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106 エルヴィラ


二週間が経過した。


結局、俺とリナはレステル刻印工学研究院で働くことになった。

ラツィオのバルネス商会のエミル宛て、そしてリナの父のブラムさん宛てに、手紙も出した。


アカネの顕現という想定外があって、このまま旅に出るのは得策じゃない。

そう判断したのは俺だ。まずは環境を安定させたかった。


それにクロイツの真意が何なのか。

俺はまだ聞けていない。聞いたところで答えるかも分からない。


そして何より、目の前にある大量の書籍だ。

これを見て「じゃあ帰ります」と言える人間がいるだろうか。

少なくとも俺には無理だった。


書庫にこもる日々が始まった。


「精霊魔法の研究」という名目で、ひたすら本を開く。

研究院から提示された仕事は、現時点で整理されている仮説や研究メモを確認。

読めるところから補強し、発展の余地があるなら書き足すこと。


俺はまず「精霊魔法」関連の古い書籍から手をつけた。


……薄い。棚が薄い。


魔道具や一般魔術の棚は、背表紙だけで圧がある。

それに比べて精霊魔法の棚は、空白が目立つ。

そもそもの数が少ない。


理由は、書かれている範囲では明確だ。

いくつかの薄い本には、次の内容が絵柄付きで記されている。


精霊魔法は実在する。だが使えるものは少ない。

精霊魔法を使うにはいくつかのステップを踏む。

魔力の感覚、操作、維持、同調

何人かに聞いたが、その内容は人によって違う。


何冊かの本があるが、内容もそれぞれ見解が違う。


一方で魔道具や一般魔術は、研究院の工房を見れば分かる。

刻印具と材料が揃っていれば、基礎を学んだ者が試作できる。

安全のために制限は多いが、扱える人間の数が違う。だから書籍も残る。


とはいえ残る書籍が多いほど、危ない技術も紛れやすい。

書庫の奥には閲覧制限の札が付いた扉がある。



「精霊とは何か」

その問いは、どの本にも答えはなかった。


代わりに、仮説が並んでいる。


神そのもの、神の一部、人の願い、祈りの残滓、人が精霊になる。


ページをめくるほど様々な主張が増える。整合しているようで、していないものも多い。


俺は本を閉じて、息を吐いた。


誰かが書いた年表のような整理はある。

それによれば、精霊魔法に関する記録や出版は、約150年前を境に勢いが落ちたらしい。

ここ百年で新たに刊行された精霊魔法の書籍は、俺が確認した範囲では見当たらなかった。代わりに、誰かの研究メモを束ねたような資料がいくつかあるだけだ。


それを衰退と呼ぶのかどうかは分からない。


様々な本に目を通していく。


魔法体系としてはいくつかあり


精霊魔法 回復魔法 古代魔術 現代魔術


この4つに分類されている。

回復魔法は教会が独占している。

怪我をしたら司祭や司教に見てもらうのが通例だ。


古代魔術は古代語を使用した魔術で、俺が多用しているもの。


現代魔術は魔道具を使って行使する、今現在使われているものだ。

魔力の感覚を得る修行も要らずに使えるため

非常に便利だが、事前に魔石に刻印した術式しか使えないデメリットはある。


現代魔術や魔道具の利点は、安定性と安全性。


どちらが上とは書いていない。

ただ、使える人間の数が決定的に違う、とだけは書いてある。


セラは精霊魔法を使っていたはずだ。

クロイツと戦っていた姿は精霊化だと思う。


でも、セラは俺にそれを教えなかった。

教える前に俺が出て行ったのかもしれないが

正確なところはわからない。



ページをめくっていると、背後で足音がした。


「ユウト」


エルヴィラだった。


図面筒を抱えたまま、こちらに視線だけ寄越す。

相変わらず忙しそうな顔だ。


「またここにいるの?」

声が平坦で、感情が読みづらい。


「います」

俺は本を閉じずに答える。

「これだけあると壮観ですね」


「でしょ」

エルヴィラは頷いて、いつものように椅子を引くでもなく、壁にもたれた。


俺はふと、鼻をひくつかせる。


(……以前ほど、臭くない)


そうだ。

前に一度、我慢できずに言ったんだ。


「エルヴィラさん、体を洗って、服も洗濯してください」って。


その時のエルヴィラは顔色ひとつ変えず、こう返した。


「じゃあ君がお風呂に入れてくれ。洗濯も任せるよ」


無理難題だったので、俺はリナを呼んだ。


お風呂に入れてくれと言ったことをエルヴィラは後悔しただろう。


「はいはい、逃げない」

リナは笑顔でエルヴィラの腕を掴んで、ずるずる引っ張っていった。


「離して。図面がある」

「図面は死なない」

「私は死ぬ」

「死なない」

「嫌だ」

「嫌でもやる」


あれ以来、エルヴィラは体を洗う頻度が上がった。

というより、リナが定期的に捕まえている。

研究員たちが大層喜んでいたのも、俺は覚えている。


……本人は不本意そうだが。


「ユウト」

エルヴィラが、話を戻すように言う。


「精霊魔法、何か分かった?私も前に目を通したけど、

 目新しいものはなかった。それぞれの主張がバラバラでね。

 どうにかなるものではないと諦めたんだ」


「俺も同じです」

俺は正直に答える。

「今の自分が把握していること以上は、ここでは増えてません」


エルヴィラは目を細めた。


「君は精霊魔法を使えるんだもんね。

 できない側が読むと、これはただの絵日記だよ」


「……それは、分かります」

俺は苦笑する。

同じ精霊でも、ドラとアカネでは全く違う。

他にもいろんな精霊もいた。現象だけを追いかけても

違い過ぎてただの日記になるだろう


俺は本の背を撫でながら言った。


「まとめるにも、比較ができないです。

 俺のやり方が俺だけのことなのか、一般化できるのか、

 判断できません」


「そう」

エルヴィラは短く肯定してから、ため息をついた。


「私も昔、やろうとしたんだけどね。最初の魔力の感覚が掴めなかった。

 掴めないまま、諦めたよ」


淡々と言うが、少しだけ悔しそうに聞こえた。


「俺も2年くらいはかかりましたからね。

 それに魔力の感覚を掴んだきっかけは死にかけた体験なので、

 それがなければまだ掴めてなかったかもしれません」


「ほう、死にかけてみるのはいいかもしれないな」


「いや、やめてください」


「冗談だ。死にかけるたびに魔力の感覚が掴めているなら

 死にかけの老人たちはみんな魔力の感覚が掴めているはずだからな」


冗談かどうか何ともいえないことを言ってくる。


エルヴィラが俺をまっすぐ見た。


「分からなくても一ページでも二ページでもいいから何かを残していって。

 それが何年後かわからないけど、誰かの役に立つかもしれない」


「……分かりました」

俺は姿勢を正した。

「努力します」


エルヴィラは頷いただけで、表情は崩さない。



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