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11 訓練

 若干重い体に鞭を入れながらも、いつもの森の中を走り出した。

 それでも、止まるわけにはいかない。片手にはセラから預かったカゴ。

 中身をぶちまけたらシャレにならないので、足首から膝・腰・肩と全身で衝撃を殺すように走る。

 そんな良く分からないことを考えながら、山道を駆け上がっていく。


 ある地点まで来たところで、自然と足が止まった。

 一昨日、やり合った場所だ。

 木々の間に、不自然に土が抉れているところがある。

 枝が折られ、下草が踏み潰され、血の色だけが土の焦げ茶に滲み込んでいた。


 死体はどこにもない。

 セラが片付けたのだろうか。

 地面に残った血痕を見ると鮮明にあの時がよみがえった。


 喉を斬ったときの、嫌な手応え。

 太ももにナイフが刺さった瞬間の、焼けるような痛み。


(……もう少し、上手く出来たんだろうか)

 頭の中で動きを巻き戻し、別パターンをシミュレーションしてみる。


 最初の一手で足を狙えばどうだったか。

 逃げる方向を変えていれば、ナイフを避けられたか。


 顎ひげを狙うタイミングが、どこかであったんじゃないか。

 考えれば考えるほど、「あそこで死んでいてもおかしくなかった」に行き着く。

 正解は分からない。


 ただ、結果として「今ここに立っている」という一点だけが事実だ。

 しばらく立ち尽くしたあと、頭を振って、また走り出した。


 少し進むと、木々がぱっと開けて、視界が広がる。

(ここで見つかったんだよな)

 小さな広場のようなその場所は、子どもが遊ぶにはちょうど良さそうな平らな地面だった。

 俺はそこで休んでいて、あいつらに見つかった。

 あのとき、三人がここに残っていたはずだ。


 今は、何も残っていない。

 ここで戦闘したのだろうか、なんの痕跡も残っていない。

(どんなふうに戦ったんだろうな、セラ……)


 顎ひげたちとセラの戦いを、俺は見ていない。

 気づいたときには森の家のベッドだった。


 本当に、どうやってあの5人を片づけたのか。

 どこで、誰から先に落としたのか。

 聞いておけばよかったな

 そう心の端で思いながら、足を前へ出す。

 走っているうちに、木々の向こうに、ローヴェン村の屋根が見えてきた。


 村の入口を抜けると、いつもの匂いと音が迎えてくれる。

 干された洗濯物が風に揺れ、子どもたちの声が遠くから聞こえる。


 煙突からは白い煙。

 俺は真っ先に、村で唯一の雑貨屋へ向かった。

 扉を開けると、カランカランと鈴が鳴る。


「マルダさん、セラさんとこの荷物、持ってきました」

「あら、ユウトじゃないの。大変だったねぇ」

 カウンターの向こうから顔を出したマルダおばちゃんが、あっさりそう言った。


(情報早いな)

