3.
画面が白くフェードアウトした直後、切り替わったのは見覚えのあるUI──
Zoomの画面だ。
それぞれの顔が四角いウィンドウに収まって並んでいる。背景は人によって異なり、リビングのままの者もいれば、バーチャル背景のまま取り残された者もいる。
MCリボーンの映るウィンドウだけは、なぜか画質が無駄に4Kっぽくてツヤツヤしている。背景は相変わらず合成雲の上だ。
「は〜い、というわけで、ここからは『控え室タイム』ということで、フリートークに移りま〜す! Zoomなので〜、ミュート外したい人はご自由にどうぞ〜。あと、チャットも使ってOKですぅ〜!」
誰も喋らない。
誰かの生活音が微かに聞こえる。
チャット欄に、唐突に「え?」「今の何?」という書き込みが続く。
最初に音声をオンにしたのはカモシダだった。カメラ映像はオフのまま、名前だけが「KAMOSHIDA(iPhone)」と表示されている。
「……なんなんだよ、この会議。つーか、リボーンとか言うお前、誰なんだよ」
「え? わたしですか〜? あなたがたの『死後候補生選考会』のファシリテーターですよぉ〜」
「死後候補生って何だよ。俺たち死んでんの?」
DJタカシのウィンドウがオンになった。なぜか背景が温泉旅館になっている。
「ちょ、マジでそういうのやめてくれよ……俺、さっきまで飲み会だったんだよ? 気づいたらここで……」
画面の右側に表示されている参加者リストがゆっくりスクロールする。
ASAHINA<カメオン>
DJ_TAKASHI_23
KAMOSHIDA(iPhone)
MISAKI✝︎official
Re:born_MCnandesu<ホスト>
朝比奈のウィンドウが点灯した。
「さっき言ってたよね。『次はプレゼン大会』って。理想の死に様を提示してもらうって」
リボーンが満面の笑みでサムズアップ。
「イエス! 次回は“理想の死に方”を各自プレゼンしていただきます! パワポでも紙芝居でも寸劇でもOK〜! 自分が“どうやって死にたいか”を、本音で語ってもらいま〜す!」
「何が本音だよ……」
DJタカシが呟く。
その直後、画面がちらついた。誰かのZoom背景がバグり、現実の病室のような映像が一瞬だけ映った。
「あ……これ……」
そこに映っていたのは、カモシダに瓜二つの男が、心臓マッサージを受けている場面だった。医師が駆けつけ、ナースが慌ててAEDを準備している。
そのとき、隣の画面で小さくカモシダが小声で「やめろや……」と呟いた。瞬間、朝比奈の目が細められ、口元にわずかに笑みが浮かぶ。
(まだ向こう側で粘ってる奴がいる……なのに、もうこっちに呼ばれてる……皮肉な話だな)
どこか、依然戦争映画で似たシーンを見たのを思い出すのか、薄い既視感が彼の胸を過ぎった。
「今も、俺たちは『死にきってない』。でも、半分はもう……こっちにいる」
MCリボーンの表情が、すっと冷たくなる。
「そう、あなたたちは『未確定ゾーン』にいます。完全な死でも、生でもない。だからこのZoom会議で、『どの死に方を選ぶか』をプレゼンしていただきます。そして、『本採用』されれば、晴れて『死神見習い』に昇格です!」
「え、職業選択なの!?」
チャット欄にDJタカシが「死神ってバイト感覚でなれるの?w」と書く。
ミサキのウィンドウがオンになる。背景は初期設定のままの灰色。彼女の目だけがはっきりと見えていた。
「私はすでに『選ばれた側』。今回はあなたたちを審査するための観察参加」
全員の顔が固まる。
「だから、私は『死神ごっこ』をする必要はないの。現場視察と候補者データの収集のために、ここにいるだけ」
「ちょ、待てよ……お前、最初から……!」
DJタカシが声を上げたが、音声が途中で切れる。リボーンがホスト権限で強制ミュートしたようだ。
「そう、みなさん。ここは『魂のZoom空間』。現世とあの世の間に浮かぶ、『プレ選考ゾーン』です。選ばれなければ、二度とミュートを解除できない存在になります。いわゆる、『未成仏』ってやつですね〜」
カモシダのアイコンが消えかける。だが、薄く再表示された。
「……もう、わけわかんねぇよ。じゃあ、あれか? プレゼンで“自分の死に方”を表現できたら……どうなるんだ?」
