115 討伐
「おーい。静かにしてると思ったら、何サボってる」
背後から、からかうような声が飛んできた。
振り向くと、泥と血の匂いをまとった一団がこちらへ歩いてくる。
前線のはずだが空気が軽く、余裕がある。
カイが片眉を上げる。
「お、来たか」
それから俺に顎をしゃくる。
「知ってるか? ラツィオのもう一つのAランクパーティ白紋連だ」
カイは、先頭の男に向かって言う。
「おいデュラン。こいつが前に話した、はらぺこ軍団だ」
男が一歩、前に出た。
片手剣と盾。
鎧は軽い。金属が最小限で、動きを殺さない作りだ。
それでも、歩みが揺れない。立っているだけで前衛だと分かる。
「おお」
その男デュランが俺たちを見て、口角だけ上げる。
「前にギルドで見たことあるぞ。おまえがユウトで、そっちがリナだな」
リナが片手をひらひらさせた。
「そだよー」
デュランの視線が、俺の後ろへ落ちる。
「……んで? このちびっこいのは?」
アカネは俺の背中にぴたりと張りついていた。
目だけ出して、じっと見ている。
俺が少し身をずらす。
「アカネと言います。訳あって一緒にいます」
アカネが小さく頭を下げた。
「アカネです……」
デュランは頷く。声はぶっきらぼうなのに、目は冷たくない。
「そうか。ここは危ないから、後ろで見てるんだぞ」
「……はい」
アカネは素直に返事をした。小さい手が、俺の服を強く掴む。
デュランの横から、女が一歩出る。
長い杖を手にしていて、腰にも予備の短い杖が下がっている。
指輪が多い。指だけじゃない。耳や首、手首にも装飾が重なっていて、金属の縁に刻印が見える。
「私はシルヴィよ」
冷たい声色なのに、笑顔は整っている。
「魔術師をやってるわ。よろしくね」
次に、でかい男が前へ出た。
大剣。鎧は厚く大きい。鎧の下にある肩も胸も、大きそうだ。
まるで壁のようだ。
「俺はオスカーだ。よろしく頼む。
低い声で短く言う。
最後に、修道服をベースにした服の女が頭を下げた。
裾や袖が動きやすいように切り替えられている。
胸元には、銀のペンダント。カサリウス教団の意匠だ。
回復魔法は教会の信徒だけが学べる秘術とされている。
「私はクララ。怪我をしたら言ってね」
柔らかい声だった。
リナが俺の耳元で小声を落とす。
「回復役いるの、安心だねぇ」
俺は小さく頷いた。
デュランが改めて言う。
「挨拶が遅れたな。俺は白紋連のリーダー、デュランだ」
盾を軽く叩く。
「そこそこ戦えると聞いている。よろしくな」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
俺が頭を下げると、リナも軽く下げた。
カイが短く言った。
「飯でも食うか」
「そうしましょうか。呼んできます」
ヴェルドが即座に立ち上がり、奥へ走っていった。
その後、さらに四つのパーティが合流した。
話を聞くと俺たちを含めて戦闘班が3パーティ。補佐と素材回収班が4パーティ。
荷運び班が3パーティの大所帯らしい。
荷運び班は今も荷運びで往復中だそうだ。
鍋が据えられ、湯気が上がる。
荷運びがいる分、食材を常に補給できて温かい食事ができる。大規模攻略の強みらしい。
「ありがたいねぇ」
リナが湯気に顔を寄せる。
アカネは目を丸くして、鍋を覗き込んでいる。
「いいにおい……!」
クララが笑った。
「熱いから気をつけてね」
デュランが座りながら、俺に目を向ける。
「おまえらはとりあえず、無理して死ぬなよ」
「……はい」
俺は即答した。無理していいことは、ここにはない。
食事を終えると、睡眠の時間になった。