 村社会だから情報が早いのは知っていたが、さすがに苦笑する。


「……もう知れ渡ってる感じですか」

「当たり前でしょ。山賊騒ぎなんて、話が回らない方がおかしいわよ。

 森の魔女が暴れたって噂も一緒にね」


「暴れた、ねぇ……」

 的を射すぎて反論しづらい。

 木箱の中身の傷薬や魔石を一緒に確認しながら、少し世間話をしてから店を出た。

 次の目的地は、もちろんブラムさんの稽古場だ。



 村の外れ、草地がひらけた場所に出ると、すでに二つの人影があった。


「おう、生きてたか」

 腕を組んで立っていたブラムさんが、いつも通りの無愛想な顔で軽く声をかけてくる。

「簡単に死んだら、セラさんに怒られますからね」


「それは確かに怖いな」

 心底同意するように頷くな。


「大丈夫だった?」

 少し遅れて、リナが駆け寄ってきた。

 いつもの元気さはあるが、目の奥に心配の色が残っている。


「まあ……死にかけたけど、生きてるって感じ」

「笑い事じゃないからね、それ」

 苦笑いで返しつつ、二人に山賊との戦闘の経緯を話す。


 広場で見つかったこと。

 逃げて、追われて、一人を斬ったこと。

 ナイフを投げられて、太ももを刺されたこと。

 セラが現れて、全部片づけたこと。


 話し終えると、ブラムさんが少しだけ眉をひそめた。

「……悪かったな」


「?」

「複数相手の訓練ができてなくて、だ。

 本来なら、ああいう場面を想定して鍛えておくべきだった」


「え?」

 そう言ってから、口の端だけで笑う。

「だから今日からは、俺とリナの二人がかりでいく」


「……え?」

 思わず一歩下がる。

「冗談だと思うか?」

 返事をする間もなく肩を掴まれて、連行される


 草地の中央に立たされ、木剣を渡される。


 ブラムさんとリナが、ゆっくりと俺の周りを回り込んでいく。

 二人の位置は、正面にリナと背後にブラムさんだ。

 一人と向き合えば、もう一人は自然と背後に回り込む。

 体の向きを変えながら、二人が視界に収まるように意識する


 俺が片方を意識すれば、もう片方が死角からじわじわと距離を詰める。

(さすがにこれは無理過ぎるんだが)


「構えろ」

 ブラムさんの短い声に、正眼に木剣を構える。


 視線だけで二人を追おうとするが、すぐに限界が来た。

 どちらか一方を見れば、もう片方が視界から消える。


(真正面からやってたら、すぐ背中を取られるな……)


「来ないなら、行くぞ」

 背後からブラムさんの声が聞こえるが、先に動いたのは正面にいるリナだった。

「いくよ、ユウト!」

 軽い足取りで距離を詰めてくる。

 その動きに意識を持っていかれた瞬間、片口に鈍い痛みが走る。

 

「っつ……!?」

 

 慌てて振り返ると、足元に石が転がった。


「いつ投げたんですか今!?」


「さぁな」


 ブラムさんが無表情で答える。

 右手には、いつの間に拾ったのか、また別の石がつままれていた。


「ナイフ代わりだ。殺すつもりはないから、遠慮なく当ててやる」

「遠慮してほしい方がここにいるんですけど!?」


 そんなやりとりをしている隙に、リナが一歩踏み込んでくる。

 木剣が横から飛んできた。

 辛うじて受け止める。


 腕に伝わる衝撃は、まだ昨日の痛みの名残を思い出させる。

「前ばっか見ない!」

「後ろばっか見てたら前で死ぬでしょ!?」

 叫び返しながら、正面と背後の気配を同時に追う。


 そこからは、ひたすら地獄の時間だった。

 リナが斬り込んでくる。

 受ける。捌く。下がる。


 その一連の動きの途中で、ブラムさんの投げた石が飛んでくる。

 肩、背中、脇腹。


 不意打ち気味に当たってきて、地味に痛い。


(ナイフだったら即座に戦闘不能になってる……!)


 一度、思い切ってブラムさん側に飛び込もうとした瞬間、今度はリナが背後を取っていた。

 足の運びと間合いの読みが、完全に連携している。


 俺が振り向くタイミングを、まるで見透かしているようだ。


「二人相手の時は、狭い路地や、壁などを使って背中の視覚を減らせ」

 打ち合いの隙間に、ブラムさんの声が飛んでくる。

(この広場にそんなものないんだが!)

 声に出せない抗議を心の中でぶちまける


「あるいは気配で切れ、目隠しでもいいぞ」

「それ、普通に難易度バグってません!?」

 思わず突っ込む


「戦場が普通なわけないだろう!やれ!」

 謎理論で殴られた。


 リナの木剣が、胴を狙って迫る。

 剣で受け流しつつ、同時に石が飛んでくる方向だけは勘で読む。

 勘が当たれば、ガードの位置をわずかにずらすことで石を避けられる。


 勘が外れれば、確実にダメージを負う。


 それでも、最初の頃よりは「どこから来そうか」が少しだけ分かるようになってきた。


(俯瞰で見る、俯瞰で――)

 自分の位置。リナの位置。ブラムさんの位置。

 三つの点を頭の中に置いて、線でつなぐ。


 この距離なら、リナは斬れる。

 ブラムさんは投げられる。


 逆に、この位置なら、ブラムさんはまだ投げないはず。

 その仮定に、体を合わせていく。

「さっきよりはマシだ」


 ブラムさんのそんな声が、かろうじて聞こえたころには

 俺の体力は、とっくに底を突いていた。


 訓練が終わるころには、立っているのもやっとだった。

 腕は棒のようだし、足はガクガクする。

 体のあちこちに、石と木剣による新しいあざが増えているのが分かる。

 完全にセラの回復魔法を前提とした訓練だ


 一人でも敵わないのに、二人相手にどうにかなるわけがない。

 分かってはいたが、実際にやると絶望感がすごい。

 それでも

(一昨日の山賊の時よりは、見えてた気がするな)


