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120 激闘


ところどころにダメージは残っている。

背中は鈍く痛み、熱を持っていた。


それでも、上の階層に繋がる道を探さないといけない。

ここに留まっても、状況は良くならない。


俺たちは先へ進んだ。

ランタンの灯りは狭い通路の石肌を舐めるだけで、闇は濃いままだ。


「……流石に、もう何も出てきてほしくないね」

シルヴィが、笑おうとして失敗した顔で言う。


「同感です」

俺は短く返す。

「駄目なら……戻れる範囲で戻って、黄昏鯨の水壁が消えてないか確認しましょう」


「……うん」


数歩進んだところで、シルヴィがまた口を開いた。

声が小さい。


「……本当に、ごめんね」


「大丈夫です」

俺はすぐに言った。


「でも……私、役に立ててない。君ばっかり傷ついてる」


俺は歩きながら、息を吐く。

言葉を選ぶ。


「俺も……精霊魔法を使えるようになる前は、カイ達に言われました。

 お前の魔術は意味がないって」


シルヴィの目が揺れた。


「そんな……ひどい」


「当時の俺には、きつかったです。

 でも、そこで止まらずに済みました。結果的に、良かった」


シルヴィが唇を噛む。


「……わかった。私も、やる。諦めない」


その声は、さっきより強い。



俺は領域を薄く保ち、周囲の気配を拾い続ける。

すると領域の縁が、微かに波打った。


入ってきた。

形が……妙だ。


「……来ます」


「え?」

シルヴィがすぐに杖を握り直す。


領域の中で見える輪郭は、平たい。

翼というよりひらひらした胴体に見える。

それが、空中を泳ぐみたいに移動している。


「シルヴィさん、前方に魔獣がいます」

俺は声を落とす。

「エイみたいな形です。……見たことありますか?」


シルヴィは眉を寄せる。

視線だけで闇を探す。


「ごめん、分からない」



初見。

攻撃の癖も、距離感も分からない。空中を泳いでるのも不気味だ。



「知らない魔獣は避けたいです。一回、引きましょう」

初見殺しみたいなやつもいる。情報が必要だ。


「うん」


俺たちは来た道を戻る。

だが領域の中で、その輪郭がこちらへ寄ってくるのが分かった。


「……近づいてきます」


「追ってきてる?」

シルヴィの声が硬い。


いくつかの分岐路はあったが、迷わずに着いてきている。


「正確に、こっちにきてます。急ぎましょう」


シルヴィも黙って走る。

向こうも速度を上げる。


分岐が見えた。

その先に、少し広い空間がある。

これ以上逃げても無駄そうだ。

不利にならない場所での戦闘を決める。


「次の広場で体勢を整えて迎え撃ちます」

俺は短く告げる。


「了解」

シルヴィの返事は早い。


逃げ切れる見込みが薄いなら、戦って押し返すしかない。

こっちを狙っているのは、もう確実だ。



広場で止まる。

俺は前へ出て、シルヴィを半歩後ろへ下げる。


「俺が引きつけます。隙ができたら、顔に何か当ててください。目を塞げれば十分です」


「わかった」

シルヴィが喉を鳴らす。



闇の通路から、そいつは悠々と現れた。

殺気が薄い。

ゆったり、ゆらゆらと泳ぐ。


空中を泳ぐその不思議な動きに、ほんの一瞬だけ目を奪われた。


次の瞬間。


弾丸みたいに加速した。


「っ!」


避ける間もない。

俺は反射で障壁を張ろうとした。


だが、衝撃が先に来た。

障壁が砕いた勢いのまま体当たりを喰らう。


さらに激突の直前。

そいつが液体を飛ばしていた。


顔面に、べっとりと直撃する。


「ぐっ……!」


目が焼けるみたいに痛い。

開けられない。視界が消える。


そのまま本体が叩きつけてきて、俺は吹き飛ばされた。



「がっ――!」


肺の空気が押し出される。

息ができないまま転がった。


目は開かない。

けれど、領域の位置だけは分かる。

