表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
121/131

121 満身創痍



ランタンの灯が、湿った岩肌を橙に染めていた。


目を覚ます。


息を吸うと胸が痛む。


体を起こそうとして、全身が軋んだ。


「よかった……目、覚めた」

すぐそばで、シルヴィの声がした。いつもの軽さは薄い。張りつめた声。


「……シルヴィさん」

喉が乾いて、声が掠れる。


「動かないで」

言い切ると、シルヴィは俺の左腕に視線を落とした。


見ると包帯が巻かれている。そのおかげで血は止まっていた。


「……手当て、ありがとうございます」


「うん」

強がりみたいに言いながら、シルヴィはランタンの位置を直す。

光が揺れて、彼女の頬に疲れの影が見えた。


「シルヴィさんこそ……大丈夫ですか」


「これくらい平気」

被せるように返される。

それから一拍置いて、シルヴィが真顔になった。


「次は逃げてね。私が囮になるから」


「……」


「君が動けなくなったら、どのみち私は死ぬ」

目を逸らさずに言う。怖さを誤魔化さない目。

「だから、君は生きて。お願い」


その力強い目に言葉が出なかった。


「……一度、最初の地点に戻りましょう」

俺は話題を切り替えた。

黄昏鯨が移動していればそのまま帰れる。


「うん。戻ろ」

シルヴィは短く頷く。


立ち上がった瞬間、左腕に鋭い痛みが走って、声が漏れた。


「っ……!」


「ほら、肩貸す!」

シルヴィがすぐ体を寄せてくる。支え方がうまい。慣れている。


数歩進むたびに、視界の端が揺れる。汗が背中を伝った。

刺された場所から広がる熱が、腕全体に広がっている。

嫌な汗が吹き出してきた。


「大丈夫?」

シルヴィの声が遠い。


返事をしようとしても、言葉が口から出てこない。

次の瞬間、膝から力が抜けた。



気づくと、狭い通路に寝かされていた。

天井が低い。ランタンの灯は弱く、壁の陰が濃い。


額に濡れ布が乗っている。冷たさが、少しだけ助けになる。


体を起こして周りを見る。シルヴィの姿がない。


探しに行こうとしたところで足音が戻ってきた。


「起きた? まだ休んでて」

シルヴィが息を切らしながら、何かを差し出す。


肉だった。香ばしい匂いがする。


「ちょっと焼いてきた。これ食べよ」


「……何の肉ですか」


「嵐核ドレイク」

さらっと言って、シルヴィは自分の分も取り出した。

「前に食べた時おいしかったでしょ? でも調味料がないから、今日は素材の味だけ」


「塩なら……あります」


「あら、最高じゃん」

シルヴィがぱっと笑う。ほんの少し、空気が軽くなる。


俺は小袋を出して塩を振り、噛みしめた。


「……うまい」


「でしょ」

シルヴィが得意げに顎を上げる。

「魔術師って旅ではだいたい調理係。焼き加減は任せて」


肉の温かさが腹に落ちる。体の奥が少しだけ戻る。


「……ありがとうございます」


「ううん。こっちこそありがとうだよ」

シルヴィは首を振った。

「君がいなかったら、私はもう生きてないんだから」


返答に困っていると、シルヴィは小さく笑う。


そして、ぽつりと話し始める。



「私ね、子供の頃は辺鄙な村に住んでたの。魔獣の群れが近くに居ついたりして、

 子どもだった私は、それが本当に怖くてさ」


ランタンの光が揺れる。シルヴィの指先が、無意識に服の端を握っていた。


「討伐依頼も出したみたいなんだけど、ギルドも遠くて、

 結局誰も来なくて。それで……父親が畑でやられた」


声が少しだけ震えた。でも言葉は止まらない。


「葬式の準備してたら、群れが村に入ってきて……

 もう駄目だって思ったとき、魔術師が来たの。女の人で一人で全部倒して」


シルヴィは息を吐き、少しだけ笑った。


「……かっこよかったなぁ。それで、私も冒険者になったんだ」


シルヴィが俺を見る。


「君はなんで冒険者になったの?

