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110 ヴァレリア公国


久しぶりに馬車に揺られて走る。


車輪が石を踏むたび、腹の奥まで振動が伝わってくる。

窓から入ってくる風は乾いていて、鼻の奥が少しツンとした。


「わぁ……」

アカネが身を乗り出して、外を覗き込んでいる。

目を丸くして、畑の境目や、遠くの林、

道沿いの小さな祠みたいなものまで一つずつ追いかけていく。


「そんなに珍しいか?」と聞くと、


「うん。ずっと建物の中だったから」

小さな声で言って、また外へ視線を戻した。


精霊の時も馬車に乗る機会はあったと思うが

顕現して肉体を得てから見るとまた違うのだろうか


レステル公国の出立は滞りなかった。

研究院の人たちが、それぞれの顔で送り出してくれた。


テッサは門の前で腕を組んで、短く言った。

「気をつけてね。待ってるよ」


リィザは笑いながら手を振った。

「帰ってきたら土産話ね。面白いの期待してるよ」


グスタフは、いつもの柔らかい顔で頷いた。

「気をつけて。……無事に戻ったら、続きを聞かせて」


エルヴィラは相変わらず眠そうな目で、でも言葉はちゃんとしていた。

「……死ぬなよ。また書庫で話をしよう」


ありがたいことだ。胸の奥が温かくなる。


馬車に乗り込む直前、クロイツが俺の耳元に口を寄せて言葉を発する。


言われた内容を反芻する。


それは真偽不明な内容だった。



少し嫌な気持ちにさせられたが、

長旅でその気分も消えていった。


2日がかりで、レステルの隣の国。ヴァレリア公国へ辿り着いた。


建物の作りが、レステルに似ている。

石の積み方、道幅、門の造り。見慣れた形だ。


「似てるねぇ」

リナが首を伸ばして見回している。


「同じくらいの時期に国ができたって聞いた。だから似てるのかも」

獣人の国から領土を奪って、人間の国を作ったのだ。

時期としては近しい。同じような作りになっているのだろう。


宿を探して宿の扉を開けた瞬間、空気が変わった。


リナが小さく笑う。


「冒険者っぽい人、多いねぇ」


軽装だが鎧を装着しているものや、武器を下げているものもいる。


アカネは俺の服をちょんちょん引っ張った。


「ごはん、たべたい」

真剣な顔だ。


「それ、普段はリナの仕事じゃなかったか?」


リナが肩をすくめる。

「私も大人になったということだよ」

謎のドヤ顔を決めてくる


「……分かった分かった」


俺はアカネに向き直ると頭を撫でた。

「まず宿取って、それからな」


食堂を探すと聞き覚えのない肉を食べる。

何だか分からないが上手い。


世の中には色んなものがあるんだな。


「おいしー」とアカネも満足そうだ。


リナは大人になったと自分で言ったのが影響したるのか

お上品に食べている。

「とても美味しいですわね」


「そうだな。何食べてるか分からないけど」


途中で店員さんに聞くとダンジョンの魔獣の肉だそうだ。


食事を終えると冒険者ギルドへ向かった。


ヴァレリア公国内にはダンジョンがある。


冒険者ギルドも当然存在する。

今回はギルドにてラツィオの話を聞くのが目的だ


受付へ行って、冒険者証を出す。

受付が、形式的に頷いた。


「ご用件は?」


「あの……ラツィオの紅蓮回廊の状況を聞きたいんですが」


「紅蓮回廊……」

受付の女性は紙束をめくり、視線を落としたまま答える。

「現在、立ち入り禁止ですね」


「……それだけですか?」


「はい。こちらに届いているのは、それだけです」


続けて、淡々と別の情報が出る。


「同じラツィオであれば、琥珀迷宮は立ち入り可能です。

 少し前に、Ⅲ級に昇格したと記録があります」


「そうですか。ありがとうございます」


少なくとも、このギルドの窓口には魔獣が入口から出たという話はなかった。


(クロイツ、どこから情報を拾ってきたんだよ……)