戦闘班は休め、と言われる。見張りは補佐班と荷運び班で回すらしい。
「万全で挑めってことだな」
オスカーがぼそりと呟く。
俺たちも戦闘班として扱われ、休ませてもらうことになった。
目を覚ます。
朝食を済ませると、補佐班が残りの索敵を進めていた。
その間に十三階層の作戦を練る。
地図を広げ、ルートを頭に叩き込む。
リナが指でなぞる。
「十四階層へ降りるルート、ここだよね」
「うん」
俺は頷く。
「だから、まずはそこから遠い側から潰す。背中を取られにくい」
索敵班が戻ってきた。
「十二階層、魔獣無し。討伐完了です」
「よし」
カイが立つ。
「下へ行こう」
十三階層へ入ると、空気が変わった。
魔力の密度が一段、重い。
索敵班が少し進み、すぐ戻ってくる。
「先に鳴管サーペント二体!」
デュランが盾を構えた。
「白紋連、行くぞ」
俺は立ち止まって見た。初めて見るタイプだ。
巨大な蛇が二体、くねりながら迫る。鳴管と呼ばれる器官。
喉の奥で空気が震えて、その場の空間に鳴り響いて耳が痛くなる。
「うるせぇな」
デュランが吐き捨てる。
一歩、二歩。
盾で噛みつきを受け、すぐに足を滑らせて位置を変える。
軽い鎧が生きている。
噛みつきに動いた隙を見て、鎧で身を包んだオスカーが
横から体当たりをする。
「邪魔だ」
デュランが吐き捨てると、片手剣が走った。
首を落とす
速い。無駄がない。
もう1匹もスムーズに討伐していく。
「……さすがAランクだな」
俺は小さく息を吐く。
リナが目を輝かせる。
「かっこいー」
カイたちは分岐した別の道へ進んでいった。
索敵班がさらに奥へ行った。
しばらくして走って戻ってくる。
「Aランク魔獣! 焔冠ケルベロス一体!」
「追ってきます!」
その直後、熱が走った。
火の匂い。三つの唸り声。
焔冠ケルベロスが通路を埋めるように現れる。
三つの頭、それぞれが別の方向を睨み、火花が歯の間から漏れていた。
全員が戦闘体制を取る。
デュランが前へ。
盾を上げ、間合いを詰めて牽制する。
シルヴィが杖を振る。
氷と風が重なり、白い刃みたいな塊が飛ぶ。
ダメージが通っているかは分からない。だが、ケルベロスの動きが一瞬鈍る。牽制になっている。
オスカーが右へ回り込む。
大剣を低く構えて、重いのに速い。
ケルベロスの端の頭が、オスカーへ噛みつこうとする。
オスカーは大剣で受けて、そのまま押し返した。
「重ぇな……!」
デュランが左から背後へ回ろうとする。
それを端の頭が噛み止めるように狙う。
「させるかよ」
デュランが一度引き、盾で噛みつきを弾く。
その瞬間、中央の頭が咆哮した。
火が立ち上がる。
熱で視界がゆがむ。
デュランが飛び退く。
避ける。間合いの外へ。
尻尾が追うように振られ、盾に叩きつけられた。
「っ……!」
デュランの体が沈む。だが倒れない。
クララが短く祈る。
淡い光がデュランの肩に落ちて、呼吸が整うのが見える。
「無理しないで!」
クララの声が張る。
「分かってる!」
デュランが返す。
シルヴィが中央の頭へ氷を連打する。
鬱陶しそうに首を振るが、思うように避けられない。
連携が乱れた瞬間を、デュランが見逃さない。
「今だ!」
腹へ突き刺す。
刃が入る。
そこから先は早かった。
オスカーの大剣が横から入り、シルヴィの氷が動きを止め、デュランが確実に仕留める。
「……討伐完了」
デュランが息を吐く。
「強い……」
俺は呟く。
それでも蒼牙隊の戦いを初めて見たときほどの距離は感じない。
リナが、目をきらきらさせて俺の袖を引く。
「次、あたし達も行こうよ」
「……ああ」
俺も頷いた。