MCリボーンはZoomのリアクション機能で拍手のアイコンを浮かべる。
「合格者には『死神推薦状』が届きます! それをもって現世に潜り、『 刈る側』の存在へステップアップです!」
そのとき、唐突にミチルのウィンドウがオンになる。表示名は「MITIRU_虹猫_0731」。背景には合成で巨大なナマズが空を飛んでいる。
「……あの、今、『死神推薦状』って……」
「え、ミチルさん。はい、言いました〜」
「……それ、LINEで送られてくるんですかね?……それとも、猫が虫くわえて持ってくるみたいな……そういう感じですかね?」
リボーンが少し困った顔になる。
「えーと、今はクラウド管理されてますね〜。専用マイページからPDFダウンロード可能です〜」
「……私、機械系全般苦手で、ちょっとできるかどうか…。あの……コンビニとかで『死神推薦状』って印刷できたりしないんですかね?」
カモシダが思わず笑ってしまう。
「ダウンロード済みならデータの印刷は出来るけと……いっそ、ファミマのマルチコピー機から『死神関連』なんてメニューがあったらいいのか?」
「……あるなら『住民票』とかのメニューと並んでてほしいかも……」
タカシが復活する。背景がなぜかディズニーランドになっている。ミュートはまだだが、チャットで入力している。
「じゃあ俺、『たこ焼き食べながら死にたい”ってのでもOK?死因:熱すぎて噛まずに飲んだ→気管に→死亡』
朝比奈が小さく吹き出す。
「それ、たこ焼きじゃなくて兵器だな……」
カモシダもつぶやく。
「むしろ『たこ焼きに殺された男』ってタイトルでプレゼンしてほしい」
リボーンが無表情で言う。
「そういうのは『ギャグ死枠』として別審査になります」
タカシが音声をオンにする。
「ちょ、待って、それ俺の渾身のネタだったのに! 滑ってんの? 俺、滑ってるの!?」
カモシダが真顔で言う。
「ああ。わりと壮絶に」
「なんだよそれ……何なんだよ……!!」
マイクとチャットで掛け合いをするカモシダとDJタカシを後目に、朝比奈がミサキに聞いた。
「ミサキ。あんたが、俺たちのこと『選ぶ側』なんだな」
ミサキは言葉を選びながら呟いた。
「うん。で『決める』のはあんたたち自身。ここで死に方を言葉にできなければ、未来永劫『刈られる側』でしかいられない」
沈黙が走る。
そこに、ふっと声が上がる。
「えっと……」
それは、ミチルの声だった。
「前に……その、介護の仕事してたときに……亡くなる方と関わること多くて……。だから、こういうの、なんか、いやでも想像する癖が……」
一同がミチルに注目する。
「でも……えっと、そういうのって、ちゃんと考えても……まとまらないっていうか……。私、プレゼンとかホント苦手なんで……パスとか……」
リボーンがにっこり笑って首を横に振る。
「パスなしで〜す!」
「ですよねぇ……」
ミチルは小さくうなだれた。
「じゃあ……『いつのまにか布団の隙間に挟まって、そのまま誰にも気づかれず干からびる』……とか、ですかね……」
カモシダが「怖っ」と呟き、DJタカシが爆笑しながらマイクをオンにする。
「ふははははは! えーっと……じゃあ俺も……えー……」
背景がなぜか居酒屋の写真に変わった。
「『死にたい時に死ねる酒場、店長は俺』……みたいな……?」
静寂。
リボーンが言う。
「誰かAED……」
カモシダのほうから、「……二回目のほうがスベってるじゃねえか」と小声が漏れた。
そのとき、Zoom画面の中央に突如「次のミーティングまで:23時間44分32秒」と表示されたカウントダウンが浮かぶ。
リボーンが手を叩くジェスチャーをしながら、笑顔で言った。
「それじゃ〜次回のZoomテーマは『あなたの理想の死に様』!
準備できた人は、『生前の服装』でも、『変身フォーム』でも、『ナレーション形式』でも自由にOK!
Zoomリンクは自動で送信されま〜す!忘れずにログインしてね〜〜〜☆」
ピンポン、という通知音とともに、全員の画面が一斉に強制終了された。
ログアウト後の真っ暗な画面に、一瞬だけ浮かんだ文字。
【──あなたの死に様、誰が笑うか。】
そして、すべてが消えた。




