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7.

程なくして、見慣れたZoomのUIが戻ってきて順番に7人の画面が表示される。カモシダとミチル、それにミサキの窓は暗転したままだが、MCリボーンは気にとめずに言葉を継ぐ。


「あ、あの〜、予定を変更して〜、『記憶再現セッション』に移らせていただきま〜す」


「記憶再現って何だよ」


暗転して顔の見えないカモシダの声が荒っぽく響く。


「皆さんの生前最後の記憶を再生する...セッションです〜」


ミサキが口を開く。


「これは予定にない課題」


「え?」


朝比奈が反応する。リボーンが慌てる。


「あ、いや、その...臨時追加でして〜」


しかし、すでに各自の画面に異変が起きていた。Zoom背景が勝手に切り替わり、それぞれの記憶映像が流れ始める。ミチルとカモシダの画面も暗転から回復している。ミサキの画面だけが暗いままだ。


------------

朝比奈の背景が会社の送別会の会場に変わった。


「あれ?これ...」


画面には、同僚たちが楽しそうに談笑している光景が映っている。しかし朝比奈の姿だけが隅で一人、ビールを持って立っている。


「朝比奈さん、お疲れ様でした〜」


上司らしき男性が義務的に声をかける。


「あ、はい」


「これからどうされるんですか?」


「まだ決まってないです」


「そうですか。まあ、頑張ってください」


上司はすぐに他の人のところに行ってしまう。朝比奈は一人で缶ビールを飲み続ける。周りでは「田中さんの次の会社、大手らしいよ」「山田さんは独立するんだって」と話し声が聞こえるが、朝比奈に関する話題は一切ない。


「誰も...俺に興味がないんだな」


記憶の中の朝比奈がつぶやく。会が終わり、みんなが帰っていく中、朝比奈は最後まで残っていた。


「すんません、もう閉店なんで」


店員に促され、朝比奈も重い足取りで店を出る。外は雨が降っていた。傘を持っていない朝比奈は、濡れながら駅に向かう。電車の中でも一人。家に帰っても一人。アパートの玄関で鍵を開けようとした時、急に胸が苦しくなった。


「うっ...」


鍵を落とし、その場に倒れ込む朝比奈。


「誰も...来ない...」


薄れゆく意識の中で、朝比奈は思う。


「このまま死んでも...誰も気づかない...」


背景が暗転する。現在の朝比奈が小さくつぶやく。


「そうだった...思い出した」


------------

続いてタカシの背景がクラブの会場に変わる。


「うわ、これ俺がデビューしたイベント...」


DJブースに立つタカシが映っている。フロアにはまばらに人がいるが、期待しているような表情の人は少ない。自作のミックスが流れ始める。タカシは必死にDJブースでミックスしている。世界中でヒットしているダンスミュージックのトラックをかけるが反応は悪い。温まらないフロアをお寒い時間が流れ、やがてタカシの自作の曲に繋がる。観客たちの目に見えて悪くなる。


「何このトラック?」


「ノリ悪くね?」


「つまんない」


「帰ろうか」


一人、また一人と客が帰っていく。


「ちょっと待ってください!まだ始まったばかりで!」


タカシが必死に呼びかけるが、客足は止まらない。最後には、ほとんど空っぽになったクラブでタカシが一人。


「俺の音楽...誰も聞いてくれない...」


彼女の言葉がフラッシュバックする。


『お前は一生、何かになれないまま死ぬタイプ』


『誰もお前の音楽聴いてないじゃん』


「そうだ...俺には才能がないんだ...」


タカシがスピーカーを見つめる。


「だったら...このスピーカーと一緒に...」


彼がスピーカーに向かって走り出す瞬間、画面が暗転した。


タカシが震え声で言う。


「思い出したくなかった...」


------------

カモシダの背景が葬儀場に変わる。


「やめてくれ...それは見せるな...」


しかし映像は容赦なく流れる。母親の棺桶の前で、親戚たちが話している。


「カモシダくんも大変だったねえ」


「でも、これで楽になったでしょ?」


「そうそう、まだ若いんだから、これから自分の人生を」


その時、叔父らしき男性が言った。


「でもなあ、母親一人まともに見られないようじゃ、この先も心配だよ」


「え?」


「いや、カモシダくんのことよ。もう27でしょ?結婚もしてないし、仕事も続かない」


「お母さんが生きてる間に、せめて孫の顔でも見せてあげられれば良かったのにねえ」


カモシダの表情が歪む。


「俺だって...頑張ったんだ...」


「頑張ったって言っても、結果が出なきゃねえ」


「お母さんも、本当は心配だったと思うよ」


「そうそう、『息子のことが心配で死にきれない』って言ってたもんね」


カモシダが拳を握りしめる。葬儀が終わり、みんなが帰った後。カモシダは一人で母親の遺影の前に座っていた。


「母さん...俺のせいで死にきれなかったのか?」


「だったら...俺も後を追った方がいいのか?」


カモシダの視線の先にはスマートフォンがある。


検索用のブラウザを開き、検索画面に入力する。


「硫化水素、自――」。


画面が暗転する。


現在のカモシダが泣きそうな声で言う。


「俺が...俺が母さんを殺したんだ...」


------------

ミチルの記憶再現最後にミチルの背景が介護施設に変わる。


「やめて...お願い...」


ミチルが懇願するが、映像は止まらない。夜勤中の介護施設。ミチルが一人で巡回している。ある部屋に入ると、認知症の老人が暴れていた。


「誰だ!泥棒か!」


老人がミチルに向かって物を投げる。


「落ち着いてください、田中さん」


「知らない!帰れ!」


老人がミチルを叩こうとする。ミチルは必死に避けるが、頬を引っ掻かれる。


「痛い...」


血が出る。しかし老人は止まらない。


「死ね!殺してやる!」


老人がミチルの首を絞めようとする。


「やめて...お願い...」


ミチルが抵抗しようとした時、老人が転んで頭を打った。「あ...」老人が動かなくなる。


「田中さん?田中さん!」


ミチルが慌てて近づく。老人の呼吸が弱くなっている。


「救急車...誰か、誰か助け、呼ばなきゃ...」


しかし、ミチルは動けなかった。老人の首には、ミチルが抵抗した時についた手の跡があった。


「私が...殺した...?」


老人の呼吸が止まる。ミチルは何もできずに、その場に座り込んだ。


「私が...殺した...」


翌朝、老人の死体が発見されても、ミチルは何も言えなかった。「転倒による事故死」として処理されたが、ミチルの心には深い傷が残った。


「私は人殺し...」


その日から、ミチルは正常に生活できなくなった。


画面が暗転する。現在のミチルが泣きながら言う。


「私が殺したの...私が...」

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