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2.

「さてさて!ではでは本日2つ目のコーナー、行ってみましょうか〜!」


MCリボーンがまたしても合成背景の雲の上から手を振る。天界らしい荘厳さは相変わらず微塵もない。


「名づけて──」


「死神大喜利〜セリフで刈り取れ!」


「はい〜!というわけで、このコーナーは、あなたが“死神”になりきってもらいま〜す!」


リボーンが指を鳴らすと、背景が一瞬で夜の病室に切り替わる。蛍光灯がちらつき、点滴の管が揺れている。カメラがズームすると、ベッドには初老の男性が横たわっている。


「こちら、本日のお題となる『対象者』──山田タケシさん、72歳。脳出血から奇跡的に意識が戻りかけてますが、医者は『時間の問題』と。ご本人は『孫の結婚式を見るまでは死にたくない』と繰り返してます。さあ、あなたは死神としてこの人を刈り取らねばなりません。どう言って殺しますか?」


参加者の誰も動かない。MCリボーンが言葉を続ける。


「ま、考えてるだけじゃ分からないんで、とりあえずやってみましょう! それでは順番に行きましょうか!まずは──DJタカシくん!」


「…お、俺か!? おう、任せろ!」


戸惑いながらも元気よくDJタカシが返事をする。


「いきますよ~! 『苦しい〜! でもまだ死ねない!! 孫の結婚式を見るまでは死にたくない!!!』」


タカシが咳払いして構えた。


「じゃ、披露宴の余興で死にましょっか!」


タカシが勢いよく言い、沈黙が続いた。まるで時間が止まったような間。オンラインでなかくその場にいあわせていたら、目を合わせる人間すらいないような。


「……あれ?」


タカシが小声でリボーンに尋ねる。「これ、拾ってくれるやつじゃないの?」


「いや……その……一応言葉の刃ではあったけど、あの……バルサン炊いた後みたいな静けさ出てた」


「えええ……バルサン?」


「うん……煙で虫の鳴き声全部消えたみたいな……言葉の刃ってか、言葉のバルサン……」


「……」


「うん……」


「……あ、あの、も1回いいすか?……も1個あるんで」


「……あ、はい、後でまたね。はい、気を取り直して……、それでは続いてカモシダさん!」


カモシダが無言で頷く。腕を組んで緊張を誤魔化すように、唇をギュッと噤んでいる。


「いきますよ〜! 『苦しい……けど……孫の結婚式が終わるまでは……!』」


「その願い、すでに子供さんの寿命を削っています」


ピタ、と空気が締まる。数人が「うわ……」と漏らすように反応した。


「求められてない……、子供に孫の結婚式の出席、求めらてないパターン……!! キマってますね……カモシダさん、死神の才能、あるかもしれません……!」


「うわ……なんか……ちゃんとしてる……」


「俺のより全然良かったわ……」


カモシダの回答に、朝比奈は口元だけで少し笑った。カモシダの思っていることが何となくわかったような気がしたのだ。


「……死神の資格とか、よくわからないけど……、俺も親が生きてた時、よく結婚しろとか、付き合ってる人はいないのかって言われて、死ぬほどムカついてたから…… それこそ寿命が縮むくらいに。」


