113 警鐘
夜明け前。
街の方から、鐘の音が響いた。
……聞いたことがないリズムだ。
嫌な感じだ。
目を開けるがまだ外は暗い。
部屋を出ると、廊下でリナと鉢合わせた。
髪が少し跳ねていて、完全に寝起きの顔。
「何だろうね、これ」
リナが小さく眉を寄せる。
「分からない」
俺は首を振る。
「ちょっとギルドで確認してくる」
「あたしも行く」
「1人で行ってくるよ……アカネがいるし」
俺は寝室の方を見る。まだ静かだ。
「ちょっと確認するだけだ。子守、頼んでいいか?」
リナは一瞬だけ唇を尖らせた。
それから、すぐに真面目な顔に戻る。
「分かった、気をつけてね」
「すぐ戻る」
短く言って、装備を整える。
玄関を出て走る。
目に見える範囲では、街はまだ無事だ。
家々の窓に灯りが点いていて、窓辺に人影がある。
外の様子を伺っているようだ。
ギルドへ駆け込む。
……中に、冒険者の姿がない。
受付にも人がいない。
ただ、奥の方だけがざわついている。
「すみません、誰かいませんか!」
声を張るが、返事がない。
仕方なく奥へ進む。
ギルド長室の前で足を止める。中から人の声。
俺はノックした。
扉が開き、カトリーナが顔を出した。
俺を見て、目を丸くする。
「ユウトさんっ……戻ってこられたんですね」
「ええ、まあ……」
部屋の奥から、低い声が飛ぶ。
「おい、いいところに戻ってきたな」
ギルド長のグスタフが、机に肘をついてこちらを見ていた。
「当然、強くなってきたんだろうな?」
「……どうでしょう」
俺は曖昧に返す。
俺は本題をぶつけた。
「さっきの鐘、聞いたことがないリズムでした。何があったんですか」
グスタフが顎をしゃくる。
「紅蓮回廊から魔獣が漏れたということで狼煙が上がったんで鐘を鳴らした」
「狼煙……」
カトリーナが、机の上の書類を整理している。
「今は伝令待ちです。もうしばらくしたら報告が上がるでしょう」
経緯を聞いて少し落ち着いてあたりを見回す。
2人とも以前と変わらない。
とギルド長を見ているとふと思い出す。
「そういえば」
グスタフが目を細める。
「なんだ、その顔。言いたいことがあるなら言え」
「先日までレステルにいまして」
俺は落ち着いて言う。
「……向こうのグスタフさんに会ってきましたよ」
グスタフが一瞬だけ固まって、鼻で笑った。
「はっ。あいつに会ったのか。元気にしてたか」
「元気でした。魔道具の研究してましたよ」
「そうか。そりゃ何よりだ」
短く言って、グスタフは話を切り替える。
グスタフは俺に目を戻した。
「まだ時間はある。森に向かってからの話を聞かせろよ。
何でエルデンに行ったはずが、レステルなんぞにいる」
「長いですよ」
俺が言うと、
「いいから話せ」とグスタフが手で促す。
俺は、森に入ってからの流れを要点だけ話した。
境界、領域、エルデン、獣人の村、研究院。
言いながら、喉の奥が乾く。思い出したくない場面も混ざる。
グスタフは最後まで黙って聞いた。
話が途切れたところで、短く言う。
「……精霊の導き、ってやつか」
それ以上は何も言わなかった。
その沈黙のまま
扉が勢いよく開いた。
「報告!」
息を切らした伝令が飛び込んでくる。
「Bランク魔獣が、ダンジョン入口付近で突如発生!
見張りでは太刀打ちできず、数体を逃しています!」
空気が一段冷えた。
グスタフが俺を見る。
「ユウト。行ってくれるか」
「……行きます」
返事は、もう決まっていた。
グスタフが机を叩く。
「よし。はらぺこ軍団に指名依頼だ。
紅蓮回廊の外に溢れ出た魔獣の討伐!」
「行ってきます」
俺は頭を下げて、踵を返した。
家に戻ると、リナは玄関で待っていた。
アカネも起きていて、髪をぼさぼさにしたまま目をこすっている。
「どうだった?」
リナの声が少し硬い。
「紅蓮回廊から、魔獣が漏れたそうだ」
俺は短く言う。
「指名依頼で討伐依頼が出た。行くか」
「行こう」
リナは迷いなく言った。
「……アカネは」
俺が言いかけると、
アカネが一歩前に出て、半分目を閉じたまま拳を上げた。
「いくっ」
そうは言っても連れて行くのも置いていくのも不安だ。
リナが俺の腕をつつく。
「あたしが倒す。ユウトは索敵でしょ。アカネを見てて」
俺は息を吐いて、アカネの頭に手を置いた。
「……分かった。でも、勝手に飛び出さないこと」
「うんっ」
アカネは勢いよく頷く。
三人で紅蓮回廊へ向かう。
リナが走りながら訊く。
「どんな魔獣って言ってた?」
「Bランクってだけだな」
俺は正直に言う。
「種類は聞いてない。行って見て確認する」
「街に出たらまずいね」
リナが口を引き結ぶ。
「そうならないように急ごう」
俺は速度を上げた。
