8.
全員の記憶再現が終わった後、重い沈黙が流れた。MCリボーンが、いつもの軽薄さを失って言った。
「どうかな〜?思い出してもらえた?君たちが死にたくなった『本当の理由』を」
誰も答えなかった。みんな、自分の記憶の重さに押し潰されそうになっている。
「予定にない映像が一部流れてしまったのは申し訳ないけど〜、ま、不可抗力でしょ」
「……ふざけるな」
喘ぐような朝比奈の声がMCリボーンに言う。
「わかったような口を聞いて、わかったような映像を見せつけて……」
「よくできたでしょう~、褒めてくれてもいいんですよ~」
「ふざけるな……」
朝比奈は鋭い目でミサキを見た。
「……君がやったのか?」
「何のこと?」
ミサキが無表情で答えた。
「この記憶再現。君がこの映像を」
「そんなことできるわけない。言いがかり」
「チャットのログを見ろよ。管理者権限のログが残ってる。君のアカウントからアクセスした記録がある」
無表情のミサキが口を開く。
「なるほど。さすが。観察力は確かに鋭い」
「確かに?何だよそれ」
「こっちの話」
「……クソ。なぜこんなことを?」
ミサキが冷たく笑う。
「面白いから。あなたたちの弱いところを見るのが」
タカシが震え声で言う。
「ひどいじゃないっすか...なんで俺たちの傷をえぐるんすか...」
「傷?」
ミサキが嘲笑する。
「それが傷なわけない。そんなののせいで死にたがるのは弱すぎる?」
カモシダが怒鳴る。
「弱すぎるって何だよ!」
「だって、そんなのは結局『甘え』」
ミサキの目が冷酷に光る。
「朝比奈は『誰も理解してくれない』って拗ねてるだけ。タカシは『認めてもらえない』って駄々をこねてるだけ。カモシダは『母親に愛されたかった』って甘えてるだけ。ミチルは『事故を責任転嫁したい』だけ」
「やめろ...」
朝比奈が低い声で言う。
「みんな、自分の弱さと向き合わずに死に逃げようとしてる。本当に死にたいなら、もっと真剣になるべき」
ミチルがすすり泣く。
「私...本当に殺したの...でも...でも...」
「でも?何?それは言い訳?」
「いい加減にしろ」
ミサキを遮って響いた朝比奈の声は、今まで聞いたことがないほど低く、怒りに満ちていた。
「君こそ、自分の問題から逃げるために他人を攻撃してるだけじゃないのか」
ミサキの表情が僅かに動揺する。
「意味がわからない」
「最初に『人を一人殺した』と言っていたな。その件について、まだ何も説明していない」
「それは...」
「君が他人の弱点を執拗に攻撃するのは、自分の罪から目を逸らすためだろう」
朝比奈の言葉に、他の参加者たちも注目する。
「君こそ、真剣に死と向き合っていない。他人を道連れにして、自分の罪を薄めようとしてるだけだ」
「違う...私は...」
「何が違う?」
朝比奈の追及が続く。
「君の『殺人』も、結局は『事故』だったんじゃないのか?そして、それを背負いきれずに、他人を同じレベルまで引きずり下ろそうとしてる」
ミサキの目に、初めて動揺の色が浮かんだ。「私は...私は違う...」
しかし、その声はもう力がなかった。
「教えてくれよ、ミサキ」
朝比奈の声が、今度は優しくなった。
「君が殺したという人は、誰だったんだ?」
ミサキが震える声で答える。
「患者...」
「患者?なんの?」
「末期癌で...苦しんでて...『楽にして』って言われて...」
ミサキの声が震える。
「でも...それは殺人じゃないだろう?」
「殺人。やってはいけないこと。延命措置をするしないは家族か患者本人しか決められない。一度延命措置が始まった患者の意思が変わったから、措置を止めるなんてできない」
「しかし、君の気持ちは?」
「気持ち……?」
「そうだ。助けたかった?」
「助けたい?どう助ける?」
