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112 素顔


ラツィオの中央地区へ辿り着いた。

石畳の照り返しが目に痛い。いつもよりは人の流れが少ない気がする。


まずはエミルに挨拶に向かう。


バルネス商会の看板が見えた。

扉を開けると、いつも通りの紙とインクの匂い。少しだけ安心する。


「お久しぶりです」

奥からエミルが出てきた。顔を見た瞬間、戻ってきた実感が湧いてきた。


「……ただいま」

俺が言うと、


エミルはふっと息を吐いて、眉を下げた。

「ご無事で何よりです。手紙が届くまでは、エルデンに行ったままどうなったのかと思って

 ……正直、ヒヤヒヤしてましたよ」


「心配かけた。ごめん」

言うと、エミルは首を振った。


「それと、剣。出来たそうです。タイミングを見て、受け取りに行ってあげてください」


「……剣、できたのか」

今はメンタル的に剣を振れないので申し訳なさがある。


エミルの視線が、俺の後ろへ移る。

「ところで……そちらの女の子は?」


アカネが俺の服の端をつまんだ。


「アカネです」

俺は背後を振り返って、小さく笑う。

「成り行きで同行することになりました」


アカネは小さく頭を下げた。

「……アカネです」


エミルは丁寧な笑顔で返す。

「そうですか。よろしく、アカネさん」


俺は本題を切り出した。

「それで、街は大丈夫なのか? 魔獣の話を聞いて、戻ってきたんだ」


エミルの表情が少し硬くなる。

「街としては、警報が出しています。ギルドが高ランクの冒険者を集めている、

 というところまで情報は来ています。が、街に被害が出ているというわけではありません」


「そうか」


でもエミルが知っていることはここまでだ。これ以上は聞けない。


足音がぱたぱたと近づいてきた。


「……あっ! お兄ちゃん!」

ミアが奥から飛び出してきた。目がきらきらしている。


「久しぶり」

俺はしゃがんで、ミアの頭を撫でる。

「元気にしてたか?」


「うんっ!」

ミアは胸を張る。

「魔術の練習もちゃんとしてるよ!」


「それは何よりだ」

俺は素直に嬉しくなる。


ミアも、俺の後ろを覗く。

「……その子、だれ?」


「アカネ。仲良くしてやってくれ」

そう言うと、ミアはぱっと笑った。


「よろしくね、アカネちゃん!」

手を差し出す。


アカネが、すっと俺の背中側に隠れた。



「あ……ごめん、こわかった?」

ミアが慌てて手を引っ込める。


「……だいじょうぶ」

アカネは俺の服を握ったまま、恐る恐る前に出た。

小さな手で、ミアの指先にだけ触れる。


ミアの顔がぱあっと明るくなる。

「握手できた!」


アカネは小さく頷いて、すぐに俺の背に戻った。

それでも、さっきより隠れ方が浅い。


「じゃあ、剣を受け取りに行くか」

俺が立ち上がる。


エミルはすぐに頷いた。

「はい。お気をつけて」




裏道を抜ける。狭い路地を歩く。

店先の匂いが変わって、鉄と油の匂いが濃くなる。


鍛冶屋の扉を開けた。


珍しく親父さんがカウンター周りにいた。

腕を組んで、俺を見た瞬間に鼻で笑う。


「お。坊主、生きてたか」


「はい。無事に生きてます」

俺は素直に頭を下げた。


借りていた剣を差し出す。

「これ、お返しします」


親父さんは受け取ると、鞘から抜いて刀身を見た。

眉がぴくっと動く。


「……なんだ。全然使ってねぇじゃねぇか」


「……色々、ありまして」

言い訳にもならない声が出る。

親父さんは鼻を鳴らした。


「ちょっと待ってろ」

そう言って、奥へ引っ込んだ。


しばらくして戻ってくる。

手に一振り。装飾は最低限。だが、変に飾ってないぶん品がある。


親父さんが顎で示す。

「ほら、これだ」


鞘から抜く。

刀身が青く、すっと光を含んでいる。

派手じゃない。冷たく、澄んだ青だ。


息が止まる。


「……きれいだ」

声が漏れた。


親父さんが満足そうに口角を上げる。

「中々のもんだろ」


「ありがとうございます」

胸がいっぱいで、言葉が薄くなる。


親父さんは顎をさすった。

「そいつに名前、つけてやれ」


「名前……」

俺は刀身を見つめる。青い光が、静かに揺れる。



「……アズール。アズール、で」

そう言うと、


親父さんは短く頷いた。

「ふむ。いいだろう」


俺は恐る恐る聞く。

「……ちなみに金額はどのくらいになりますか?」


「記憶核も使ってる。相場なら金貨百枚だ」

それから一拍置いて、吐き捨てるみたいに言う。

「……金貨七十でいい」


「え……」

思わず顔を上げる。


「助かります。でも……いいんですか?」


「構わん。次に必要になったらまた来い」

親父さんは短く言い切る。



「……ありがとうございます」

喉の奥が熱くなる。

業物だ。素人目でも分かる。ありがたい。



所用を済ませた。

久しぶりに家に帰る。


「冒険者ギルド……今日はいいか」

俺がぽつりと言うと、


リナは肩をすくめた。

「エミルも今すぐどうこうって感じでもなかったしね。今日は帰ろ」