街外れの森へ入る。
俺は領域を薄く、最大まで広げる。
気配の引っ掛かりが増える。森の中の命の数が、目の裏に浮かぶみたいに見える。
……来た。
領域の端が揺れる。
「右方向にムカデ型の魔獣がいる」
俺が言うと
「おっけー」
リナが駆け出した。
すぐに、鈍い音。
木々の間から、長い影が倒れるのが見えた。
「次、前」
俺は道の先を見る。
街道の方に、別の反応。甲殻の大きい塊。
「マンティスだ」
言い切った瞬間、リナがもう踏み込んでいた。
ザン、と乾いた一閃。
首が落ちる。倒れる音が遅れて来る。
さらにもう一体。
今度はリナが、アカネの方をちらっと見る。
「アカネ、見てて」
「こうやる」
リナは動きを少しだけ大きくして、わざと分かりやすく斬った。
アカネが目を輝かせる。
「すごい……!」
外に出た分は、合計で五体。
それ以上の反応は、領域内にない。
「……これで、外は一旦大丈夫そうだ」
俺が言うと、
リナが息を整えながら頷いた。
「うん。入口行こ」
入口には見張りがいた。
汗で髪が額に張り付いていて、顔色が悪い。
俺が声をかける。
「外に出た分、こちらで倒しました。状況、聞いてもいいですか」
見張りが力なく笑う。
「助かったよ。ありがとう。入口付近で突然発生してな……。
起きないわけじゃないが、Bが数体同時は想定してない」
俺は領域の感覚を確認する。
入口の内側。中からも魔力のざわつきが伝わる。
見張りが続けた。
「中は今、討伐続けてる連中がいる。落ち着いてほしいもんだ」
リナが俺を見る。
「……入る?」
俺は答える前に、アカネを見た。
アカネは入口をじっと見ている。怖がってない。むしろ、真剣だ。
「……浅いところだけ。他にBランクがいたら討伐しておこう」
俺は言った。
中へ入る。
空気が変わる。熱と金属の匂い、岩肌の湿り。
……久しぶりだ。
「道、まだ覚えてる?」
リナが言う。
「もちろん」
俺は短く返す。
以前来た時は、上層の魔獣は少なかった。
今は、それなりにいる。
俺はあえて行き止まりの通路へ進む。
下層に向かう通路は誰かが通りかかりに討伐するだろう。
Cランク魔獣が出る。
煤みたいな色の狼。煤咬みハウンド。
リナが木剣ではなく、短剣を抜く。
「アカネ、見ててね。まず、お手本」
一瞬で仕留めて見せる。
それから、アカネへ視線をやる。
「やってみる?」
リナの声が柔らかい。
「やるー!」
アカネが短めの剣を握る。小さい手だが、握りは意外と安定している。
俺は口を出しかけて止めた。
以前の鍛錬の姿を思い出す。
リナが見ていればいい訓練になるだろう。
この小さい姿の子にそれをやらせるのに躊躇いはある。
だがここで止めても、アカネは納得しない。
リナが付いている。それが条件だ。
煤咬みハウンドが飛びかかる。
アカネは一歩引いて、剣を振る。
最初の一撃は浅い。
アカネの顔がきゅっと歪む。
「足、止めない」
リナが低い声で言う。
「回って。横!」
アカネが言われた通りに動く。
小さいのに、動きが速い。
ハウンドの横腹へ剣先が入って、倒れる。
「……できた!」
アカネの声が跳ねる。
「できたね」
リナが頷く。
俺は思わず笑った。
「……すごいな」
「えへへ」
アカネが鼻を鳴らす。
その後も、数を狩る。
リナがフォローして、アカネが仕留める。
俺は領域で位置を拾って、短く伝える。
「左、二体」
「上、曲がり角」
「奥、天井近い」
一通り巡って、目につく魔獣を片付けた頃には、だいぶ時間が経っていた。
「今日はここまで」
俺が言うと、
リナも汗を拭って頷いた。
「うん。アカネも、疲れてる顔」
「つかれてないっ」
アカネが即否定する。
でも頬が赤い。
紅蓮回廊の外にはギルド運営の買取所がある。
街への輸送分だけ買取金額は安い。けど運ぶ荷物の距離を考えれば妥当だ。
「今日は早起きだったし、帰って寝よう」
俺が言うと、
「さんせーい」
リナが伸びをする。
帰って食事をとる。
アカネは箸を持ったまま、船を漕ぎそうになっていた。
夜。
俺は言われた通り指輪へ同調すると、世界が切り替わる。
草原の中でアオイはまた本を読んでいた。
「よくきたな」
声は落ち着いている。……今日は猫を被ってない。
「またそれ読んでるのか」
「うむ」
アオイはページをめくる。
「中々の見応えがある。いい旅をしてきたな」
アオイは視線を上げずに言う。
「今後もよく動け」
そういうと、ページを閉じた。
「明日はもっと忙しくなるぞ」
俺は眉を寄せる。
「なぁ、それ……毎回予言みたいに言うの、やめろ。何が見えてるんだ」
アオイが本を机に置いて、こちらを見た。
目が、妙に光っている。
「さて……な」
口角が上がる。楽しんでる顔だ。