受付を離れようとした、その時。


「おいおい、ガキども」

酒臭い声が背中から刺さった。


振り向くと、ガタイのいい男がニヤついていた。顔が赤い。

その後ろに、同じ匂いの仲間が二人が空の酒瓶の置いてあるテーブルに座っている。


「こんなとこで何してんだぁ?」

「やめてやれよ、震えてんじゃねぇか。ギャハハ!」


……前にも似たのがあったな。

マルツェンに絡まれた時の、あの空気。


無視して歩こうとしたら、男が横へ一歩出て進路を塞いだ。


リナが、わざとらしくため息をつく。

「出た出た」


アカネが俺の袖を握る。

ぎゅっと。小さい力なのに、やけに重い。


俺は足を止めた。


大事にする気もないけど面倒だ。

せっかくだから以前味わったものを試してみよう。


俺は狭い範囲で領域を薄く展開する。

目の前の男だけが入るくらい。

その範囲内に、殺気を混ぜて魔力を高濃度で注ぐ。


クロイツに獣人の村でやられたやつだ。


圧力を目の前の男に浴びせる。


男の表情が変わり、息が止まる。


「……やりますか?」


声を低く落として睨む。


男の喉が、ごくりと鳴ったのが見えた。

目が泳ぐ。


「い、いや……悪かった」

男は一歩引き、仲間のいるテーブルへと戻ると

崩れ落ちるように椅子に座り込んだ。


それを見て領域を閉じると。息を吐く。


「……ふぅ」


リナが横から肘でつついてくる。


「ユウトこっわーい」


「茶化すな」

俺は肩を落とした。


アカネが小さく覗き込んでくる。


「こわかった?」

俺が聞くと、


「ううん。だいじょうぶ」

そう言って、俺の手を握り直した。

そのまま少しだけ、強く。




翌日、また馬車に揺られる。


今度はアカネが露骨にむくれていた。

窓の外じゃなく、俺を見ている。


「まだかかるの?」


「かかる」

俺は正直に言う。

「この後、二日くらいでノルビアの王都」

「そこから、さらに南だ」


アカネは口を尖らせた。


「ひま」


「……ごめんな」

俺は頭を撫でる。

「我慢できるか?」


「できる」

きっぱり言う。偉い。


リナが欠伸混じりに言った。


「確かに暇だよねぇ。魔獣の一匹でも出ないもんかねぇ」


「縁起でもないこと言うな」

俺は即座に返す。


「何もないのが一番だ」


「はいはい」

リナは笑った。



その後、二日かけて王都ノルビアへ辿り着いた。


馬車を降りると、人の匂いと石の匂いが濃い。

行き交う人の数が、ヴァレリアの時よりも多い。


リナが大げさに伸びをした。


「疲れたねぇ」


「……疲れたな」


王都には、あまりいい思い出がない。

教会で魔石の盗難があって、あの事件の絡みで二人が死んだ。


(あれから、どうなったんだろうな……)


でも、教会へ寄る気にはならなかった。

足が勝手に遠ざける。


「ねぇ、宿どうする?」

リナが現実に引き戻してくる。


「前はエミルに取ってもらってたけど、結構高そうだよな。


「じゃあ、安いとこ探そ」

リナが即答する。


アカネが俺の手を引っ張る。


「やすいとこさがそ」


真似っこしているようだ。


それからアカネは真面目な顔をするとつぶやいた。


「おなかへる」


リナが笑いながら、アカネの頬をつつく。


「はいはい。まず宿をとってからご飯食べに行こうね。何があるかなー」


俺は小さく息を吐いて、王都の雑踏へ踏み出した。

嫌な記憶は残っている。

でも今は、それより先にやることがある。


まずは、寝床を確保だ。



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