 実戦の経験を積んだせいか、少しだけ俯瞰で自分を見られたような気がした。

 背中に気配を感じながら、正面の攻撃にもなんとか反応できていた。

 倒れ込むようにして草地に腰を下ろしたところで、リナが水を持ってきてくれた。


「はい、おつかれ」

「……死ぬ……」

「死なない程度にしかやってないって」

「ブラムさん基準の“死なない程度”は信用ならないんだよなぁ……」

 そんなやりとりをしながら、しばらく休憩したあと、三人で簡単な食事を取ることになった。


 今日の昼は、村のパンと、マルダさんの店で買った干し肉入りのスープだ。

 稽古場の端に据えた小さな鍋から湯気が立ち上っている。

 パンをちぎりながら、ブラムさんが口を開いた。


「セラから聞いたが、山賊の連中、そこそこやれたそうだな」

「そこそこで死にかけたんですけど」

「冒険者のランクで言うと、D程度だろう」


「……え、そんなもんなんですか?」

 思わずスプーンを止める。

 別に全員が強かったわけではない


 それでも顎ひげなんて、ナイフを投げてくるタイミングも含めて、それなりに場慣れしていた。


「冒険者のランクは、S・A・B・C・D・E・F まである」

 ブラムさんは指を一本ずつ折りながら説明する。


「Fはお試し登録だ。通常、一ヶ月も真面目に依頼をこなせば、すぐEになる。

 Dランクになると、普通に生活できるくらいの依頼は継続して受けられる」


「さっきの山賊は、その生活できるくらいの強さってことですか」

「まあな。とはいえDランクの強さは、一般成人が数人がかりで戦っても、まず勝てないレベルだ」


 言われてみれば、あの顎ひげも「化け物」ではなかった気がする。

 危険ではあったけど、セラやブラムさんとと比べれば雲泥の差だ。


「Cランク以上になると、ソロでのダンジョン攻略が許可される」

「ソロで……」

「もちろん、全員がやる必要はない。パーティを組んで潜る連中も多い。

 だが、一人でダンジョンに入っていいと言われる程度には、総合的に信頼されているランクだ」

 俺が(顎ひげは相当強い)と一瞬でも思ったことを思い出して、妙にガックリしてくる。


(あれでD……じゃあCとかBはどんだけなんだよ)

「山賊にC以上がいないのは、理由がある」

 ブラムさんがスープをすすりながら続ける。


「まず、まともに頭が回るCランク以上なら、ダンジョン攻略でそれなりに稼げる。

 危険はあるが、ギルドの後ろ盾があるぶん、まだマシだ」


「山賊稼業は、割に合わないってことですか」

「護衛のない商隊は、そもそも金目のものが少ない。

 逆に、金目のものをたんまり積んでいる商隊には、通常Cランク以上の護衛が付いている」


 つまり、「おいしい獲物」はきっちり守られていて、「守りの薄い獲物」はそもそもおいしくない。

「それに、山賊としての強さが目立ってくれば、すぐに騎士やBランク以上の冒険者に狙われる。

 山賊の“ボス”なんてものは、長くやればやるほど死に近づくだけだ」


「……割に合わないですね、本当に」

「だから、C以上は山賊でいる理由がない。

 たまに元Cランクの落ちぶれみたいなのはいるが、長くは続かん」

 ブラムさんの説明は、やけに現実的だった。


(つまり、俺が死にかけたのは、それでもまだ底辺寄りの相手なんだよな……)

 そう考えると、情けなさと同時に、変なやる気も湧いてくる。


(剣術も、魔術も。もっと鍛えなきゃな)

 パンを噛みながら、心の中でそう呟く。


 昨日までの俺は、「魔術が出せないおっさん少年」だった。

 今日はようやく、小さな水玉と小さな火を出せるようになった。

 山賊を一人、斬ってしまった。

 死にかけて、泣きそうになって、それでもここまで来た。


 せめて目の前のものくらいは守れるようになりたい

 Dランク山賊に、命を握られる程度じゃ話にならない。

 

 使えるものは全部、使い物になるレベルまで持っていくしかない。

 スープを飲み干しながら、そう強く思った。

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