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104 アカネ

ゲストルームの天井を見上げたまま、さっきの鍛錬場が頭から離れなかった。

木剣を握っただけで、息が詰まって、視界が狭くなった。

あの瞬間の感覚が、まだ残っている。


(……まさか、あれがトラウマだったなんてな)


考えないようにしても、勝手に思い出す。

紅蓮回廊でAランク魔獣数体をけしかけてきた男。


完全に防いだはずの剣ごと、左腕まで切り落とされた。

アオイの介入がなければ、あの場で終わっていた。

治っているはずの傷なのに、心の奥が覚えていたらしい。


本来であればあのまま死んでいた。そうなるのも分かる。


無意識のうちにそれ以降は剣で戦うのを避けていた。

腰にあるナイフばかり使っていた。


剣技を鍛えようかと思ったところなのに

手前でつまづくとは思わなかった。


俺は昨日から、できる範囲で確かめていた。


剣を抜く。……問題ない。

剣を持つ。……問題ない。

でもこれから戦うと意識した瞬間、呼吸が浅くなる。


ナイフなら対峙しても、戦闘をしても、問題はなかった。


「……考えること多すぎだろ」


口から、ぼやきが漏れた。


この研究院で働くかどうか決める

精霊魔法を使いこなす。

剣術のレベルアップ。

そして、剣で戦うことへの拒否をどうにかすること。


ラツィオにも一度戻りたい。

それに、獣人の村に囚われた人間たちが、結局どうなったのかも分からない。

クロイツが貸しただけと言った魔道具だって、どこまで本当なのか判断がつかない。


眉間に指が押し当てられた。


「……ほら」

リナだった。

「考えすぎで、しわできてるよ」


「……できてる?」

「できてる。ぎゅって」


指でつままれて、俺は顔をしかめる。


「わけが分からないんだよ。やることも、気になることも……増え続けてる」


リナはぱっと手を離して、軽い声を出した。


「じゃあさ、甘いもの食べに行こ」


「……今?」


「今。はい、立って」


有無を言わさず手を引かれる。

抵抗する元気が、なぜか出なかった。



クロイツが「おすすめ」と言っていた店は、外観が落ち着いていた。

中に入って注文すると、運ばれてきたのは、パフェみたいな器に盛られた甘味だった。


クリームがたっぷり。果物が鮮やか。

ひと口食べると、甘さのあとに酸味が来て、口の中が軽くなる。


「……うまいな、これ」


「おいしいね」

リナはスプーンを握ったまま、目を細めた。


「無理やりこの国に連れてこられたけどさ、

 こういうの食べられるのは、悪くないよね」


「……そうだな」

俺も素直に頷く。

ノルビアの王都も食事のレベルは高かったが

この国も負けてない。



店の空気は静かで、余計なことを考える余地が減る。

たわいのない話を続けて、器が空に近づいた頃。


リナが、急に口を開いた。


「ユウトはさ」

声が、いつもより小さい。


「難しいこと考えてて」


途切れ途切れに言葉を繋いでいく


「いつも頑張ってて」


「どんどん強くなるし……」


そこで一度、言葉が止まる。

スプーンが、わずかに震えた。


「……すごい、かっこいいと思うよ」


俺は固まった。


「……え?」


顔を上げると、リナの頬が真っ赤だった。

目が泳いでる。


俺が見ているのに気づいた瞬間、リナは椅子を引いた。


「そ、それじゃ……!」

「先に帰ってるね!」


逃げるように店を出ていった。


「……え?」


店に残ったのは俺だけ。

心臓の音がやけに大きい。


(今の、何だ……?)


胸が、変なふうに熱い。

俺の顔も、赤くなっている。


リナの初めてみる表情。

落ち着こうとしても落ち着かない


店を出て歩きながら、ひたすら同じことが頭を回る。


(なんだったんだ、あの表情)


(そう言うこと?いやいや、慰めようとしただけか?)


