表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/126

118 遭難


いくつかの分岐を越えてから、立ち止まって地図を広げた。

ランタンの灯りが紙面を照らす。


シルヴィが膝をついて覗き込む。指先で線をなぞるが、眉が寄っていく。


「……ないわね」


「……ないですね」

俺も同じ箇所を目で追う。

似た形の通路はある。けど、今歩いてきた分岐の並び方が一致しない。


「上もそうでしたが地図がもう参考にならないみたいですね」

口に出すと、現実がのしかかってくる。


シルヴィが唇を噛む。気丈に見せようとして、でも隠しきれていない。


「困ったわね……」


「シルヴィさんは、最下層まで行ったことありますか?」


「行ったことはあるけど、やっぱり見覚えがない」


息を吐く音が震えている。

彼女は自分の両手を見つめ、握っては開く。


「それより、これからの話だけど。私は、正直戦力としては決定打がない。

 なるべく遭遇しないようにいきたいと思う」


シルヴィは続ける。


「それと黄昏鯨がいる限り、上に行くのも救援が来るのも難しい」


シルヴィが一瞬、目を伏せた。


「でもあなた一人なら領域の中を通過できる。そのまま行けるんじゃないかしら」


暗に自分を置いていくような提案をしてくる。


「難しいですね。ものすごい警戒してましたから。

 なので上につながる他の道がないか探してみましょう」


シルヴィは、静かに息を吐いた。


「……分かった」




俺は地図を畳み直す。


「他の出口を探します」


シルヴィが小さく頷いた。

強がりじゃなく、腹を決めた頷きだ。


「分かったわ。じゃあ行きましょう」


迷わないように、地図の余白に線と印を増やしながら進む。


警戒を怠らず、領域を広げながら進んでいく。 


分岐をひとつ越えるたび、ランタンの火が揺れる。




領域の縁が、わずかに撓んだ。

外から、何かが入ってきた反応だ。


背中が冷たくなる。


「……来た」


「何?」

シルヴィの声が固い。


「前方です」

俺は目を閉じ、感覚だけで形を取る。

空気が乾く。金属の端が、かすかに鳴る。


「嵐核ドレイクです」


シルヴィの喉が小さく鳴った。

怖れを飲み込む音だ。


「逃げましょう」

即座に言う。声はかすれている。


「……逃げるにしても、今来た道も探索は終えてません」

俺は地図を握りしめる。

「戻った先で挟まれたら、自信がない」


「それでも……っ」

シルヴィが言いかけて止める。

目が揺れている。冷静でいたいのに、揺れる。


俺は静かに言い直す。


「今なら心の準備を整えてからいけます」


シルヴィが、短く息を吸った。


「……分かった。でも役に立てるかは分からないわよ」


「今、欲しいのは火力じゃありません。

 意識を散らせればそれで十分です」


シルヴィの表情が、少しだけ引き締まった。


「……了解」



岩陰に身を潜める。

この先は遮蔽物がない。ここが最後の隠れ場所だ。


俺は低い声で段取りだけを伝える。


「俺が先行します。意識が俺に向いてたら、隙を見て打ち込んでください」



シルヴィが頷く。

指輪の位置を直し、杖を握り直した。


「いつでもいいわよ」


嵐核ドレイクがこちらを向いていない瞬間を見て、走り出す。


見つかりにくいように、ダンジョンの魔力に同調させていたのを、


俺自身の魔力で領域を張り直す。


その瞬間


全身に衝撃が走った。


「っ……!!」


雷撃。

視界が白く弾けて、地面を転がる。


タイミングが分からなかった。


息が詰まる。腕が痺れて、起き上がるのが遅れる。


起き上がった直後、右から風圧。


尻尾。


咄嗟に右腕でガードするが、右腕に衝撃が走る。

その衝撃は肋骨を通して内臓まで入る。


「ぐっ……!」


叩きつけられ、転がる。

口の中に鉄の味が広がった。


体勢を戻したときには、真正面に立たされている。

嵐核ドレイクが口を開けた。歯列が見える。



「今よ!」


と意識外からシルヴィの声。


次の瞬間、嵐核ドレイクの顔面に、白い霜煙が爆ぜた。

風で叩きつけた氷霧だ。視界を覆い、呼吸を奪う。


「っ……!」


ドレイクが頭を振る。


俺は真下から氷の柱を跳ね上げる。

狙いは脳を揺らす位置。


鈍い衝撃。

大きな体が、わずかに沈む。


「今のうち……!」


腰のナイフを抜く。

以前は鱗が硬くて通らなかった。


今回は違う。


ナイフに魔力を通す。

刃の中に魔力を循環させるイメージ。


間合いへ踏み込み、腹へ振り上げる。


「……通った」


刃が滑り込む感触がある。

刺し込んだ箇所から魔力を送り込む。


種を植える。

内部で育つ。

氷の枝になる。


「……凍てつけ」


ドレイクの内側から、氷の枝が突き出た。

一気に広がり、体を押し割るように伸びる。


巨体が止まり、震え、そして崩れた。

一本の樹氷みたいに固まりきる。


俺は膝をついた。

雷撃と尻尾のダメージが残っている。


リナはあれ全部かわしてたよな。

一体どうやってるんだ。


体の汚れを払いながら、シルヴィの元へ戻る。息が荒い。


「ありがとうございました」


「……ううん」

シルヴィが首を振る。


「それより、大丈夫?」

声が細い。


「……なんとか。ただ、これが続くと厳しいです」


シルヴィが黙る。


「……戻って、少し休みましょう」

彼女が言った。



休むのにちょうど良さそうな小部屋を見つけていたらしく、そこへ移動した。

布を広げ、シルヴィが座る。


「君、本当に強いわね」

言いながら、シルヴィは自分の手を見つめる。

「……クララがいたら、回復魔法が使えたんだけど、ごめんね」


「……今は、いません」

俺は事実を返す。

「だから、休みます」


シルヴィが布をぽんぽん叩いた。


「ほら。横になって。おねーさんの膝枕。周りは見張ってるから」


「い、いえ……大丈夫です」

即答したが、声が裏返った。


「いいからこっちに来なさい」

となぜか命令される。



「……分かりました」


横になると、太ももの柔らかさが頭に伝わった。

神経がそっちに向いて、休めてるのか分からない。


シルヴィの手が、俺の髪に触れる。

優しいはずなのに、指先が震えている。


俺は、不安を取り除けるように、そっとその手を握った。


「大丈夫です」

俺は短く言う。

言葉より先に、握った手に落ち着いてほしい。


シルヴィが、ぎゅっと握り返してきた。

指が冷たい。


「……ねえ」

彼女の声が小さくなる。

「生きて帰れるかな」


「帰りましょう」


シルヴィが、喉の奥で笑った。

ほんの少しだけ、呼吸が整う。


「……そうね」



俺は目を閉じた。

握った手は離さないまま。


ランタンの灯りが、壁を淡く揺らしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