108 グスタフ
数日に一度。
アカネとドラは魔力を求めてきた。
「ユウトー!」
アカネが勢いよく腕に絡みつく。
「……どうした」
「魔力ちょうだい」
アカネは頬を寄せてくる。甘える声だが、目は真剣だ。
「分かった、ちょっと待ってろ」
俺は息を吐いて、領域を薄く纏わせる。
すると、部屋の隅から低い声が割り込んだ。
(坊主。俺にも寄こせ)
ドラだ。今は姿が見えない。
こちらが同調しなくても、たまに語りかけてきたりする。
「またか。これって必要なのか?」
(無くても構わん。だがあって困ることもない)
(この世界への影響力も変わるからな)
「魔石でもいいのか?」
(石でもいい。大きめな物ならより良いだろう)
擦り合わせてみるとS3規格の魔石が数個必要ということだった。
幸い余力があるし訓練にもなるので魔力を送る
ドラの声は低く喉を鳴らしたが、それ以上は言わなくなる。
翌日、研究院の入口。
ロビーに入った瞬間、見慣れた眼鏡の女性が見えた。
カティアさんだ。副院長。いつもは背筋が真っ直ぐで、表情も鋭い。
……のに。
「カティアさーん!」
アカネが俺の手を振りほどいて、全力で走った。
「あっ、アカ――!」
止める間もなく、アカネはカティアさんに抱きつく。
「まぁ……!」
カティアさんの顔が、信じられないほど柔らかくなる。
「今日もあかねちゃんは可愛いわねぇ……!」
両手で頬を包むように撫でている。
普段のキリッとした顔からは想像もできない。
「……すみません、急に」
俺が頭を下げると、カティアさんは我に返ったように咳払いをした。
「い、いえ……いいんですよ、可愛いものは可愛いので……」
言い訳みたいに言って、しかし手は止まっていない。
アカネが得意げに胸を張る。
「カティアさん、あめくれるの!」
「きのうもくれた!」
「……餌付けしてるんですか」
「ち、違います」
カティアさんは目を逸らす。
「たまたま……手元にあっただけです」
そこへ、リナがロビーを横切った。
「エルヴィラ発見!」
大声で呼びながら、工房の方へ走っていく。
アカネも振り返る。
「あっ、おふろ!」
「うん。今日もみんなで一緒に入るよ」
リナはにっこり笑う。
この国ではお風呂が一般家庭にも時々あるそうだ。
さすが魔道具開発の最先端を走る国だ。
少し遅れて、エルヴィラが姿を見せた。顔が引きつっている。
「……い、いま忙し……」
「はいはい。忙しいのは知ってる」
リナは有無を言わせない声で言う。
「でも、お風呂は入るよー」
エルヴィラは抵抗しない。
最近はもう、諦めて素直に向かっている。完全に習慣だ。
「アカネも一緒に行こっか」
リナが手招きすると、アカネが嬉しそうに跳ねた。
「いく!」
「カティアさん、またね!」
「ええ、またね……!」
カティアさんは名残惜しそうに手を振っている。
……ロビーで何を見せられてるんだ、俺は。
その様子を眺めていると、背中を指で突かれた。
「おい、ユウト。見ろ、これを」
リィザ・グレンだ。
言い方がいつも命令形で、話し始めると止まらない。
工房へと無理やり連れていかれると、
彼女は布袋から、複数の魔石を机に並べた。
色も大きさも違う。刻印の種類もバラバラだ。
「これを見てみろ魔石を、別の魔石で制御することに成功した」
「……制御?」
「そうだ」
リィザの目が輝く。
「これは革命だぞ」
断言が重い。
この人は、できたことしか言わないタイプだ。
「最終的に動作させたい魔石を、別の魔石で細かく操作する。
人間の手を介さず、タイミングも維持も全部だ」
俺は正直に言った。
「……ほう? 何ができるんです?
