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12 二年後

 あれから、二年が経った。


 あの山賊騒ぎみたいな大きな事件はなく、日々淡々と、けれど確実に、鍛えるだけの毎日だ。

 体もそれなりに大きくなってきて、昔はぶかぶかだったシャツの袖が、今ではちょうどよくなっている。


 今日も今日とて、いつもの剣術指導を受けにローヴェン村へ向かう。

 森の家から村までの道のりも、走る時間が前よりだいぶ短くなった。

 息が上がるタイミングも遅くなったし、脚もよく動く。


(ちゃんと、強くはなってる……はずだよな)


 自分に言い聞かせながら、いつもの山道を駆けていく。




 そのときだった。


 視界の端で何かが動いた


 考えるより先に、体が勝手に動いていた。

 膝の力を抜き、腰をひねり、最小限の動きで身をずらす。


 直後、俺がさっきまでいた空間を、矢が一本、びゅんと通り抜けていった。


(来たな)


 胸の奥が、嫌な意味じゃない高揚でざわつく。

 飛んできた方向を目で追い、そこに視線を固定する。

 ほとんど反射で、そっちへ向かって走り出した。


 狙わせないように、道の真ん中を一直線ではなく、左右にジグザグと動きながら。

 森の木々が視界を遮って、射手の姿はまだ見えない。

 けれど、気配は感じる。


(あの辺りだな)


 幹の陰に身を潜めて、そこから矢を放とうとしている。

 なら、真正面から突っ込むのは悪手だ。


 木々を利用しながら、死角になる位置を探して横へ回り込む。

 足音を極力殺しつつ、でもスピードは落とさない。


 狙いをつけた一本の木に向かって近づき、腰の剣に手をかける。


 鞘から細身の剣を抜き放ちながら、射手が潜んでいる木の裏へと回り込んだ。


「捕まえた」


 幹の影に飛び込むようにして腕を伸ばし、押さえ込む。

 軽い体が、俺の腕の中でばたついた。


「わっ!?」


 取り押さえてみれば、その顔は見慣れたものだった。


「……リナ」


「バレたかー」


 幼馴染のリナ・エルドリックは、弓をまだ握ったまま、いたずらっぽく舌を出して見せた。


 その瞬間だった。


 ドン、と背中に鈍い衝撃が走る。


「うぐっ!?」


 前につんのめりそうになりながら、反射的に踏ん張る。

 カラン、と乾いた音がして足元を見ると、矢尻のついていない矢が地面に転がっていた。


「油断するなよ」


 低い声と共に、さらに奥の木陰からブラムさんが姿を現した。


 分厚い腕を組み、こちらをじろりと見る。


 そうなのだ。二年前の山賊事件以来、ブラムさんはこうして奇襲込みの訓練をしてくるようになった。

 弓や投げナイフでの不意打ち、護衛対象を守りながらの戦闘、複数相手の立ち回り


「いってぇ……」


「矢尻はついてない。死にはしない」


「そういう問題じゃないでしょ!?」


 背中をさすりながら抗議すると、リナがくすくす笑った。


「でも、さっきの避け方は前よりずっと速かったよ。

 前だったら絶対当たってた」


「フォローになってるような、なってないような……」


 そんなやりとりをしつつ、そのまま三人で村まで歩いていく。

 このあと、いつもの通常の剣術指導が待っている。




 稽古場に着くと、ブラムさんはいつものように木剣を投げてよこした。


「よし。さっきの続きだ」



 文句を言っても聞く耳は持ってくれない。

 リナは既に、軽く体をほぐして構えの姿勢に入っていた。


「配置はいつも通り。ユウト、中心」


 ブラムさんが短く指示を出す。


 俺が草地の真ん中に立ち、木剣を構える。

 リナとブラムさんが、ゆっくりと左右に散り、斜め前と斜め後ろちょうど対角線上の位置に立った。


 一人と相対すれば、もう一人は必ず死角側。

 さすが親子、動き出すタイミングも間合いも、ほとんど合図なしで揃っている。


「今日は護衛対象ありだ。

 ユウト、お前の背中側に逃がしたくない誰かがいると思え」


 ブラムさんが地面をトンと木剣で叩く。


「俺たちが一歩でもこの円の中に入ったら、お前の負け。

 逆に、お前がどちらかをきっちり戦闘不能にしたら一勝だ」


「無理っ」


 瞬間、ブラムさんから殺気が漏れ出て、空気が変わる

「本当に守りたい奴がそこにいても、それを言えるのか?」

 普段より低い声色に威圧される


 今の言葉は自分自身に向けた言葉なのか

 少し遠くを見ていた



 号令もなく、リナが動いた。


 軽い足運びで距離を詰め、一気に踏み込んでくる。

 俺は正面からそれを受け止めかけて、わざと半歩だけ下がった。


 リナの木剣が胴を薙ぎにくる。

 剣を合わせて力を逃がしつつ、背後のブラムさんの位置を気配だけで探る。


 さっきまで正面にいたはずの気配が、いつの間にか横にスライドしていた。


(右後ろ!)