「痛みと苦しみから解放してあげたいって思わなかったのか?」
「助けたかった...苦しみから解放してあげたかった...」
ミサキが泣き始める。
「でも...後悔してる...本当に...あれで良かったのか分からない...」
朝比奈が静かに言う。
「君も俺たちと同じだ。自分の行為に確信が持てずに苦しんでる」
「同じ...?」
「そうだ。俺たちを攻撃することで、自分だけが特別だと思いたかったんだろうが、君も結局は迷ってる一人の人間だ」
ミサキが顔を覆う。
「分からない...何が正しいのか...」
その時、MCリボーンが割って入った。
「あ、あの〜、そろそろ時間でして〜」
しかし、誰もリボーンの声を聞いていなかった。全員が、ミサキの告白に聞き入っていた。
「私...本当は死神になりたかったの...」
ミサキが顔を上げる。その目は涙で真っ赤だった。
「でも...落ちたの...『自分の罪と向き合えていない』って...」
「それで?」
「それで...あなたたちを落とすように言われたの...そうすれば...私にもう一度チャンスをくれるって...」
タカシが小さく言う。
「それって...ひどくないっすか...」
カモシダも頷く。
「俺たちを利用してたってことか」
朝比奈は首を振った。「違う。ミサキ、君も被害者だ」
「え?」
「君を利用した奴らが一番悪い。君は彼らに騙されただけだ」
ミサキが驚く。
「でも...私はあなたたちを...」
「傷つけたのは事実だが、君自身も傷ついてる」
「ちょっと待ってくださいよ」
朝比奈の言葉をタカシが遮る。
「あの映像、明確に俺らの心を折りに来てましたよね?その上、弱いから死にたがるって。ミサキちゃんも傷ついてたからって、それじゃ納得いかないっす」
カモシダも言う。
「母親のこと、どうやって知ったのかはわからないが、心に土足で踏み込むような真似をされて、こいつも被害者だからって、だからどうしろと……」
ミチルは未だに泣き崩れて何も言わない。
「あ〜あ、つまんね~」
MCリボーンの声が投げやり気味に言う。
「せっかく良いところまで行ってたのに、ミサキちゃん、しくじっちゃったね」
「リボーン...?」
「ま、予想の範囲内だけどね。君たち、いい線行ってたのにね~」
リボーンの背景が変わった。今度は真っ暗な空間に、赤い文字で「GAME OVER」と表示されている。
「でも、残念。この選考会、もともとフェイクなんだよね」
「フェイク?」
「そう。本当の目的は、君たちの絶望を最大限まで高めること。それが俺たちの仕事なんだ」
朝比奈の目が鋭くなる。
「君も、上の指示で動いてたのか」
「上とか指示とか言われてもね~。まあでもね、でも俺は楽しんでやってたよ。君たちの苦しむ顔、最高だった」
リボーンが不気味に笑う。
「さて、そろそろ本当のフィナーレと行こうか」
画面に不穏な文字が浮かぶ。
【最終判定:全員不合格】
【処分:永続的ミュート】
「永続的ミュート?」
「君たちはこれから、永遠にZoomから出られない。誰とも話せない。ただ画面の向こうで、新しい犠牲者たちを見続けるだけ」
恐怖が会場を支配した。しかし、朝比奈だけは冷静だった。
「待てよ、リボーン」
「何?」
「君の話には矛盾がある」
朝比奈が立ち上がる。
「もし俺たちを絶望させるのが目的なら、なぜ俺たちにミサキの正体が露見するのを止めなかった?」
リボーンの表情が僅かに動揺する。
「え...?」
「俺たちの絶望感を最大限まで高めるには、そっちの方がいいと思ったからじゃないのか?少なくとも俺はまだ絶望していない。勝手に不合格にされるのは納得いかない」
「ふ~ん。朝比奈さん、冴えない風貌のくせに結構言うよね~」
MCリボーンはバカにした口調で言葉を返した。




