5.
ルームB:カモシダ × ミチル
「えーっと...」
カモシダが画面の向こうで困ったような顔をしている。ミチルは相変わらず暗い部屋で、照明が顔を下から照らしている。
「この課題、どうしたらいいんすかね」
「わからないです...」
ミチルが小さい声で答える。
「共同制作って言われても...」
「まあ、確かに……急すぎる……」
カモシダは天を仰ぎ、やがて思い直したようにカメラに向き直った。
「ミチルさんって、前は介護士だったんですよね?」
「はい...」
「大変な仕事ですよね。俺も母親の介護してたんで、少しは分かります」
ミチルの表情がわずかに変わった。
「お母様の介護...大変でしたか?」
「まあ...」
カモシダが苦笑いする。
「最後の方は認知症も入ってて、俺のこと分からなくなったりして」
「辛いですね...」
「でも、ミチルさんの方がもっと大変だったでしょう?赤の他人の介護なんて」
ミチルが俯く。
「赤の他人って...そんな風に思ったことはないです」
「あ、すみません。そういう意味じゃなくて」
「いえ...でも、確かに難しいこともありました」
カモシダが身を乗り出す。
「どんなことですか?」
ミチルが少し躊躇する。
「認知症の方とか...暴れてしまう方もいらして...」
「ああ、それはありますよね。うちの母親もそうでした」
「暴力を振るわれることもあって...でも、それでも我慢しなければいけなくて」
ミチルの声が震えているのに、カモシダは気づいた。
「無理しなくてもいいんじゃないですか?」
「無理って...」
「だって、暴力振るわれるのに我慢する必要ないでしょう?」
ミチルが顔を上げる。その目に、何か深い苦悩が宿っているのが見えた。
「でも...相手は要介護者で、暴力も病気のせいで…...」
「病気だからって、何をしてもいいわけじゃないと思うんですけど。それに治ることのない認知症が病気なのかどうか、正直思うところはあります。」
「そうですか……いや、そうですけど...」
ミチルが言いよどむ。カモシダは、何か言ってはいけないことに触れたような気がした。
「あの...課題の話に戻りませんか?」
「あ、はい」
二人とも少し気まずい空気になった。
「えーっと、理想の死に様でしたっけ」
「私は...凍死って言いました」
「そうでしたね。なぜ凍死なんですか?」
ミチルが少し考える。
「あったかいのに冷たいって感覚が...不思議で」
「あったかいのに冷たい?」
「凍死する時って、最後は暖かく感じるって聞いたことがあるんです」
カモシダが興味深そうに頷く。
「へえ...それは知らなかった」
「矛盾してるじゃないですか。死ぬほど寒いのに、暖かいって感じるなんて」
「確かに」
「そういう...矛盾してることに惹かれるんです」
カモシダが何かを理解したような顔をする。
「俺の硫化水素も、似たようなもんかもしれないです」
「似てる?」
「だって、生きるために呼吸してるのに、その呼吸で死ぬんですから」
ミチルの目が少し輝いた。
「そうですね...生きるための行為が、死ぬための行為になる」
「矛盾してますよね」
二人の間に、何か共通の理解が生まれたような空気が流れた。その時、画面の右上にミサキの顔が表示される。
「あ...」
ミチルが小さく声を上げる。ミサキは無表情で二人を見つめている。その視線が、なぜか二人の心の奥を覗き込むようで、居心地が悪かった。
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ルームC:ミサキ(単独観察)
ミサキは一人、メインルームに残されていた。画面には『観察モード』と表示され、AルームとBルームの映像を切り替えながら見ることができる。
「面白い...」
彼女は小さくつぶやきながら、タブレットに何かメモを取っている。
『朝比奈:他者との距離を保とうとする傾向。家族関係に問題あり。承認欲求を否定することで自我を保持。弱点→孤独感を突かれると防御が崩れる可能性』
『タカシ:承認欲求が強い。他者からの評価に依存。家族からの理解を求めている。弱点→才能のなさを指摘されると自我が崩壊する』
『カモシダ:介護経験あり。母親への複雑な感情。弱点→母親の死への罪悪感』
『ミチル:介護現場でのトラウマあり。何かを隠している。弱点→過去の『事故』について追及されると...』
ミサキがタブレットを置き、画面の向こうで微かに微笑む。
「みんな、分かりやすい弱点を持ってる」
その時、MCリボーンの顔が小さなウィンドウで表示された。
「ミサキちゃん、調子はどう?」
「順調。予想通り、みんな心の傷を抱えてる」
「それは頼もしい。でも、あんまり露骨にやらないでよ?バレちゃったら台無しだから」
「分かってる。私は慎重」
「朝比奈って人、どう?一番手強そうだけど」
「確かに観察力は鋭い。でも、そういう人ほど心の隙間は深い」
「ほー、どんな隙間?」
「孤独感。彼は人を信じることを諦めてる。だから、その諦めを利用すれば...」
ミサキの目が冷たく光る。MCリボーンは黙ってそれを見つめる。ミサキの言葉の続きを待っていたのかもしれないが、やがて諦めたように口を開く。
「なるほどね。じゃあ、よろしく頼むよ」
リボーンの映像が消える。ミサキは再び各ルームの観察に戻った。Aルームでは朝比奈とタカシが課題について話し合っている。Bルームではカモシダとミチルが何か深刻な話をしている。
「さて...どこからどう崩していくか」




