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107 リィザ


書庫の棚から顔を上げると、背後に気配があった。

紙とインクの匂いに混じって、薬品みたいな匂いがする。


壁にもたれて立っていたのは、エルヴィラだった。


「……ユウト。まだいるの?」


「はい。気になる本がありすぎです」


エルヴィラは小さく肩をすくめた。


俺は、気になっていたことを口にした。


「エルヴィラさんはどうしてここで研究をしてるんですか?」


「んー……」

エルヴィラは視線だけ上に泳がせて、少し考える素振りをした。


「子どもの頃から、魔道具が好きだったんだよねぇ。魔石ひとつで色んなことが起きるでしょ。

 光ったり、温まったり、動いたり。刻印も、見てて飽きないくらい綺麗でさ」


語り出した瞬間、声の温度が上がる。

この人、話す時だけ生き生きするんだよな。


「見てるうちに自分で作りたいって思ってさ。

 それでここに来たんだよ。単純な理由なんだ」


「なるほど……」


エルヴィラは、そこで一拍置いて、口を尖らせる。


「でもさ来たら来たで、覚えること多いし、配列、どうしたら無駄なく置けるか考えてたら

 すごく大変なんだけど……楽しくてさ。時間がどれだけあっても足りないよ」


俺は、すかさず突っ込んだ。

「だからって、お風呂に入らない理由にはならないです」


エルヴィラの目が細くなる。


「だって、時間が……」


「時間は作ってください」


「……うるさい」

そう言いながらも、エルヴィラは目を逸らした。


俺は話を戻す。


「今は、何の研究をしてるんですか?」


エルヴィラの口元が、にやっと上がった。


「今の? 今のはね、できたらすっごいよ!

