125 疑惑
「君は人間じゃないだろう」
ガイウスの声は淡々としていた。
その言葉が、頭の中を滑っていく。
意味が追いつかないまま、口だけが動いた。
「……どういう意味ですか」
ガイウスは一度だけ俺を見た。目が、測るように細い。
「君も人の母から生まれた存在ではない。自分で分かってないのか?」
「……」
息が詰まる。
普通じゃない、という点なら心当たりがある。
五年ほど前、俺は突然、森の中にいた。
誰かの体に入った覚えはない。
誰かの記憶が目覚めた感覚もない。
じゃあ、本当に。
俺は、あそこで発生したのか?
転生前の記憶は薄れてきている。
あれは何なんだ。夢だったのか。誰の記憶だ。
俺は、いったい
「……ユウト!」
肩を揺さぶられて、視界が戻った。
シルヴィだ。顔が近い。目が真っ直ぐにこちらを見つめてくる。
「大丈夫?」
問いかけは優しいのに、声が鋭い。
「俺は……」
「まず聞いて」
シルヴィが、短く息を吸った。
「今から君に命令する。他に何も考えるな」
俺の胸元を掴む手に、力が入る。
「リナちゃんと、アカネちゃんと、クロハちゃん。この三人を絶対に生かしなさい」
頭がまだくらくらしている。
だが、その命令を聞いて意識を集中する。
余計なことは後だ。今は3人を助ける。
「……分かりました」
シルヴィが、ほんの少しだけ頷く。
クロハは状況が分からないまま、シルヴィの服の裾を握っていた。
唇が小さく震えている。
俺は声を落として、シルヴィだけに伝える。
「シルヴィ。俺が不意をつきます。
クロハを連れて、俺たちが流された通路へ走ってください」
シルヴィは一瞬だけ迷った目をした。
それでも、こくりと頷いた。
クロハが小さく言う。
「……どこいくの?」
「大丈夫。手、離さないで」
シルヴィの声は、いつもの軽さを必死に被せている。
「静かにね。走るよ」
クロハは、ぎゅっと握り返した。
俺はガイウスへ視線を戻す。
時間を稼ぐ。息を整える。
「黄昏鯨はどうしたんですか」
ガイウスは、当たり前のことを答えるように言った。
「あれなら私が処理した」
……さらりと言う。
確かに倒さなくてはこの階層にくる事はできない
通路の入口付近に、待機している影が二つ見える。Aランク帯の前衛が二組。
逃がす気は、ない。
胸の奥が熱くなる。
アカネを異形といい。リナをお仕置きをしたそうだ。
そして俺とクロハをここで処分するそうだ。
この男は、こちらの感情を踏みにじることに躊躇がない。
俺は口角を上げた。上げるしかない。
「ガイウスとか言ったな」
声をわざと大きくする。
「さっきから失礼なやつだ。ゴリラみたいな見た目で、言ってることも理解不能だ。
せめて人間の言葉を話せるようになってから出直してこい!」
蒼牙隊や白紋連の方向へも、声を投げる。
「それと、後ろの連中!見損なったぞ!
こんなゴリラの言いなりとはな!こいつの言っている言葉が理解出来るなら通訳ぐらいしろ!」
空気がざわつく。
狙い通り。
ほんの一瞬、場の空気が乱れた。
ガイウスの目が細くなる。
「……来るぞ。戦闘準備!」
その宣言と同時に、俺は言葉を切った。
暴言に紛れ込ませていた詠唱を、最後まで繋げる。
「散れ」
氷の刃が、俺の周囲から一斉に走る。
詠唱での魔術に追加して魔法陣を展開して発動する。
狙いは人体じゃない。足元、壁際、盾の縁。
ダメージが通らなくても目眩しになればそれでいい。
避ければ隊列が崩れる。
「っ!」
何人かが反射で身を引く。
その隙に、シルヴィがクロハの手を引いて左へ走った。
「クロハ、こっち!」
「うん……っ!」
魔法陣を展開し続けて氷の刃を打ち込み続ける
二人の足音が、支道に吸い込まれる。
行け。
俺は続けて領域を一気に展開しようとした。
だが広がらない。
見えない圧が、空間の外側から押し潰してくる。
ガイウスが領域を展開し、俺のそれを侵食している。
「……っ、くそ」
ほんの一瞬の驚きと迷い。
その一瞬で、ガイウスがこちらに跳んだ。
速い。
鎧の巨体から想像できない。距離が縮む。
俺はアズールを抜く。
魔力を通す。刃が淡く光る。
左腕が疼く。痛みが残っているのが分かる。
ガイウスが大剣を突いてきた。
受ければ終わる。ここで終われば誰も守れない。
「ふざけるなっ……!」
怒りと共に魔力の出力を上げる。
アズールの光が強くなる。
呼吸が浅くなる。視界の端が研ぎ澄まされていく。
ガイウスの突き。
最小限で避けて、踏み込むとアズールを振り抜いた。
スッと、剣筋が通った。
大剣の刃元が裂け、金属音が遅れて響く。
ガイウスの目がわずかに開く。
「……ほう」
折れた大剣を、躊躇いもなくガイウスは手放した。
次の瞬間。
小手が、薄く光った。
嫌な予感が走る。
拳の振りが、大剣より滑らかで、速い。
俺はアズールを合わせる。
ぶつかった瞬間、骨まで響く衝撃が来た。
「っ!」
後ろへ飛んで威力を逃がしたつもりが、体が吹き飛ぶ。
重い。桁が違う。
こっちの方が本来の戦い方か。
飛ばされて着地した瞬間には、もう目の前まで来ている。
「逃がさん」
ガイウスが一歩詰める。
考える間を与えない。
相手を追い詰めていく。
魔獣とは違う。対人戦ならではだ。
だが……この戦い方は、知ってる。
体格差があって、力の差があって。
それでも、捌いて、流して、折れないようにする。
ブラムさんと、散々やってきている。
俺は構えを切り替えた。
力に力で返さない。受けずに流す。刃先でいなす。
ガイウスが決めようとするが、ほとんど手応えはないだろう。
「……チッ」
ガイウスの苛立ちが漏れた。
こちらが受け方を変えたのが分かったらしい。
「らぁっ!」
気迫の乗った一撃が来る。
受け流すはずが、押し込まれる。
手が痺れる。左腕が痛みで熱くなる。
……力押しに切り替えた。出力が上がってる。
次の一撃。次の一撃。
重さで徐々に遅れ始める。間に合わない。
前蹴り。
腹に衝撃が刺さって、息が抜けた。
視界が揺れる。
「ぐっ……!」
受け身を取って立ち上がる。
すぐ目の前にガイウスがいる。
追い詰め方が、上手い。
逃げ道を塞いで、心を焦らせる。
間違いなく強い。だがこの程度で黄昏鯨を討伐できるはずがない。
何か奥の手があるはずだ。
俺の目的はこいつを倒す事じゃない。
3人を助けるために生き残る必要がある。
目の前に集中するように見せたまま、意識を切り替える。
よし、逃げよう。