カモシダのコメントに、また空気が締まった。音が聞こえそうにうるさくて重苦しい沈黙が降りる。


「……なるほど。……あ、ありがとうございました~!!では続いて〜!その微笑みが実は闇を抱えてそうで気になってます!朝比奈さん!いってみましょう!!」


朝比奈は少し頷いて、眼鏡の位置を直す。


「いきますよ〜! 『苦しい……けど……孫の結婚式が終わるまでは……!』」


「山田さん、気をしっかり。あなた、お孫さんどころか子供さんもいないでしょう? 結婚できない末代の穀潰しなんですから」


朝比奈の声は静かだった。落ち着いていて、むしろ優しいとさえ感じさせる口調。それが逆に、冷え冷えとした言葉の内容を際立たせる。


リボーンが口を開くまで、ほんの一瞬、Zoomの画面にいる全員が息を呑んだように見えた。


「うわあ〜〜朝比奈さん、えぐ……!今の、ガチで刈ってた!いやもう、“鎌”いらないね。ワードだけでイケてます!」


「言葉で始末できる死神って一番こわいタイプじゃん……」


「お孫さん、実在してない説まで出ちゃったもんね……」


「いや、孫どころか、山田さん本人の存在も危うい……」


リボーンが明るくリアクションを繋げようとするが、朝比奈自身は特に感情を表に出すことはなく、ただ軽く首を傾げた。


「はいっ、ありがとうございました~!さ〜て次はこの人!カモシダさんと介護つながり!!舞い降りた介護の女神、ミチルさん!」


「……以前に仕事で介護してただけなんで、つながりってわけじゃ。えっと、……パスとかできないんですか? 私こういうのパッと思い付けなくって……」


「そんなこと言わずに~! MCリボーン、ミチルさんのこと逃がしません!!やったら楽しくなるから!はい、セリフ再生いきます!」


「『結婚式で……孫の……笑顔が……見たいんだ……』」


ミチルは爪をいじりながら、カメラの方を見ずにつぶやいた。


「お孫さん……今日婚約破棄されたそうです、ご自身の浮気が原因で。」


リボーンが顔を覆った。


「うわぁぁぁ〜〜!希望にトドメ刺す系〜!スキャンダル速報が死神の口から出た〜!」


ミチルは上目遣いで肩をすくめた。


「なんか妙にリアルに聞こえますね~!臨場感たっぷり!!」


「……その、今までの彼氏、全員に浮気されてたんで。……家族に祝われる結婚とか、何贅沢言ってんだ、って。……浮気者には、結婚も家族も贅沢だろ、って。」


ミチルの言葉にまたしても場が凍りついた。MCリボーンの顔色が段々と悪くなっているのは目の錯覚じゃないのかもしれなかった。


「……さすが、さすがでございます、ミチルさん。……あれ?あれれ?ここであいつが名乗り出たぞ!?DJタカシくん、2周目!?まさかの再挑戦!?」


「リベンジさせてくれ!俺の本気はここからだ!」


「最高ですね~!若さゆえの無鉄砲!!さあ、地獄のDJタカシターン、アゲイン!」


「『孫の結婚式……まだ……』」


タカシが拳を握って叫ぶ。


「その結婚式、今日だと思って来たら来週でした〜〜!ドッキリでした〜!」


静寂が一瞬で降りてきた。MCリボーンがすっと目を伏せた。


「……誰かAED持ってきて……会場の“笑いの心拍数”が止まりそう……」


「いや!会場とかないから!!ここZoomだし!!」


「うんうん、そうだよな。わかるわかる。おまえに必要なのは、山田さんのお孫さんの結婚式じゃなくてお前のZoomの葬式だよな」


「酷くね!?MCリボーンがそんなヤツだなんて思わなかったぜ!!」


「きっと天国にもZoomあるから、オンライン供養してやるよ」


「意味わからんけど酷いこと言わてる感じが嫌だ!!」


MCリボーンが笑いながら、最後のメンバーに向き直った。


「さぁ〜て、そして……我らがミサキさん!トリをお願いします!」


ミサキは一歩も動かずに目を伏せたままだった。


「やらない。」


「え〜?ちょっとだけ!ちょっとだけでいいから〜!」


「無理。寒気がする。」


リボーンが困ったように笑って、助けを求めるように周囲を見渡す。当たり前のことだが、Zoomなので周りには誰もいない。


「いやいや、そこをなんとか〜!さくっと!さくっとでいいから!』


「さくっと魂を刈れって、無茶苦茶じゃない?」


MCリボーンがタジタジになりながら言葉を探していると、横からタカシが割って入った。


「なあミサキちゃん、ちょっとだけでいいから。みんなやってるし、空気壊したらさ──」


ミサキは鋭い目でタカシを見据えた。


「『空気を壊す』ことと、『空気に従う』ことの違いもわからない。

それ、死神じゃなくてただのピエロ。」


その瞬間、会場の温度が数度下がったかのような静寂が訪れた。

MCリボーンが少し引きつった笑みを浮かべる。


「…えーっと、なんというか……見事な……『空気ごと刈り取るスタイル『」ですね……!」


沈黙を破ったのは、ふと漏れた朝比奈の声だった。


「でも……あなたが何も言わない方が、余計気になっちゃうけどね。」


ミサキがゆっくりと彼女の方を向いた。


「気になる……?」


「うん。『本当は何を言うつもりだったのか』ってさ。」


しばらく沈黙が続いた。やがてミサキは、顔を背けてため息を吐いた。


「……本当にやらなきゃダメ?」


リボーンが小さく拍手しながら言った。


「もちろん無理強いはしませんがぁ〜!ミサキさんの言葉はみんな待ってます!

きっと『魂震える名台詞』なんだろうな〜〜って!」


ミサキは冷たい目を向けたが、数秒後、あきらめたように小さく頷いた。


「……仕方ない。」


「はいっ!そうと決まれば早速!!タケシさんのセリフ再生しま〜す!『孫の結婚式だけは……見せてくれ……』」


ミサキは目を閉じたまま、静かに口を開いた。


「ガタガタ言う前に税金払えよ、この税金チューチュー高額医療制度タダ乗り野郎」


リボーンは押し黙った。ほかの誰も誰一人笑わないし何も言わなかった。


「……これは……『言葉の暴力、モデル社会派』とでも言うべきか。……えぐい……」


再び空気は凍りつき、誰も声を発せなかった。


「と、とにかく!本日の“死神大喜利”、これにて終了〜!次回は、プレゼン大会!

あなたの理想の死に様”を競ってもらいます!審査員には……ついに『本職の死神』が登場!?」


画面が白くフェードアウトしていく。MCリボーンの声が段々遠くなっていく中、タカシが一人つぶやく。


「……俺、もうボケたくない……」


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