考え事がまた一つ増える。

悩み事を忘れるために魔力欠乏で意識を飛ばしてやろうか


廊下でグスタフを見つけた。

相変わらず礼儀正しい歩き方だ。


「グスタフさん、今いいですか」

「はい、どうされました?」


「中庭、少し借りてもいいでしょうか」

「……魔術の練習をしたくて」


「誰もいませんしどうぞ」


「ありがとうございます」


中庭に出る。そこそこ広い。屋根があり、風も通る。


俺は境界を意識して、領域を四角く広げた。

壁に沿うように薄く、広く。


「……よし」


そして、そこに魔力を一気に注ぎ込む。

循環はさせない。発散させて、一気に使い切る。


気温が落ちる。吐く息が白い。


そこまで言いかけて、目の前にアカネがふわふわ舞った。



目の前で揺れて、やけに近い。

何か言いたげで、じっとこっちを見ているように見える。


俺は魔力を落とし、アカネの魔力に同調した。

すると、空気が少しだけ温かくなる。


(魔力、頂戴)


声が、頭の中に落ちた。


「……魔力?」

思わず声が漏れる。


(頂戴)

同じ言葉を繰り返す。


「……今まで、こんな事なかったが」


目の前でふわりと揺れる。


……ちょうどいい。

ドラに魔力を渡したことがある。


俺は、同じようにアカネに魔力を注ぎ込んだ。

アカネは抵抗せず、すっと受け取っていく。


「……まだいけるのか?」


もう少し。

さらに注ぐ。


(もっと)



更に注ぎ続けると、体の奥が重くなってきた。

魔力欠乏が近い。


それでも、アカネは止めない。


「……やば……」


視界が揺れた、その瞬間。


アカネの光が、急に収束した。

茜色の光がだんだん失われてなって、形が輪郭になっていく。


小さな手。

小さな足。

細い腕。

髪。


六歳くらいの少女が、そこに立っていた。


「……は?」


声が出たところで、意識が途切れた。




目を覚ますと、ゲストルームのベッドだった。


「……あ」


体がだるい。

でも、意識ははっきりしている。


椅子に座っているリナが、こちらを見ていた。

目が細い。怒ってる……ように見える。


「……なぁ、リナ」

「何」


声が冷たい。

俺は喉を鳴らした。


「……何が起きてる?」


「知らない」

リナは短く言うだけだ。


左側が、妙に暖かい。

視線を落とすと


布団の中に、小さな少女が丸まっていた。

茜色の髪が、枕に広がっている。


俺は息を止めた。


(……さっきの)



これ、精霊のアカネなら、リナには見えないはず。


その考えを口に出す前に、リナが言った。


「その子、誰?倒れたユウトの側にいたんだけど」


「……見えてるの?」


「何言ってるの、見えてるよ」

リナは呆れた声で言う。


俺は頭を抱えたくなった。


「多分……精霊のアカネ」


リナは少女をじっと見て、眉を寄せる。


「……そんなわけないじゃない。魔力、あんまり感じないし」


「俺も分かんない。でも、さっき魔力をくれって言われて

 限界まで注いだら、こうなった」


リナは口を開けて、閉じた。

それから、ぽつりと。


「……触れるよ?普通に、あったかいし」



リナはまだ納得していない顔だ。


「……じゃあ」

リナが視線を横に動かす。

肩のあたり。


「ちなみにドラは、なんて言ってる?」


ドラの方が精霊としての経験がありそうだ。

リナに聞いてもらう。


リナは少し目を閉じて、黙った。

それから、渋い顔で言う。


「うーん……ちょっと難しくてよく分からないんだけど、

 光でも竜でも人の形でも同じだって」


「……全然違うけどな」


リナは肩をすくめた。


「そう言われても、って感じだよね」


話している声に反応したのか、少女がもぞっと動いた。

目が開く。


茜色の瞳が、俺を捉える。


「ユウト」

小さな声。

でも確かに俺の名前だ。


「……おはよう」


そう言った瞬間、少女が身を起こして、俺に抱きついてきた。


「うわっ……!」


茜色の長い髪が、頬に当たってくすぐったい。

体温が、ちゃんとある。


リナが椅子から半分立ち上がって、声を上げた。


「ちょ、ちょっと!」


少女は俺の胸に顔を埋めたまま、きょとんとしている。


「……だめ?」


「だめじゃないけど……!」

リナの声が詰まる。

顔が少し赤い。


俺は少女の背中に手を添えながら、なるべく落ち着いた声を出した。


「……アカネ、でいいんだよな」


少女は俺を見上げて、頷いた。


「うん」

「アカネ」

「ユウトがくれた」


リナが、ふっと息を吐く。


「……しゃべるんだ」




俺は布団の中で、ため息をついた。

問題は減らない。むしろ増えている。



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