 そんなに強いなら、騎士とかもあったでしょ」


何でだっけ

「うーん……師匠の元を離れようとして、でしょうか」

俺は自分の言葉を確かめるように言った。

「それと今は師匠くらいには強くなりたいと思ってます」


「師匠、強いんだ」

シルヴィが目を細める。


「直接戦ったことはないんですが。強いです」


「へぇ」

シルヴィは嬉しそうに笑った。

「君、そういう背中を追ってきたんだね」


シルヴィが少し身を乗り出す。


「そうだっもし生きて帰れたら私もその師匠に習ってもいいかな」


「うーん……それは」

関係性の深いミアに魔術を教えるのさえ躊躇っていたからなぁ

難しそうな気がする。


その顔を見て察したようだ。


「なら君に教わる分にはいいかな」


「まぁそれなら」


精霊魔法はセラから教わったものでもない。

問題はないだろう


「俺も全部を体系立てて説明できるわけじゃないですけど」


「十分。じゃ、先生。今できること何かないかな」


「今……ですか」


「そう。今」

シルヴィは肩をすくめる。

「人間、暇になると余計なこと考えるからね」


「……分かりました」

確かに教えるならちょうどいいタイミングかもしれない。


「今って、結構生命の危機ですよね」


「嫌なことを思い出させるねぇ」


「前にも言いましたがそういう時が魔力の感覚を掴みやすいそうです」


せっかくなので取り組むのもいいだろう。


「目を閉じてください。呼吸を意識して。体の中の巡り魔力の感覚を探してください」


「うん……」

シルヴィが目を閉じる。眉が寄る。

「……分かんない。今のところ」


「……失礼します」

俺はそっと、シルヴィの背中に手を当てた。


「ひゃっ!?」

シルヴィが振り向く。頬が赤い。

「な、なに!? びっくりする!」


「すみません」

俺も心臓が跳ねた。

「……俺が少し魔力を動かします。違う感じがしたら、それを覚えてください」


「……わかった。お願い」

咳払いして、もう一度目を閉じる。真剣な顔。


俺はシルヴィの魔力に同調する。薄い緑の感覚。揺れが大きい。

シルヴィに合わせた自分の魔力を動かす。無理に押し込まず、馴染ませる。


「……なにか、あるかも」

シルヴィが小さく呟いた。


「それです」

俺は手を離す。

「その感覚を、逃さないで。意識を向け続けてください。」


「うん……」


「次は?」

すぐ聞いてくるのが、シルヴィらしい。


「次は、いくつかありますが、まずは魔法陣を作ります」

俺は目の前に魔力を集め、線を引く。円、交差、古代語の刻印。


「おお……」

シルヴィが目を丸くする。

「それ、どうやるの?」


「形を覚えます。覚えた形を魔力でなぞる。中の文字は古代語です。

 魔力の操作の基礎部分ですがこれもちょっと難しいです」


「……すご」

シルヴィが息を漏らす。

「君、ほんと……天才」


シルヴィが、にこりと笑った。


「ちょっとやってみるね。

 今後ともよろしくね、師匠」


その笑顔が妙に眩しくて、胸の奥が少し熱くなった。



好きな食べ物の話。子どもの頃の失敗の話。

どうでもいい話を続けた。


気づけばシルヴィは隣に座り、肩を俺に預けている。

体温が伝わって、鼓動がうるさくなる。


「ねぇ……」

シルヴィが小さく呟いた。

「このまま……死ぬのかな」


俺は答えを探した。

でも左腕の痛みが現実を叩きつける。背中も足も重い。


沈黙が落ちた。


シルヴィが、そっと俺の手を取った。


「……約束、しよ」

声が掠れている。

「生きて帰れたら、ちゃんとお礼する。

 だから今は……手、握ってて」


「……はい」


「あと、りなちゃんには内緒ね」

シルヴィが小さく笑う。

「私がこんなに怖がってたこと。言ったら怒られそうだし」


その言葉で、胸がどくんと鳴った。

体を寄せている分、顔が近い。


やばい、顔が熱くなってきた。


シルヴィの指が、ぎゅっと強くなる。


それにぴくんと体が反応した瞬間、左腕が激痛を返してきた。


「っ……!」


「ごめん!」

シルヴィが慌てて支える。


「寝てて。見張りは私がする」

シルヴィは立ち上がって少し離れたところに陣取った。


痛みで眠れる気はしなかった。

でも体が限界だった。瞼が重い。


最後に見えたのは、ランタンの小さな光と、

それを見つめながら必死に平静を装うシルヴィの横顔だった。



その横顔を眺めながら、俺は眠りに落ちた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