り向くと、通路の影から男が歩いて出てきた。
ガイウス。
……さっきまでとは違う。
見ただけで、やばい。
鎧の隙間から炎が噴き出している。
歩くたびに湿った地面が「じゅっ」と鳴って白い蒸気が上がる。
小手は赤熱していて、拳を握るたび空気が熱で揺れた。
「……何だ、あれ」
俺の喉から勝手に声が漏れる。
ガイウスが笑った。歪んだ笑い方だ。
「今度は逃がさない」
爆発する様な音が響くと、ガイウスが跳躍した
ガイウスは、俺たちの逃げ道へ回り込むように立った。
出口通路を塞ぐ位置。狙ってやった動きだ。
「今度こそ、終わらせる」
吐き捨てるように言う。
それでも表情には余裕がある。自分が勝つと疑っていない顔だ。
俺の頭が高速で回り始める。
生き残る方法。生き残る方法。生き残る方法。
この男を止めなければ、全員終わる。
ガイウスが、足音を立てて一歩ずつ近づいてくる。
まるで、死へのカウントダウンだ。
「お前たちは確実にここで殺す」
殺気が肌を刺す。
胃の奥が冷える。
イメージだ。精霊魔法は、理解と想像が重要だ。
全てが凍る、炎すら凍りつく世界を。
だが中々イメージがまとまらない。
さっきからガイウスが放っている、悪意と殺気のせいだ。
精神状態が引っ張られていく。
さっきから殺す殺すと耳障りだ。
害虫を見るかのようなその目つきも実に目障りだ。
黒い感情が、胸の内側からじわじわ広がっていく。
頭から足の先まで黒く染まっていく様な気分だ。
こちらを殺すというのなら、
その前に殺してやる。
俺はアズールを握り直すと魔力を通した。
「……殺す」
そう呟くと、腹の底から魔力が溢れ出してきた。
それがまた実に心地よい。
思わず口の端が上がる。
溢れ出した魔力は、濃密でねっとりとしていて、
地面に滴り落ちていく。
「ちっ、本性を表しやがったか!」
ガイウスが叫ぶ。
炎を噴き上げたまま、突っ込んでくる。
赤熱した小手の拳が迫る。
当たっただけで骨が焼ける、と直感が告げる。
「来る……!」
俺は踏み込んで、刃を合わせた。
衝撃が走るがさっきよりも軽い。
二撃、三撃。
ガイウスは連打してくる。
だが、捌ける。
魔力量とその才能に鍛錬は怠っていた様にも見える。
「っ!」
その動きを読んで受け流していると、
ガイウスの瞳が赤く光る。
炎が一段、強く立ち上った。
力押しだ。結局それか。
腕を大きく振りかぶる。
何度も見た中段の隙。
俺はそこへ、アズールを振り抜いた。
タイミングを合わせて、刀身への魔力を最大まで送り込むと
刀身がそれまでの蒼ではなく。
黒く、艶を帯びた。
それはクロハの角を思わせた。
「……っ」
刃はそのまま、胴を横一閃。
鎧ごと、切り裂いた。
ガイウスがその場で、地面へと落ちる。
鎧のぶつかる音がやたら大きく聞こえた。
うめき声の後に何かを話した様にも聞こえたが、
それを聞き取ることは出来なかった。
最後に一瞬だけ、全身から炎が噴き出すと完全に沈黙した。
俺は息を呑む。
目の前の男はもう動かない。
「……」
殺した。
そう思った瞬間、胃が重く沈んだ。
今は後悔してる場合じゃない。
俺は振り返り、シルヴィとクロハの元へと向かう。
近づくとシルヴィが一歩、下がった。
警戒の目で俺を見る。呼吸が浅い。肩が震えている。
その視線を見た瞬間、胸の奥の黒い何かが、また跳ねた。
(……なんだその目は)
怒りが噴き出しそうになる。
理解できない。自分の感情なのに、制御が効かない。
手が上がりかけたそのとき。
クロハが俺に飛びついた。
「ダメっ!」
小さな身体が、俺の腕にしがみつく。
その声は、震えていた。
「ユウト……こわい」
その一言で、黒い怒りが急速に薄れていく。
まるで、熱が引くみたいに。
「……っ」
俺は呆然とする。
(今のは……何だ)
自分が一番怖かった。
シルヴィが息を詰めたまま、言う。
「……ユウト。いま、何しようとしたの……?」
自分の思考を思い出す。
ひょっとして、シルヴィを殺そうとしてなかったか?
思い出して悪夢も見ているような恐怖に包まれる。
俺は視線を落として、絞り出す。
「……すみませんでした」
クロハの頭に、震えないように手を置く。
「クロハ……止めてくれて、ありがとう」
クロハはぎゅっと抱きついたまま、頷くだけだった。
シルヴィが一度目を閉じて、言葉を飲み込んだ。
それから、決意の顔になる。
「……行くよ。ここにいたら、また追っ手が来る」
俺も頷く。
「……はい。行きましょう」
俺たちはランタンを掴み、暗い通路へ踏み出した。
背後を振り返る余裕はない。