すみません、まだピンと来てなくて」
「そこからか!」
リィザは笑い、そして一気に早口になった。
「先日の回転運動の話、覚えてるな。運動の基点として魔術を使う発想は誰でもできる
だが、埋め込んだ魔石を適切なタイミングでずっと起動し続けるのは人間には無理だ」
「確かに……」
「そこで起動石だ」
リィザは一つの魔石を指で弾く。
「ここに、魔石を起動させ続ける術式を刻む。
最初にこれを起動させれば、後は人間が張り付かなくても維持できる」
「……常に作動させられるんですね?」
「そうだ」
リィザは満足そうに頷く。
「さらに言うと、これを複数組み合わせると」
リィザの口角が上がる。
「こっちの方が回転機構よりも大きな変革を与える未来が見える。クックックッ……」
楽しそうに流れるように話す、聞き手の逃げ道がない。
「とりあえず、こっちの方は制御刻印を入れて調整したらひと段落だ」
後は工房に投げて量産。ここからの派生技術は、この世界を変えるぞ」
「……そうなんですね」
俺の返事は薄かった。
何が出来るのかが頭の中で考えてしまう。
転生前の記憶では、回転が生み出す力は移動手段だけではない。
動力と制御が揃った時、色んなものが連鎖して変わる。
それを、この人は見ているのかもしれない。
天才すぎるだろ。
そこへ、グスタフが中庭側から駆けてきた。
「おーい、ユウト君!この間のアイディア、助かったよ!」
「え、いえ……特には何もしてないですが」
本当に何もしていない。勝手に話して勝手に立ち去っていった。
「それでも助かった」
グスタフは本気の顔で言う。
「今度お礼にご飯でも奢らせてくれ」
「ありがとうございます」
すると、リィザが割り込んだ。
「ほう。では私も行くことにしよう。今から行くぞ」
「ええっ」
思わず声が出た。
「さっき食べたばかりなんですけど」
「じゃあ酒場だ」
リィザは即決する。
「ユウトはオレンジジュースでも飲んでろ」
「さあ行こう」
有無を言わせない勢いで、腕を掴まれた。
「ちょ、ちょっと!」
グスタフが苦笑いしながら肩を叩く。
「まぁ……今日は僕が奢るからさ、付き合ってよ」
……断れる雰囲気じゃない。
夕方。酒場はすでに騒がしかった。
リィザとグスタフはエール。
俺はオレンジジュースを頼む。
「かんぱーい!」
グスタフの声に合わせて、杯を軽く当てた。
「いやー、ユウト君が来てから助かってるよ」
グスタフが笑う。
「最近、工房の空気がだいぶ良くなったし、研究も進んでる」
「それはユウトじゃなくてリナの功績じゃない?」
リィザが即座に突っ込む。
「エルヴィラを風呂に沈めてるの、あいつだろ」
リィザは肩を揺らして笑った。
「グスタフの研究も進んだか。だが、こっちの研究はすごいぞ。
世界がひっくり返るほどだ」
「そんなにかい?」
グスタフは楽しそうに眉を上げる。
俺は、前から気になっていたことを聞いた。
「リィザさんって、クロイツ院長にスカウトされたんですよね?」
「そうだね」
リィザはエールを一口飲む。
「昔、魔道具の偽物を作ってたら捕まってしまってね。
牢獄にいるところをスカウトされた」
「……えっ」
一瞬、俺の頭が真っ白になる。
この人、平然と危ないことを言う。
俺が何も言えずにいると、リィザはニヤッとする。
「大変なんだぞ、普通に魔石に刻印するだけでも。
それを作るとなると、まあ面白い」
グスタフが穏やかな声で続けた。
「リィザはね、ただの偽物作りじゃない。
偽装された術式を読み解いて、刻印そのものを改変してた」
リィザは、肩をすくめる。
「そんなに大層なもんじゃないよ。家に本がある環境だっただけ。
古代語の習得には時間がかかったけど、読めるようになったら楽しくてね。
……で、気づいたら捕まってた」
笑って言う内容じゃないのに、本人が笑うから怖い。
「重罪なんだけどね」
リィザはグラスを見下ろす。
