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119 煤死神


シルヴィは、俺の手を握ったまま、ぽつりと話し始めた。

ランタンの灯りが、彼女の睫毛を揺らしている。


「……私さ、白紋連に入ったの、最近なんだよね」


「最近……」

俺は寝転んだまま、声だけで返す。


「うん。前は別のパーティにいたんだけどさ」

シルヴィは笑おうとして、口角だけ上げる。

でも、目が笑っていない。


「仲間が結婚したり、もう一人もそれを機に引退したりして……気づいたら、私ひとり」


言葉の最後が少しだけ掠れる。

握っている手に、力が入った。


「どうしようかなって迷ってたら、たまたま縁があって白紋連に入れてもらってさ

 でも、元はBランクのパーティだったからさ……」


彼女はため息をついて、肩を落とした。


「結構しんどいんだよねぇ。一歩間違えたら終わるって、毎日思ってる」


俺は、うまい返しが見つからず黙る。


シルヴィは、少しだけ顔を上げた。

目がまっすぐ俺を見ている。


「だから今回も絶対、生き残る。

 生き残って、君の精霊魔法、ちゃんと教えてもらうんだから」


その言い方は、冗談みたいで、冗談じゃない。


「……分かりました。生きてここを出ましょう。二人で」


シルヴィが、ふっと息を抜く。

握っていた手の力が少し緩んだ。


「うん」

短い返事。

それだけで、さっきより落ち着いて見えた。



「ありがとうございました。そろそろ行きましょう」

俺は起き上がって、肋骨の痛みに眉を寄せる。まだ鈍い痛みが残っている。


シルヴィがすぐに立ち上がり、俺の様子を覗き込む。


「無理してない?」

声が心配そのものだ。


「動けます。まずは、上につながる道を探しましょう。

 無理そうなら、救援が来るまで凌げる場所を作る。……それが現実的です」


シルヴィが頷く。

「そうね。行きましょう」



嵐核ドレイクと戦った場所まで戻る。

氷の木になった死骸は、そのまま残っていた。


「……素材、回収する?」

シルヴィが一瞬だけ視線を向ける。


俺は首を振る。


「今はやめておきましょう。重くなると逃げられない」


「そうね」

シルヴィも迷いなく頷いた。


俺たちはそのまま先へ進む。

分岐のたびに地図へ書き込み、線を足し、印をつける。


ランタンの光は心許ない。

壁の向こうは闇で、距離感が狂う。


だから、俺は領域を展開したまま歩く。

魔力を薄く広げ、通路の輪郭と入ってくるものに意識を向ける。


シルヴィが、俺の横を歩きながら小さく息を吐いた。


「……暗いね。魔獣を見落とさないようにしていこう」


俺は頷き、少しだけ声のトーンを柔らかくする。

「そうですね。今のうちに一つ説明していいですか」


「え、なに」

シルヴィがこちらを見る。


「精霊魔法の入口の話です」

俺は歩きながら、短くまとめる。

「魔力を感じ取れるようになったら、次は広げるんです」


「広げるって、なにを?」


「自分の感覚の範囲です。それを領域って呼んでます。

 この中に入ったものは何がどこにあるか把握できます。」


シルヴィが目を瞬いた。


「……で?」


「つまり今の俺の領域の範囲では、魔獣は存在していません。」


少し間を置いてから、シルヴィが笑った。

肩の力が抜けた笑いだ。


「ふふっありがと。

 安心させようとしてくれてるんだね」


「……まあ」

俺は目を逸らす。


それを見てシルヴィが俺の頭を軽く撫でた。


「そういうとこ、嫌いじゃないよ」


俺は返事をしなかった。

不意な行動に頬が熱くなる気がしたが、

この暗さではバレる事もないだろう。



しばらく歩いたところで、領域の縁が揺れた。


入ってきた。

形が分かる。輪郭が薄い。けれど、武器の長さが異様だ。


「……来ます」


「え?」

シルヴィの声が瞬時に硬くなる。


「煤死神です」

俺は言い切る。

「姿が薄くて見えづらい。鎌と、魔術が来ます。離れてください」


「分かった」

シルヴィがすぐに距離を取る。

杖を構える手つきが、さっきまでの不安とは違う。現場の人間の動きだ。


「フォローはする。合図して」


「お願いします」


煤死神は、闇の中で輪郭が揺らいでいた。

見えづらい。だが、領域の中では動きが手に取るように分かる。


俺の近くに、床に魔法陣が浮かぶ。

術式が組まれようとしている。


ナイフに魔力を通し、魔法陣を断つ。

火花が散り、陣が沈黙する。


だが魔法陣は複数同時に組まれていた。


床の魔法陣を無効化した直後に死角から氷の刃が飛んできた。

領域で動きが見えていたので、半歩だけずらして避ける。


避けた先へ、雷の走りが来る。

床を這うような一撃だ。


「っ……!」


足元を跳ねてかわす。

煤死神の鎌が振りかぶったが、どう見ても間合いはまだ遠い。


と思った瞬間。


鎌がこちらへ伸びた。

違う。投げた。


回転しながら飛んでくる。


「くっ!」


横へ転がるように飛び、鎌をかわす。

しかし、転がった先を予想していたかのように、氷の刃がいくつも降る。


腕で弾き、ナイフで落とす。

間に合わなかった一枚が、背中へ突き刺さった。


「ぐっ……!」


革鎧が防いでくれた。だが激痛が走る。

息が詰まる。


「ユウト!」

シルヴィの声が尖る。


俺は返事の代わりに立ち上がる。すぐに声が出ない。


煤死神は、俺の体勢が崩れた瞬間に移動していた。

狙いが変わる。


領域の中で、それがシルヴィへ向かうのが分かった。


「……っ、させるか」


俺は走る。

煤死神の進行方向に氷の柱を出す。


突然現れた柱に、煤死神の動きが止まる。

鎌で斬り裂く。氷が割れる。


その一瞬で、間合いに入る。


ナイフに魔力を通す。

刃を通す感覚を強くする。


煤死神の背中へ切り込む。


黒い外套が膨らみ、煙が爆ぜた。

煤の匂いが広がって、視界が一瞬黒くなる。


次の瞬間、外套だけが地面に落ちた。

中身は、消えていた。


「……終わりです」


俺は息を吐く。

背中が痛い。肩が重い。指先が痺れる。


シルヴィが駆け寄ってきて、俺の背中へ手を伸ばしかけて止めた。


「血がっ……」


「大丈夫です」

俺は背中を手探りして確認する。

氷の欠片は砕けて落ちていた。濡れた感触だけが残る。


シルヴィが顔を歪める。


「大丈夫じゃない。応急処置するよ」

怒っているのに、声が震えている。


「……すみません」


シルヴィは唇を噛んでから、俺の服の裾を捲り上げる。


「そんなに深くなさそうだけど、ちょっと待ってね」


シルヴィが手荷物から包帯を出して巻きつける。


「血が止まるまで少し休むよ」

そういうと傷口を押さえて止血をしてくれていた。



「次へ行きましょう」

十分に休んでから俺はランタンを持ち直す。


シルヴィが、俺の横に並んだ。

「怪我が増えてきてる。次に魔獣を見つけたら逃げよう」


俺は頷いた。


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