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116 シルヴィ

一度、休息時間へ入った。

素材回収班の解体が終わるまで、戦闘班は通路の奥を背にして腰を下ろす。


鍋の残り香と、鉄の匂いと、魔獣の血。

それらが混じった空気の中、足音が近づいてきた。


「……ねえ」


振り向くと、白紋連の魔術師シルヴィが立っていた。

メインの杖を片手に、腰には予備の杖。指輪や装飾が多い。刻印の光が、薄く揺れている。


「さっきの。精霊魔法ってやつだよね」


「ええ。……俺が使ってるのは、その系統です」


シルヴィは肩をすくめ、唇を尖らせる。


「私、ずっと現代魔術を習ってきたし、精霊魔法なんて存在さえ、

 このパーティに入るまで知らなかったんだよね。

 魔道具も便利だけど、火力不足でさ困ってるんだ」


「……分かります」


「だから、習得したいの。教えてくれない?」

シルヴィの目が真っ直ぐ俺を射抜く。


「構いませんが、最初が難しいかもしれません」


「難しい?望むところ」


「では、まず座ってください」

俺は床を指した。

「目を閉じて。自分の魔力を感じます。そこが最初のポイントです」


シルヴィは眉を上げる。

「……それだけ?」


「はい。それを感じたら次の段階です。……ただ、ここが一番時間がかかりました」


「そうなの?」

シルヴィの声が少しだけ小さくなる。

「それはどれくらい?」


「俺は……二年、かかりました」


「……二年」

シルヴィが目を閉じたまま、短く息を吐く。


「じゃあ、時間を見て、コツコツ取り組むしかないわね」


「……それと」

俺は、言うべきか迷ってから、口を開いた。

「大怪我をしたりして死にかけた時は感覚を掴みやすくなるそうです。その時が来たら試してください」


「嫌な話ね。でも、この仕事をしてたら……そういう時も来るかもしれない」

顔をしかめながら、乾いた笑いを漏らす。

「その時はラッキーと思って試すことにするね」


俺は頷く。

「魔力は循環です。循環を意識してください」


「循環……」

シルヴィが小さく繰り返す。


「もし感じ取れたらその時、また会いに来てください」


シルヴィは目を開け、強く頷いた。


「分かった。ありがと。やってみる」


俺は小さく息を吐く。

「……ミアなんかは、すぐ掴んだんだよな」


隣でリナが、肩を揺らす。

「才能って、ずるいよねぇ」


「お前が言うな。リナだって大概天才だぞ」


「ふふん」

ドヤ顔を決めている。


やりとりをしていると素材回収が終わり、休憩は終了となった。


戦闘時は素材回収班が休憩と警戒。

素材回収時は戦闘班が休憩と警戒。

荷運び班は基本的に動きっぱなしで、隙を見て休む。


流れが決まっている。



増員で探索の速度は上がるが、下層に行くほど今度は荷運びが追いつかない。

ギルドは追加で二パーティの増援を決定したようだ。


そのまま、十四階層も探索完了。


その日の夜も、鍋だった。




「随分と強くなったみたいだな」


鍋を前に、カイが俺へ声をかけてきた。

火の光に、彼の表情が揺れている。


「蒼牙隊の皆さんのおかげです。旅に出た甲斐はありました」


「で、今の紅蓮回廊の状況はどうだと思う?」


「……この階層は初めてなので分かりません」


「そりゃそっか」

カイが頷く。

「普段なら、この辺で一階層に一体出るかどうかだ。今は三、四体いる」


リナが鍋を覗きながら言う。

「やだねぇ。多いんだねぇ」


カイの声が低くなる。

「つまり、この先Sランクの出現の可能性もあり得る。……もし、Sランクの気配がしたら撤退だ」


「……前に、あなたが撤退しようとしたら襲われましたね」

ヴェルドが、涼しい声で言う。


「おい」

カイが睨む。


ヴェルドはにこりともせず、淡々と続けた。

「事実です」


「……はっはっは。まぁ遠い過去の話だ」

カイが乾いた笑いで押し切る。


「それとよ、ユウト。お前がやったAランク三体の解体、大変だったぞ」


「……すみません」


「樹氷が溶けねぇし。割ろうとしてもやたらと固ぇし」

カイは鍋の湯気を掴むみたいに手を振る。

「高位の精霊だか何だか知らねぇが、もう少しほどほどにしろ」


リナが肩をすくめる。

「あの時すごかったねぇ」



「そういえば……カイさん、精霊化って出来るんですか?」


「まぁな」


「どうやるんですか?」


「どうって……」

カイが眉間を押さえる。


「そうだな」


頭を左右に振りながら、なんとか絞り出そうと苦戦している。