向こうは少し離れた所で止まった。


……様子を見ている。

そんな距離感だ。


俺は歯を食いしばって起き上がろうとする。


再び、そいつが溜めるように体を小さくした。

また来る。


氷の柱をいくつか出して、障害物にする。


氷をお構いなしに砕きながら迫ってくる。

間合いに入ると尻尾が顔面めがけて振り抜かれる。


「っ……!」


避けきれない。

左腕で受けた。


尻尾が左の上腕を貫いた。

腕の奥まで、鋭い痛みが突き刺さる。


声が出ない。


そのまま、そいつが体をひねる。

貫いたまま横に一回転すると


遠心力で吹き飛ばされる。

尻尾が抜けた瞬間もまた、全身に電気が走るような痛みがきた。


「――っ!!」


抜けた瞬間の痛みで、受け身が取ることに意識が回らない。


壁に叩きつけられ、頭も体も打って地面に転がる。



左腕から血が流れているのが、触れなくても分かった。


生ぬるく暖かい液体が腕を伝っていく。


腕の痛みが、心臓の鼓動に合わせて広がっていく。


これは貫かれただけの痛みじゃない。毒だ。


その尋常ではない痛みが意思を削いでくる。


それでも追撃に備えて立ち上がらなくてはいけない。


気力を振り絞るがなかなか立てない。


呼吸が浅くなる。


(ナイフ……)


腰の感触が、空だ。

どこかで落とした。


目も開かない。

痛みで、領域の維持も一瞬ほどけた。


まずい。


俺は息を吐き、もう一度だけ領域を広げ直す。


見えた。

少し先で、シルヴィが戦っている。


何度も転がって避けている。

服が汚れて、肩で息をしている。


こちらに気づいたシルヴィが叫ぶ。


「逃げてっ!!」


こちらを逃がそうと必死に戦っている。


援護に向かいたいが右足にも痛みが走って、踏み込むたびに力が抜ける。

頭がぐらつく。


「くそ……っ」


気合いを入れ直す。

けれど、体が言うことを聞かない。


そこへ、衝撃音。


シルヴィが、こちらへ吹き飛ばされてきた。

床を滑って止まり、咳き込む。


「大丈夫……ですか」

俺は片膝をつきながら声をかける。


シルヴィは顔を上げる。

目が濡れているのに、決意だけは固い。


「……君は逃げて。私が、少しでも時間を稼ぐから」


その言い方が腹に来た。

胸の奥が熱くなる。


俺は返事をしない。

代わりに、一歩前へ出る。


「……シルヴィがここにいるなら」

俺は唇を噛む。

「向こうがこっちに来る。……ちょうどいい」


怒りで、痛みが遠のく気がした。


閉じ込められて。

分からない水に流されて。

分からない魚に、目を潰されて。


弱らせてから俺達を喰うつもりか?


「……ふざけんな」


腰の剣、アズールを抜く。

鞘から抜いた瞬間、青い刀身がランタンの光を反射させる。


魔力を通す。


「……っ」


思ったより、持っていかれる。

アズールは魔力を欲しがるみたいに、手の中で重く感じた。


目が開かない。

でも領域で、位置は捉えられる。


そいつはゆらゆらと泳いでいる。

さっき見た動きだ。


「……さっきと同じ技で殺せると思ってんのか」

声が低くなる。

「舐めんな」


次の瞬間、そいつが加速した。

また弾丸。


俺は足を踏ん張り、タイミングだけに集中する。


来る。



何も考えずとも体が自然と動いてアズールを振り抜いた。


抵抗が、なかった。

何かを切った感触すら手に残らない。


直後、鈍い音が二つ。

左右に分かれた胴体が壁へ激突した音だ。


「……っ、終わり……」


そこで、力が抜けた。


魔力の消耗が一気に来る。

膝が折れる。


視界のない闇へ、体が沈んでいく。


最後に聞こえたのは、シルヴィの声だった。


「ユウト!!」


俺は返事をしようとした。

でも、喉が動かなかった。


そのまま、床へ倒れ込んだ。


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