食材を買い込んでから帰宅する。


久しぶりの帰宅だ。庭は最後に見た時より草が生えている。


家の鍵を開けると、滞留していた空気が流れる。


「たっだいまー! 久しぶりだねぇ」

リナが玄関で伸びをする。


「ただいま」

俺も言う。


夕飯の支度をして、三人で食べる。

アカネが目を丸くして、手を止めた。


「……おいしい」

ぽそっと言って、次の瞬間には頬がゆるんでいる。


「よかった」

俺は思わず笑う。


「アカネ、もっと食べな」

リナが嬉しそうに皿を寄せる。


食べ終わってから、明日以降のことを整理する。


「明日はギルドに行って状況を確認しよう」

俺が言う。


「うん」

リナは頷いた。

「手助けできそうなら、動けばいい」


「アカネは……」

俺が言いかけて止まる。


アカネは、リナの隣で眠そうに目をこすっている。

街が落ち着いていないのは確かだ。連れていくのは危ない。

かといってここに1人で置いていくのも不安だ。


「状況見て決めよ」

リナが短く言った。


「……そうだな」

俺も頷くしかなかった。


寝ることにする。

アカネはリナと一緒にベッドへと潜り込んだ。




俺は自室へ入る。

試したいことがあった。


エルデンで覚えた領域の展開。

同調することにより相手の領域内のものを見ることもできた。


ベッドに腰を下ろし、領域を展開する。

小さく、薄く。部屋の輪郭に沿わせる。


その上で、同調を始める。

相手はここにいた時、毎日起きていた不思議な現象。

どこまでも広がる草原の世界に立っていた少女。


アオイ


彼女が精霊だとすれば、同調ができるはずだ。


アオイが記憶核から作り出して、ずっと装着していた指輪これに合わせる。


空気が切り替わった。


草原。

風。


今まで見た領域は現実世界の中に自分の領域を展開しているだけだった。


だがこの空間は広い。

青い空の広さが、部屋の天井とは比べ物にならない。


いずれにしても入ることが出来た。


あたりを伺うと

寝転がって本を読んでいる少女がいた。

見た目は昔のまま。けれど、目だけが妙に落ち着いている。


「久しぶりだな、ユウト」

声が低い。前に聞いたアオイより大人びている。


「久しぶり、アオイ」

俺は慎重に距離を取って座る。

「何読んでるの?」


アオイは本をひらひら振った。

「これはな、ユウトの冒険だ」


「俺の……冒険?」

覗き込むと、文字じゃない。

イメージが直接頭に流れ込む。


森の中。

湿地。

境界。

エルデンへ向かう道。俺自身が歩いている場面。


しかも、俺を俺じゃない角度から見ている。


「……これ、何だ」

言葉が硬くなる。


アオイはにこやかに言う。

「その指輪の記憶だ。そこから、お前が歩んできたものを読み解いておる」


俺は本から目を離し、アオイを見た。


「……アオイ、口調が変わったな」

俺は感じている違和感を指摘する。

「前はこんな感じじゃなかったが」


アオイが驚いた顔で瞬きする。

「ん?」

それから、首を傾げた。

「……あのトカゲから聞いているのではないか?」


「トカゲ?」

俺は眉を寄せる。

「何をだよ」


「ん、んー?」

アオイは曖昧に笑って、次の瞬間体勢を変えた。


「ユウト、おかえりー! さみしかったよぉ!」

声が高くなる。目がきゅるん、とする。


「……無理だろ」

俺は即座に突っ込んだ。


「ちっ」

アオイが舌打ちした。

「……あいつめ」


「あいつって、ドラか?」

俺が言うと、


アオイは平然と頷いた。

「そうだ。あいつとは昔からの知り合いだ。

 戻ってきた時にすぐに気がついたわ」


「……じゃあ、今までのは」

俺は呼吸を整えながら聞く。

「猫被ってた、ってことか?」


アオイは頬を膨らませる。

「失敬な。久しぶりの客人を驚かせぬように庇護欲を誘っただけだ」


「今が一番驚いてるよ」

思わず言うと、アオイはむっとする。


「まぁそれにしてもだ、精霊を二人も連れてくるとは、中々やるではないか」


「それはすごいことなのか?」


アオイは指で草をつまんで、さらさら落とす。

「精霊というのは定住して領域を育てる。その定住の地から離れるというのは相当なことだ。

 その場を離れたのなら、それだけお前たちに縁を感じたのだろう」


「……縁、か」


縁と言われても、まだ実感が追いつかない。



「しばらくはお前の旅の記憶で楽しませてもらう。

 お前は休むといい。明日も朝から忙しくなるからな」


アオイが本をぱたんと閉じるとこちらに目を向ける。


「お前が同調できるようになったのなら、明日からはお前の方からここへ来い」


「分かった」


同調を解く。

草原が遠のいて、自室の空気が戻る。


アオイの今までのイメージとのギャップに驚きを隠せない。


無垢な少女と思っていたが想定外だった。


口ぶりからすると相当の長生きのようだ。


今度会った時に色々と聞いてみよう。





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