 高強度の魔力光を刃みたいにして、ぶった斬るんだ」


「……光で、切る?」


「うん」

エルヴィラは図面筒を軽く叩く。

「私の狙いは、魔獣の硬い外皮を裂くこと。

 実物で試せる機会はないけど、材料試験はしてる」


俺の背中に、ぞわっと寒気が走った。

Aランク魔獣を思い出してしまったからだ。


「それ……Aランクの魔獣にも通るんですか?」


エルヴィラは首を横に振った。


「いやー、まだそこまで達して無いんだよねぇ、収束が鍵だと思うんだけど

 刻印の配列を見直してるんだけどねぇ」


俺は息を吐く。


「それができたら……世界、変わりますね」


「変わるかどうかは知らないけど」

エルヴィラは肩をすくめた。

「少なくとも、私は嬉しい」


その言い方が、妙にエルヴィラらしくて、少し笑ってしまった。


「ただ出来たとしても危険すぎて公開できないかもしれない。

 それでも別の技術に応用できる可能性は高い」


俺は、言葉の重さを噛みしめる。


「じゃあ……他にも強い魔道具って、あるんですか?」


「あるよ。Aランク魔獣でも一撃で殺せる様なものは」

エルヴィラは眉間にしわを寄せる。

「ただ、燃費が悪くてね。S4とかS5規格の魔石を消費する。

 もし魔石の数が十分にあれば、人間の国を攻め落とすには十分な戦力だよ。

 まぁ、それがこれだけ技術があるのに、この小国でも攻め入られない理由だろうね」


「……戦争」


喉が乾く。

教会で盗まれたS5魔石の話が、頭の奥でちらつく。


「攻めいられることもあるんでしょうか?」

エルヴィラは、はっきりと首を振った。


「人間の国家なら敵はいないだろうね。ただ多種族の戦力は分からない。

 獣人との戦争でさえ最後は100年前だ。それだけあれば何が起きても不思議じゃない。

 案外攻めてこまれたら来年には人間の国家は滅ぼされてるかもしれないよ」


「そうですよね……」


「脅かしてごめんね」

エルヴィラは一瞬だけ申し訳なさそうに言って、すぐにいつもの顔に戻る。

「結局、私は好きなことやってるだけなんだ」


その言葉に、嘘はなかった。




書庫を離れて中庭に出る。

風が抜けて、頭が少し冷えた。


俺は領域を薄く展開する。

それから、ここに漂う魔力へ馴染ませるように意識する。


獣人の村で、クロイツがやっていたやり方だ。

空気に溶け込ませて、気づかれにくくする。


……が。


「っ……」


うまくいかない。

中庭の魔力が、乱れている。


この研究院は、あちこちの部屋で魔術実験が行われている。

魔力の流れが、川じゃなくて渦みたいになっている。一定じゃない。


「難しい……」


口に出した瞬間、後ろから声がした。


「熱心だね、ユウト君」


グスタフだった。白衣の袖をまくっている。

普段の穏やかな顔のまま、俺の領域を眺める。


「順調かい?」


「少しずつ、形にはなってきてます」

俺は正直に言う。

「でも、これを文章に残すのが難しくて……」


「うん」

グスタフは頷く。

「感覚による部分が大きいんだろうね。

 それが、精霊魔法の発展を難しくしてるのかもしれないな」


俺の言いたいことをうまく表現してくれる。

感覚でしかなくて、数字にも形にも残せない。


「グスタフさんの研究は?」


「僕のは地味だよ」

グスタフは苦笑した。

「魔力の効率化。魔道具の消費量を減らすこと。

 ほんの少しでも改善できれば、都市全体では大きな差になるからね」


「……大事ですね」


「君が今やってるのは何だい?」

グスタフが聞く。


「同調という技術です。精霊魔法を使うには、精霊の魔力に自分の魔力を合わせる。

 それを同調というそうです。ですがまだ精度が甘いので、訓練中です」


「同調……」

グスタフが、そこで止まった。


「同調……同調……」

目が、どこか遠くを見るみたいに泳ぐ。


「……ああ、なるほど」


「え?」


「ごめん、ごめん」

グスタフは、口の端だけ上げて、しかし視線は定まらない。

「ちょっと行ってくる」


「え、あっ……」


止める間もなく、グスタフはぶつぶつ呟きながら歩き去っていった。

背中から、熱が漏れているみたいだった。


(……ここの人って、こういうところあるよな)



中庭の入口を出たところで、工房から声が飛んできた。


「おい、ユウト! こっち来い!」


呼んだのは、リィザ・グレンだった。

クロイツにスカウトされた研究員だ。


俺が入ると、リィザは机の上の木と金属の塊を指で叩いた。


「これを、見てみろ」


「なんですか、それ」


「お前が前に言ってたやつだ。上下運動を回転運動に変える装置」


「あ……」


十日くらい前、俺は馬車を改善したいという話をされて、前世のあやふやな記憶を喋った。

ピストン運動を回転運動に変える。正直細かい構造は分からない。

でもこういう変換があるってだけは覚えていた。


それを、10日で形にしたのか。


俺は思わず、机に顔を近づける。


「……もう、動くんですか?」


「動く」

リィザは短く答えて、手元の柄を押し引きした。

ガタン、と部品が噛み合い、軸が回った。


俺の胸が、じんと熱くなる。


「すご……」

声が裏返りそうになるのを必死で押さえる。

「十日で、ここまで……」


リィザは鼻で笑った。


「他の国の奴と話すと刺激になる。落ち着いたらまた話せ」

そこまで話すと机の図面に目を通し始めた。


「……はい。ぜひ」


机の下に布団が転がっている。

リィザは、ここで寝てるらしい。


「……休んでくださいね」


「余計なお世話だ」

ぶっきらぼうなのに、目は図面から離れない。


俺は、妙に嬉しくなってしまった。

転生してきても、知識が曖昧で何もできないと思っていた。

それでも、ここなら知識の欠片が役に立つ。



寮へ戻る前に鍛錬場へ2人を迎えにいく。


リナとアカネが、型稽古を続けていた。

素振りの音が一定で、迷いが少ない。


「アカネ、上手くなったね」


声をかけると、アカネが反射でこちらを見た。

駆け寄りかけて、リナの声が飛んだ。


「まだ途中だよっ」


厳しい。でも、怒ってる感じじゃない。真剣だ。


アカネは「……うん!」と短く返事して、素振りに戻った。集中している。


俺は、隣に立った。


「俺も、ちょっとやろうかな」


木剣を借りて、同じように素振りをする。

相手がいない。戦うと決めていない。だから、呼吸は乱れない。


肩が温まっていく。

本ばかり読んでいた体が、ようやく起きてくる感じがした。


しばらくして、リナが俺を横目で見た。


「……いいじゃん。ちゃんと振れてる」


「相手がいないからな」


リナは、ふっと笑った。

その笑い方が、最近ちょっと柔らかい。


アカネが素振りを終えて、胸を張る。


「できた!えらい?」


「えらいえらい」

リナが即答して、アカネの頭を軽く撫でた。

アカネは嬉しそうに目を細める。


……この二人、もう姉妹みたいだ。



寮へ戻りながら、リナが言った。


「ねぇ、なんか食べて帰ろ」


「そうだな。何がいい?」


リナは即答だった。


「お肉っ!」


アカネも負けない。


「おにく!あと、あまいの!」


「欲張りだな」


「だって、がんばった!」


確かに。

今日のアカネは、途中で駆け寄りたくなるのを我慢して、最後までやり切った。


俺は頷く。


「じゃあ、肉を食べるか。甘いのは、あとでな」


「やったぁ!」


ドラは、俺の肩のあたりで気配だけ動かした。

同調しなくても、機嫌の良さがなんとなく伝わる。


三人で食事をするのも、もう馴染んでいる。

精霊のドラは食事を取ることはない。

でも、顕現したアカネは、食事を必要としていた。


アカネは口の端にソースを付けたまま、得意げに言う。

「おいしい!」


真面目な顔で言うから、こっちが困る。


俺は、苦笑しながらも、胸の奥が少し温かくなった。



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