「でも、ここで働くことと引き換えに、クロイツがなんとかしてくれた」
「……そうなんですね」
グスタフが自分のグラスを回しながら言う。
「それに引き換え、僕は凡才だからね。自分から応募してる。
二回落とされて、やっと入れたんだ。」
「二回……」
「やっと所属できたけど、ここほど設備が整ってる場所はない」
グスタフは嬉しそうに言う。
「最高の環境だよ。さらにいいのは天才たちと交流すると刺激がすごい。やる気が湧く。
僕はユウトと同じラツィオの出身でね。あそこじゃここまでの研究は出来なかったよ」
グスタフの出身地を聞くと一つ思い出す。
「そういえば、ラツィオの冒険者ギルドのギルド長がグスタフって名前でした」
「ん、そうそう、兄弟なんだ。僕はナダ・グスタフ。兄はハロルド・グスタフ。
体型が違うから分かりづらいよね」
ギルド長はかなりがっしりとした筋肉質だ。
目の前のグスタフは、かなりのぽっちゃりで、顔の輪郭も違う。
俺は気の利いたことも言えず、黙ってしまう。
リィザがふっと鼻で笑った。
「世界って狭いもんだよな。びっくりする」
グスタフが俺を見る。
「びっくりと言えば、ユウト君もそうだろ。
精霊魔法を、この年齢でそこまで扱ってる」
「使える人、他にいないんですか?」
「クロイツ院長かな。あまり詳しくは知らないが」
俺は眉をひそめる。
「でも、研究は進んでないんですよね」
「うん」
グスタフは苦笑いする。
「まぁいつも忙しそうだからね」
リィザが顎で俺を指す。
「で、ユウトはどこで覚えた?」
「エルデンで、教わりました」
「やっぱりエルフか」
グスタフが頷く。
リィザが面白がるように聞いてくる。
「なんでエルフは精霊魔法を使えるんだと思う?」
「うーん、そうですね。多分ですが、長命種なのが要因でしょうか」
「というと?」
グスタフが続きを促す。
「まず精霊魔法の習得の初歩として、魔力の感覚を掴むのに数年かかることが多いです。
感覚を掴んでからも、覚えることは多いです。
人間の寿命だと、結果が出るか分からない訓練を続けるのは難しいのではないかと」
「確かに」
グスタフはゆっくり頷いた。
そこで、リィザがニヤニヤしながら身を乗り出す。
「で、リナちゃんとはどうなのさ」
「えっ」
喉が詰まった。
グスタフがすぐに睨む。
「やめなさい、リィザ。このくらいの年齢には繊細な話題だ」
「えー? でも気になるじゃん」
グスタフの目がさらに鋭くなる。
「……わーかったよ」
リィザは手を上げて降参した。
「ごめんごめん」
俺は助かった気がして、息を吐いた。
「さすが結婚してる男は気が使えますねぇ」
リィザがからかう。
「え、グスタフさん結婚してるんですか?」
「まぁね」
グスタフは少し照れたように笑う。
「子どもも二人いるよ。ここは給金も悪くないし、生活は助かってる」
「研究員ってモテるんだよ」
グスタフが冗談っぽく言うと、リィザが鼻で笑った。
「リィザさんは?」
俺が聞くと、本人が答えるより早く、グスタフが答えた。
「うちの才女は研究ばっかりでね。
男に時間を使う暇があれば研究してる」
「確かにねぇ」
リィザはエールの残りを眺めて言う。
「ネジが飛んでないと、ここに来る女なんていないし」
そして、ちらっと俺を見る。
「でもぉ……ユウトなら、顔もいいし、いいかなぁって思ってるけどぉ」
「おい」
グスタフが即座に遮る。
「はいはい、こうなったらもう終わりだよ。
今日は解散するぞ」
リィザは肩をすくめて笑っただけだった。
酒場を出る時、グスタフが俺に頭を下げた。
「ユウト君、今日は付き合ってくれてありがとう。
先に帰ってて。僕はリィザを寮まで送るから」
「分かりました、ごちそうさまでした」
そこで別れた。
歩きながら、思った。
馴染んできた。
それが嬉しいのか、怖いのかは、まだ言葉にできない。
でも。
悪くない。
少なくとも、今の俺の呼吸は、ちゃんと深い。