索敵班がまた報告する。
「嵐核ドレイク一体!」
リナが俺を見る。
俺も頷く。
「俺たちが行きます」
俺はデュランへ言った。
デュランは短く頷く。
「分かった。気をつけろよ」
俺はアカネの肩に手を置く。
「ちょっとアカネを頼みます」
クララがしゃがんで手を差し出す。
「おいで。ここで待とうね」
アカネは一瞬だけ唇を尖らせた。
「……戦うの、見たい」
「うんうん、遠くから見てようね」
クララがそう言うと、クララの後ろへ行った。
領域を展開して、位置を捕捉する。
近づくにつれて、空気が乾く。髪が浮く。
リナの周囲が帯電し始めた。
いつもの現象だ。
気になってつい指先で触った。
「いだっ!」
衝撃が走る。感電した。
リナが肩越しに睨む。
「ちょっと、集中」
「ごめんごめん」
俺は痺れた手を振りながら謝った。
改めて向き合う。
嵐核ドレイクは、以前見た個体より小さい。
それでも体高は5mほどある。
やや小さいとは言っても大きい。鱗は硬く翼を広げ、雷撃を散らして威嚇してくる。
俺はカイの言葉を思い出す。
知性のある相手こそが厄介。
目の前の相手が本能で殴ってくるだけなら、やるべきことは見える。
精霊魔法で大事なのは、理解とイメージだ。
敵を恐れすぎると、攻撃が通るのに十分な強度が生まれない。
「行くぞ、リナ」
「うん」
リナが先行する。
嵐核ドレイクの意識が、リナへ寄る。
嵐核ドレイクが放つ雷撃がリナに向けて落ちる。
だがリナは、もうそこにいない。
避けられたことを気にするそぶりもなく
リナに視線を向けながら再度雷撃を発生させる。
リナは動きが読まれづらいようにジグザグに走って距離を詰める
嵐核ドレイクは完全にリナに意識を向けている
俺は死角から、頭部へと向けて氷の柱を撃ち込む。
人よりも大きい氷の柱。
重量と速度を意識して叩き込む。
「入った」
意識外の一撃を受けて嵐核ドレイクの動きが止まる。
それを見たリナが間合いへと踏み込んで前脚へ切り掛かる。
刃が走り、前脚が大きく裂けた。
「通った……!」
リナの声が少し上ずる。
俺も間合いに詰める。腰のナイフを抜く。
ドレイクの動きが鈍い。氷の柱が予想以上に効いている。
今度は頭の真下に氷の柱出現させると、そのまま上へ氷の柱を撃ち出す。
もう一度脳を揺らすと、膝を落として崩れ落ちる。
それを見たリナが翼を伝ってその体を駆け上がって首元まで行くと、
体重を乗せて、首元へ一線。
首が落ちた。
「……っしゃ」
リナが短く吐く。息が荒い。目が笑っている。
俺は、遅れて息を吐いた。
「倒せた」
戻ると、デュランが俺たちを見て言った。
「お前たち、すごいな。その年で」
アカネが飛び出してくる。
「えっへん!」
胸を張るのが可笑しくて、少し笑いそうになる。
リナが、満足げに肩を回す。
「やっと倒せたね」
「ああ」
俺は素直に言った。
今まで手が届かなかったAランク魔獣を倒した。
単純に嬉しい。
俺は気になったことをリナに聞く。
「なぁ、リナ、なんで以前は切れなかったものが、今回は切れた?」
リナが少しだけ真面目な顔になる。
「んーとね。ドラが言ってたんだけど、
あいつ、鱗を魔力で切れないようにしてたんだって」
「だから、こっちの剣も魔力で包むと切れるようになるって」
リナは、自分の手元を見て言う。
「それはドラが手伝ってくれてるの」
「……そうなのか」
俺は頷く。
確かに剣が通らないほど硬いなら、そもそも素材として加工も難しそうだ。
硬いだけじゃなく、魔力で守っているなら、納得できる。
デュランが、優しい笑顔で俺の肩を軽く叩いた。
「よくやったな」