 右側から、石の飛んでくる気配がした。

 実際の音が聞こえる前に、剣を受けた反動を利用して上体をひねる。


 石がかすめる。

 耳のすぐ横を通り過ぎて、どこかにコツンと当たる音がした。


「今のは上手く避けたな」


「褒めるタイミングなんですか今!?」


 無理に円に入れば


 悲鳴混じりに言いつつ、リナの二撃目を受ける。


 リナの剣筋は、二年前と比べ物にならないほど鋭くなっていた。

 剣の初動が分からない、無駄のない軌道で急所を狙ってくる。


 こっちも、ただ押されるだけじゃない。


 正統派の型から崩した足捌きで、リナの間合いのすぐ外側をうろつきながら、逆に牽制の一撃を返す。

 それを、リナは楽しそうな顔で受け流す。


「やるようになったじゃん!」


「こっちは必死なんですけど!?」


 正面の攻防に集中しすぎると、すぐ背中側から石が飛んでくる。

 石を意識しすぎると、今度はリナの木剣が容赦なく入り込んでくる。


 最初の頃なら、十合も持たなかっただろう。

 今は、二十合、三十合と続けても、何とか立っていられる。


 それでも、隙は必ず生まれる。




「そこで止まるなと言っている」


 ブラムさんの声と同時に、視界の端が動いた。


 リナの剣をいなした一瞬。

 ほんの少しだけ足を止めてしまったそのタイミングで、後ろから斬りかかられる。

 でかい図体で動きが早い 間合いの外と思われたが一瞬で踏み込まれた


 避けきれず、脇腹にクリーンヒット。


「ぐっ……!」


 思わず身体を折ったところに、リナの木剣が容赦なく足を払ってきた。


 バランスを崩し、尻もちをつく。

 その目の前に、二本の木剣の切っ先が突きつけられた。


「はい、アウト」


「お前らさ……仲良く父娘で人をいじめるなよ……」


 ゼェゼェと肩で息をしながら抗議すると、リナが笑いを堪えながら手を差し伸べてきた。


「でも、前よりずっとマシだよ。

 昔だったら、最初の一撃で終わってたもん」


「成長をそういう比較でしか実感できないの、なんか悲しいな……」


 手を掴んで立ち上がると、全身がじんじんしていた。

 今日も今日とて、しっかりボコボコだ。


 一人でも敵わないのに、二人相手にどうにかなるわけがない。

 それでも、実戦の経験を積んだせいか、以前より先を読むという感覚は少し身についてきた気がする。


 どちらの気配が近づいていて、どの方向が一番危ないか。

 無理に護衛対象に斬りかかれば、確実に反撃を与えられる位置取りをしながら立ち回る。

 もちろんブラムさんが本気できたら、護衛対象と一緒に切り捨てられてる。

 それでも、まったく見えていなかった頃よりは、何倍もマシだ。



 訓練のあと、いつものように簡単な食事を囲む。


 黒パンをスープに浸しながら、今日の動きの反省をする。


 強くなって、相手の力量が分かるようになってきた分だけ

 ブラムさんの強さが、底なしだということもよく分かるようになってきた。

 あの体格と筋肉でのゴリ押しだけかと思いきや

 受けが非常に上手く、どのパターンで攻めても全て飲み込まれていく


 自分がどれだけ足りていないかを、前より正確に理解できるようになっただけな気もする。


 結局、自分が強くなったのかどうか、さっぱり分からないままだった。



「そうだ」


 スープを飲み干したあと、ブラムさんがふと思い出したように言った。


「村長が呼んでたぞ。帰りに寄っていけ」


「村長が? 何かありました?」


「手紙だ。荷物のついでに運んでほしいんだろう」


 時々、そういう雑用を任されることがある。

 魔女の弟子という立場上、「セラ宛てのものを確実に届ける役」として、俺はわりと便利に使われている。


「分かりました。帰りに寄ります」




 村長の家に行くと、ガルドじいさんが例によって渋い顔で待っていた。


「おお、ユウトか。これをセラ殿に」


 分厚い封蝋が押された手紙を受け取る。

 差出人の印章は、見覚えのないものだった。


(ギルドか、街からか……どっちにしろ、あまり気楽な内容じゃなさそうだな)


 そう思いつつ、それ以上は詮索せずに村を後にする。




 森の家に戻り、セラに手紙を渡した。


「村長からです。何かあったみたいですよ」


「ふうん」


 セラは軽く封を確かめると、俺の前では開けず、そのまま自室に持っていった。

 こういうときは、あえて何も聞かないのが正解だ。


 俺は自分の部屋に戻る。


 ベッドに腰を下ろし、今日の動きを頭の中で繰り返す。

 矢を避けたタイミング。

 リナとブラムさんの位置取り。

 どこで判断を間違え、どこで上手くいったのか。

 何か試せるパターンはなかったか


 復習をしながら、そのまま横になる。

 筋肉が心地よい疲労で重くなり、まぶたがじわじわと落ちてくる。


 


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