「俺の場合は、こう……うおりゃって感じで……。

 ……うーん。考えたことねぇな」


「参考になりませんね」

ヴェルドが即座に指摘する。


「うるせぇ」

カイが即座に返す。


「リナの場合はどうだ?」


リナが手を上げる。

「あたしはねぇ。ドラがやってくれてるから分かんない!」


「だよなぁ」



しばらく沈黙が落ちて鍋がぐつぐつ鳴った。


リナが急に、心の底から嫌そうに言う。

「……ねぇ。そろそろお風呂入りたい」


「うっ」

俺も思い出してしまう。

魔道具の本場のレステル公国では風呂が普通にあった。


転生してから風呂のない生活に慣れていたが

再びあれに馴染んでしまうと風呂が欲しくなる。


「帰ったら、魔道具で風呂作れないか考えてみよう」

俺が言うと、


「さんせーい!」

リナが即答で手を上げた。


デュランが呆れた顔で鍋を見下ろす。

「お前たち、緊張感なさすぎだろ」


その日は、そのまま就寝となった。



目を覚ますとその日は

十五階層からのスタートだ。


索敵班が一足先に動き出した。

俺たちは地図を広げ、ルートを確認しているが

明らかに地図と目の前の空間が違う


「変わってるな」

デュランが呟く。


「確かに。前来た時よりも空間が広い

 こっから先は今までの地図が当てにならねぇな」


索敵班が戻ってきた。


「こちらへ来てください」


声が硬い。

嫌な予感が、背中を撫でた。


ついていく。

通路を曲がった先で、異常な光景が広がっていた。


通路の途中から水の壁ができている。

壁の向こうは、奥まで水で満たされていた。


「……水?」

リナが目を丸くする。




「黄昏鯨だな」

デュランが頷く。顔が険しい。


「Sランク魔獣だ。ここらで引き上げるぞ」

カイが撤退の判断をする。


「黄昏鯨とは、何ですか」

俺は短く聞く。


ヴェルドが答える。

「黄昏鯨が出ると、自分で水を出して、そこを巣にします。出鱈目すぎます」


デュランが続ける。

「こいつが出たら探索は止まる。消えるまで先へ進めない。

 幸い、水中から出てくることはない」


「討伐する人はいないんですか?」

俺が聞くと、


デュランが少しだけ目を伏せた。

「王都のダンジョンで、ゼノが討伐したって話は聞いたな」


カイが鼻で笑う。

「あー、ゼノか。やりそうだな」


「ゼノって誰?」

リナが首を傾げる。


「この国のSランク冒険者だ」

デュランが答える。


「泳いで倒したんですか?」

俺が聞くと、


「分からん」

デュランは即答した。



カイが真面目な顔になる。

「黄昏鯨みたいなSランクは、強いだけじゃねぇ。こいつみたいに環境を変えたり

 地形ごと変えちまう。他にも異常事態を起こすのがSランクだ」



俺は唾を飲む。


「カイでも倒せませんか?」


カイは即答せずに黄昏鯨がいるであろう、水の奥を遠い目で見つめる。

その沈黙が答えだった。


「……黄昏鯨は、この水の中にいる」

カイは言葉を選ぶように言う。

「俺は、倒せん」


ヴェルドがさらっと言う。

「カイは泳ぎが苦手ですからね」


「やかましい」

カイが低く返す。

「泳げたとしても、無理だろうが」


デュランが地図へ視線を落とす。

「避けて下へ行く道は、あるかもしれん

 だが、俺たちが下で動いてる間に水が動けば、出口が塞がれる」


「……それは困るねぇ」

リナが腕を抱える。珍しく冗談が薄い。


「だから、撤退だ」

カイが言い切った。


「同意だ」

デュランも短く頷いた。


全員が方向転換する。


その時。


先に戻り始めた誰かが声を上げた。


「おいっ!」


何事かと駆け寄る。


さっきまでいた上の階層へとつながる広場への通路の途中。


そこにも、水の壁があった。



「2頭いるってことか?そんなの聞いたことないぞ」

デュランの声色に焦りが滲んでいる。


俺の喉が鳴る。


ヴェルドが、わざとらしく肩をすくめた。

「カイの撤退宣言は碌なことになりませんね」


「なんだってんだ、全く」

カイが言う。声が苛立ちで尖っている。


デュランが通路を見回し、唸る。

「さて、どうする」


「上の階層までの道自体は遠くない」

デュランは地図を叩く。

「だが、水がどこまで伸びてるか分からん。

 安易に水の中へ入る判断はできない」


ヴェルドが頷く。

「水中での戦闘は無理ですね」


カイは、水の壁を見つめたまま言う。

「さて、どうしたもんか」



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