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101 レステル刻印工学研究院

「それじゃ、私はちょっと出かけてくるよ」


食事が終わるとクロイツが立ち上がって、上着の裾を軽く払う。


「君たちは、この家から出ない方がいい。ボグダ、頼んだよ」


ボグダが頷く。


「任せてください」


……出ない方がいいと言うわりに、本人は外へ出ていった。

扉が閉まる音が、やけに大きい。


ボグダが苦笑いで俺たちを見る。


「君たちは、ゆっくりしていてくれ。僕は洗い物をしてくるよ」


「いえ、洗い物くらいはさせてください」


ボグダは首を振った。


「駄目だ。気持ちはありがたいが。クロイツの客人にそんなことさせられない。勘弁してくれ」


「……分かりました」


そこまで言われると、引くしかない。

椅子に腰掛けたまま、手持ち無沙汰になる。


リナはさっきの食事の余韻で、機嫌よく背伸びをした。


「おいしかったねぇ。今まで食べたもので一番美味しかったかも」


ボグダが皿を積みながら、こちらを見てニコニコしている。


俺は気になることを聞いてみる。


「……クロイツと仲がいいんですね」


ボグダは洗い物の手を止めずに答えた。


「そうだな。さっきも言った通り、恩人だよ。

 元々、親が商人をやっていてさ。子どもの頃からイストリアに一緒に行くことも多かった」


「それで……人間に慣れてる、と」


「他の獣人と違って嫌悪感ってほどのものが、僕にはあまりなかった」

ボグダは花瓶の水を替える。言葉も水みたいに淡々としている。


「クロイツも、あの性格だろ? 酒場で意気投合してね。

 最初は友だちだと思ってた。でも……世話になったことが増えて、今は恩人だ」


「……そうなんですね」


俺の中のクロイツは、ずっと信用しづらいイメージで固まっている。

でも、ボグダの言ってることはきっと真実だ。そこが余計に厄介だ。


「ユウト、顔こわいよ」

リナが小声で言って、肘で軽く突いてくる。


「……自覚ある」


外を見ると、もう薄暗い。

この家の中だけが、妙に落ち着く。


「今日は……休ませてもらおう」


「賛成。眠い」

リナはあくびを噛み殺しもせず言った。



どれくらい寝たのか分からない。

目を開けると、部屋の灯りが変わっていた。


「起きたかい?」


クロイツが、いつもの調子で椅子に座っていた。

戻ってきたらしい。服にも髪にも乱れがないのが腹立つ。


「ゆっくり休めたかい? では行くとしようか。ボグダ、またそのうちに」


「……お気をつけて」

ボグダは短く言って頭を下げた。


俺は立ち上がる。


「泊めてくれて、ありがとうございました」


ボグダは口元を緩めて、手を挙げた。



馬車に乗り込む。

リナは座ると背中を伸ばした。


「うぅ……長い移動は苦手……」


クロイツは御者台ではなく、俺たちの向かいに座った。


「ここからまたしばらくかかる

 せいぜい、のんびり行くとしようか」


それから日が沈むのを二度見た。

宿場町で泊まり、眠って起きて、また眠ってを繰り返す。


やっと馬車が止まる。


「お疲れ様。ようやく到着だ」


降ろされると、石造の街並みが広がっていた。

道は整っている。建物も密だ。トルグとは匂いが違う。


リナが伸びをして、肩を回す。


「長かったねぇ……」


クロイツが、ひょいと顎で前を示した。


「ここが私の職場だよ」


石造の建物の入口に、看板が掲げられている。


レステル刻印工学研究院


「さぁ、入ってくれ」




中に入った瞬間、怒声が飛んできた。


「クロイツ! どこに行ってたんですか!」


白衣姿の女性が、ずかずかと迫ってくる。

長い髪が揺れている。目が鋭い。怒っているのが分かりやすい。


クロイツは動じず、にこやかに手を広げた。


「やぁカティア。ご機嫌はいかがかな」


「いかがじゃありませんよ!

 こちらに来てください。今すぐです」


クロイツが、一瞬だけ困った顔を作る。


「カ、カティア、待て待て。客人がいるんだ。ほら」


俺たちを指差す。


カティアは一度こちらを見て、視線を戻した。


「……そちらの方々には後でお話を聞かせてもらいます。

 グスタフ! お客様のご案内を!」


「はい! 承知しました!」


白衣の男が小走りでやってきて、深く頭を下げる。


「お客様、こちらへどうぞ」


クロイツは、連れていかれる直前に軽く肩をすくめて言った。


「少し待っていてくれたまえ。すぐ戻るよ」


さっきの怒声はすぐ戻れるような剣幕じゃなかった気がするが。




案内された客室は、無駄がなく整っていた。

棚、机、椅子。紙の匂い。インクの匂い。


男が改めて名乗る。


「初めまして。研究員をしております、グスタフと申します」


俺も名乗る。


「ユウトです。……こちらはリナです」


リナは、状況が飲み込めないまま、とりあえず頭を下げる。


「リナです。よろしくお願いします」


グスタフは穏やかな笑みのまま、言葉を選ぶように口を開いた。


「お二方は……どうしてこちらへ?

 院長がご迷惑をおかけしていなければよいのですが」


俺は息を吐く。


「……はは。まぁ……そうかもしれません

 ここで働くように言われまして」


グスタフは驚いたように瞬きをした。


「そうでしたか。院長がスカウトするのは初期メンバー位ですよ。すごいですね」


むず痒くなって俺は話題を変えた。


「ところで……ここでは、どんなことを研究しているんですか?」


グスタフは少しだけ表情を明るくする。研究者の顔だ。


「基本は魔術工学です。分かりやすいところですと、魔道具の開発。

 それから、古代語の術式の解析。……精霊魔法に関する研究も、扱っています」




グスタフが頷いた。


「歴史は古く、約二百年前のエドガー・ヴァルテンが、この研究院の祖とされています」


その名を聞いた瞬間、背筋が勝手に伸びた。


「……エドガー・ヴァルテン」


口に出してから、心臓が一拍遅れる。


グスタフが俺を見る。


「ご存じですか」


「魔道具の基礎を作った人物だと」


リナが首を傾げる。


「誰?」


「昔の人だ。今の魔道具の土台を作ったって言われてる」


「へぇ……すごいんだねぇ」

リナの感想はいつも率直だ。


グスタフは少し嬉しそうに頷く。


「ちなみに直筆の資料も保管されています。

 閲覧には手続きが必要ですが、研究員の立ち会いなら可能なものもあります」


胸の奥が、くらっとする。


(直筆……?)


「……見たい」

思わず本音が漏れた。


リナが笑う。


「ユウト、そういうの大好きだもんねぇ」


「……うん。気になる」


気になる。

でも、それとここで働くのは別だ。まだ決められない。


グスタフが軽く咳払いをした。


「あの分だと院長は多分すぐには戻れないでしょう。

 よろしければ、その間に研究院の中をご案内します」


俺はリナを見る。リナは即答した。


「行こう行こう。ここ、面白そう」


俺も頷く。


「……お願いします」


グスタフが少しだけ胸を張った。


「承知しました。では、こちらへ」



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