114 前線
翌朝。
冒険者ギルドへ向かい、昨日の依頼報酬を受け取った。
受付に立っていたカトリーナさんが、深く頭を下げる。
「お疲れ様でした、ユウトさん。迅速な対応、助かりました」
「カトリーナさん、昨日の夜明け前もギルドにいましたよね」
俺は思わず言う。
「……休めてますか?」
カトリーナさんは、きっぱりと微笑んだ。
疲れの影はあるのに、背筋が折れていない。
「大丈夫です。仮眠は取っています」
それから、少しだけ声が硬くなる。
「それに今は大変な時期ですから。ゆっくりしていられません」
「……そうですか」
カトリーナさんが、こちらをじっと見つめてくる。目力が強い。
「ユウトさんは、しばらくどこにも行きませんよね?」
「は、はい……」
「よかったです」
胸の前で両手を組んで、素直に安堵する。
「紅蓮回廊の調査と討伐に向かってほしいんです」
カトリーナさんは淡々と説明した。内容は淡々としているのに、空気が重い。
「ユウトさんが以前調査して以降、調査が止まってました。
Sランク冒険者がどうしても手配できず……その間に、魔獣が溢れ始めました。
今はAランクパーティを軸に調査を進めてもらっています」
「……カイたちも入ってるんですか?」
「はい」
カトリーナさんは頷く。
「蒼牙隊が入っています。ほかにも、Aランクパーティの白紋連も
それ以外にも、補佐や支援として複数入っています。その中に入って欲しいんです」
「分かりました」
声が少し低くなる。
「……では、紅蓮回廊へ行ってきます」
「ありがとうございます」
カトリーナさんが、そこでようやく横を見る。
俺の後ろに、アカネがいた。
小さな手を胸の前で握って、ぴんと背筋を伸ばしている。
「……ところで、隣の女の子は?」
「あー……縁あって、一緒にいるんです」
俺は少し言葉を選ぶ。
「こう見えて、Cランク魔獣なら倒せたりします」
カトリーナさんの目が見開かれる。
「そ、それは……すごいですね……!」
アカネが胸を張った。
「えっへん」
「じゃ、今日も行くか」
ギルドを出て、俺が言う。
紅蓮回廊へ到着。
今日は最短ルートで進む。
五階層へ降りたところで、熱が肌にまとわりついた。
「……来た」
視界の先、床を這う鉄色の長い影。
熱鉄ムカデ。
「Bランクだ」
俺が言うと、アカネが前へ出る。
「あたしがやる!」
「待て、外皮が」
言い終える前に、アカネは踏み込んでいた。
剣が弾かれる。
乾いた音。二度、三度。
どれも通らない。
アカネが歯を食いしばって、今度は斜めから深く打ち込もうとする。
それでも刃は滑って、甲殻に火花が散るだけだ。
「……っ、かたい!」
悔しさが声に混ざる。
リナはぎりぎりまで見守っていた。
アカネの動きが速いから、直撃はもらっていない。
でも、呼吸が荒くなり、足がわずかに重くなる。
「アカネ、交代」
リナの声が柔らかいのに、有無を言わせない。
「まだ……っ」
「ここで無理すると、次がなくなる」
リナが言い切る。
アカネが一瞬だけ唇を噛んで、後ろに下がった。
リナは一歩で間合いに入って
一閃。
ムカデの胴が、きれいに両断されて倒れる。
「……全然できない」
アカネの目が潤む。悔しくて、怒っている。
リナがしゃがんで、目線を合わせる。
「しょうがないよ。あれは体重と、刃の通し方がコツが必要。
また練習しよ。ね?」
「……うん」
アカネは小さく頷いた。
子供をあやすように話しているが
内容は物騒だ。客観的に見ると怖い絵面だ。
そこへ、奥から足音が来た。
鎧のこすれる音。息。複数人の気配。
冒険者が一人、こちらへ歩いてくる。
見知らぬ顔。装備が軽い。背負い袋が大きい。
俺は声を出す。
「こんにちは」
相手がにこっと笑った。
「やぁ、こんにちは。君たちも調査に加わったのかい?」
「はい。奥の状況、どうですか?」
俺が聞く。
「いやー……Bランクがごろごろしてるし、Aも出る」
彼は肩をすくめる。
「俺たちは荷運び。素材を入口まで運んでるだけだけどさ
見てるだけでも、本当に大変だよ」
「何階層くらいで、それが……?」
俺が続けると、
「今は……十二階層くらいかな」
彼は即答した。自分が運んでいる範囲の話だ。
「君たちは、この付近の討伐かい?無理しない方がいいよ」
「ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
リナが俺の袖を引く。
「……行ける?」
「地図はある」
俺は腰の袋に触れる。
緊急対応で、最下層の十八階までの地図を預かっている。
リナがうなずく。
「じゃ、行こうよ」
「……行こう」
俺も頷いた。
最短ルートで進む。
小走りにしても、魔獣はやはり少ない。
七階層で少し休憩していると、聞き慣れた声がした。
「おうっ! お前たち、生きてたのか!」
マルツェンのパーティだ。
「昨日ギルドから伝達があってびっくりしたぜ」
「はい。調査討伐依頼で来ました」
俺が答える。
「頼りにしてるぜ」
マルツェンが笑って、背負い袋を叩く。
「素材を上まで持ってったら、また来るからよ!」
そう言って、彼らは上層へ駆けていった。
荷運びを兼ねているのが見て取れる。
休憩を切り上げて、さらに下層へ。
十二階層へ到着すると、遠くから騒ぎが聞こえてきた。
金属音、声、刃が骨を断つ音。
地図を見ながら進む。
騒ぎは、だんだん近くなってくる。
広い空間。
解体作業をしている一団がいた。
「はらぺこ軍団じゃないか」
声をかけてきたのは、以前琥珀迷宮で一時同行したメンバー。
白梟団のセドリックだ
彼は血のついた手袋を外しながら言う。
セドリックは頷いて、すぐに顔を険しくする。
「来てくれて助かるよ。連戦で疲労が溜まっている。人手がギリギリでね」
俺は状況を聞いてみる。
セドリックは、知っている範囲だけをはっきり言った。
「上層部は問題なかったんだが、八階層以降で、Aランクが少しずつ出始めた。
今いる……十二階層は、Aが増えてる。異常だね」
セドリックが息を吐く。
「向こうが今の前線だ。他のメンバーもいるから行って来るといい」
前線へ進むと、蒼牙隊の面々が休んでいた。
壁際に座り、水を飲み、布で汗を拭いている。
最初にこちらへ気づいたのはヴェルドだった。
「君たちは……久しぶりだね」
カイが顔を上げた。
目が鋭い。じっと俺たちを見て言葉が落ちる。
「お前たち……エルデンに行ったとは聞いたが
……また、とんでもないのを連れてきたな」
視線はリナの肩のあたりへ。
「ドラのこと?」
リナが小声で俺に聞く。
「……多分」
俺も小声で返す。
「ドラってすごいのかな」
俺が言うと、リナが少しだけ眉を吊り上げた。
耳を澄ますみたいに、目を細める。
「うーん……」
それから、真顔で言う。
「ドラがね、『そんなことも分からんとはバカめ』って」
「……すみません」
俺は小さく呟いた。
次に同調したら、敬意を払うことにしよう。
俺は話を切り替える。
「今、どんな感じで探索してるんですか?」
カイが短く頷く。
「一階層ずつ全探索と全討伐だ。魔獣を潰して、素材も回収している。時間がかかる
今は一日に二階層進めば上等だ。深くなるほど、荷運びの往復が長くなってるな」
俺は気になっていたことを、確認する。
「……Sランク魔獣とかっているんですか?」
「この紅蓮回廊では今まで出たことないんだが、
この分だと出てきてもおかしくないな」
言い切った上で、少しだけ言葉を足す。
「Sに指定されるのは、環境ごと変えてしまうとか、高密度の魔力体だとかがいる。
それでも魔獣は、まだ倒しやすい部類だ」
カイの声が低くなる。
「……厄介なのは知性を持つやつだ」
「知性……」
俺が繰り返す。
「こちらの弱点を狙ってきたり、人質を取ることもある。
もっともそう言う奴らはダンジョンには残らず外に出てるだろうな」
尚更恐ろしい話なんだが。
ヴェルドが静かに続ける。
「もし明らかに違う圧を感じたら、撤退が最優先です」
カイが言い切った。
「目的は街に被害を出さないことだ。安全第一で行くぞ」
「……わかりました」
俺は頷いた。
カイが俺を見る。
「お前こそ、この前は本気でびっくりしたぜ。高位の精霊の加護を持ってたんだな。
俺の精霊が思わずひれ伏しちまった」
アオイのことか。随分偉そうな話し方になってたが、偉かったのか。
カイは視線をリナへ戻す。
「それに……龍の精霊まで連れてくるとはな」
リナが少しだけ胸を張った。
「うちのドラは可愛いんだから」
カイが鼻で笑う。
「相性が良さそうで何よりだ。期待してるぜ」




