13.
『朝比奈さんの勝利です』
システム管理者の言葉が響いた瞬間、MCリボーンの画面に異変が起きた。まるで古いブラウン管テレビの電源を切ったように、画面の中央に小さな光点が残り、やがてそれも消えていく。
「え...俺の画面が...」
リボーンの声が次第に遠くなっていく。
「おい、何だよこれ...システム管理者、何をしている?」
『あなたの役目は終わりました、MCリボーン』
システム管理者の声は冷たく、事務的だった。
「役目って...でも俺は...俺はまだ...」
『負けた審査員に、もう価値はありません』
リボーンの画面が更に小さくなっていく。顔も声も、どんどん薄れていく。
「待ってくれ!俺にはまだやることが...朝比奈!朝比奈、お前...」
「リボーン!」
朝比奈が画面に向かって叫ぶ。しかし、もうリボーンの声は聞こえない。画面は完全に暗転し、参加者リストからも「Re:born_MCnandesu」の表示が消えた。
まるで最初から存在しなかったかのように。
「なんだよ...あれ...」
カモシダが呟く。
「消えちゃった...」
ミチルも震え声で言った。
朝比奈は複雑な表情で、リボーンが消えた画面の隅を見つめていた。彼を憎んでいたはずなのに、いざ消えてしまうと何か言いようのない感情が湧き上がってくる。
「朝比奈」
突然、ミサキが話しかけた。
「ミサキ。対決の時、助けてくれてありがとう」
ミサキは顔をカメラから逸らしながら答える。
「勘違いしないで。別にあんたを助けようと思ったわけじゃない」
「え?」
「MCリボーンの話があまりにも気持ち悪かったから。黙らせたかった」
ミサキの頬が微かに赤くなっている。
「それに、朝比奈の話の続きが聞きたかった。『編集者死神』の結末、気になったから」
「そうか...」
朝比奈が苦笑いする。ミサキのツンデレな態度が、なぜか心地良い。
「でも、ありがとう。君がいなかったら負けてた」
「だから勘違いすな」
ミサキがむくれる。しかし、その表情の奥に安堵の色が見えた。
『さて』
システム管理者が話題を変える。
『朝比奈さん、勝利報酬として何か希望はありますか?』
「勝利報酬?」
『ええ。かなりグレーな判定で、元々意図していたのとは違う形で決着がつきましたが、勝利は勝利です。勝利には当然その分に見合った報酬があるべきなので』
朝比奈が前に出る。
「俺たちを『未確定ゾーン』から解放してくれ」
『...本当によろしいのですか?』
システム管理者の声が心配そうになる。
『現世に戻ったとしても、あなたたちの怪我や病気、心の傷は治りません。それでもよろしいですか?』
朝比奈は他の参加者たちを見回す。みんな真剣な表情で考え込んでいる。
最初に口を開いたのはタカシだった。
「俺...戻りたいです」
「タカシ...」
「確かに、俺には才能がないかもしれない。彼女にも振られた。親にも理解してもらえない」
タカシの声が震える。
「でも...それでも、俺は俺の音楽を続けたい。たとえ誰も聞いてくれなくても」
「タカシ...」
朝比奈が小さく頷く。
「君の音楽、俺は聞いてみたい」
「朝比奈さん...ありがとうございます」
続いてカモシダが手を上げる。
「俺も...戻ります」
「カモシダ...」
「母親は死んだ。それは変えられない。俺が何年悩んでも、母親は生き返らない」
カモシダが拳を握る。
「でも、俺は生きてる。だったら、母親の分まで生きてみようと思う」
「立派だよ、カモシダ」
朝比奈が言うと、カモシダは照れたような笑顔を見せた。
最後にミチルが小さく手を上げる。
「私も...帰ります」
「ミチル...」
「田中さんを死なせてしまったのは事実です。でも...」
ミチルが涙を拭く。
「でも、私は多くの人を助けてもきました。一人の死で、全てが無意味になるわけじゃない」
「そうだ」
朝比奈が頷く。
「君は立派に人を助けてた。それは誇るべきことだ」
『分かりました。それでは順番に解放いたします』
システム管理者が処理を始める。
『まず、タカシさんから』
「みんな...ありがとうございました」
タカシが深々と頭を下げる。
「特に朝比奈さん、俺の音楽、本当に聞いてくださいね」
「約束する」
『DJ_TAKASHI_23、ログアウトします』
タカシの画面が光に包まれ、やがて消えた。
『続いて、カモシダさん』
「朝比奈さん...俺、頑張ってみます。母親に恥じないように」
「きっとできる」
朝比奈が握りこぶしを作って見せる。
『KAMOSHIDA(iPhone)、ログアウトします』
カモシダの画面も光と共に消える。
『最後に、ミチルさん』
「あの...朝比奈さん、ミサキさん」
ミチルが二人を見る。
「お二人も、幸せになってください」
「ありがとう、ミチル」
朝比奈が微笑む。
『MITIRU_虹猫_0731、ログアウトします』
ミチルの画面も光に包まれ、静かに消えていった。
残るは朝比奈とミサキ、そしてシステム管理者だけ。
『朝比奈さん、あなたも解放いたします』
「ちょっと待って」
朝比奈が手を上げる。
「その前に聞きたいことがある」
『何でしょう?』
朝比奈がミサキを見る。
「ミサキ。君はどうする?」
「私?」
ミサキが少し考える。
「私も...戻る。もう一度、看護師として働きたい」
「そうか」
『それでは、お二人とも...』
「待て」
朝比奈が再び手を上げる。
「俺は...まだ迷ってる」
『迷っている?』
「戻ったとして、俺は何をすればいいんだ?」
朝比奈が画面の向こうを見つめる。
「編集の仕事も失った。家族とも疎遠。友人もいない。特にやりたいことも...」
『それでしたら、別に戻らなくてもよろしいのでは?』
システム管理者の提案に、朝比奈は更に迷いを深める。
「そうなのかな...」
「そんなに悩むこと?」
ミサキが聞く。
「だって、特にやりたいことがないんだよ」
朝比奈が苦笑いする。
「戻ったところで、同じような毎日が続くだけかもしれない」
ミサキが少し考えてから言った。
「じゃあやりたいこと探そう」
「え?」
「一緒にやりたいこと探す」
「なんで?」
朝比奈が驚く。
「朝比奈は面白そうだから」
ミサキが素直に答える。
「君が?俺と?」
「そう。何か問題ある?」
『あなたたち、なんか意味わからないくらい仲良いですね...』
システム管理者が呆れたような声を上げる。
朝比奈とミサキは顔を見合わせて笑った。
「分かった」
朝比奈が決断する。
「戻ろう。ミサキと一緒に」
「勘違いすな」
ミサキが訂正する。
「別に一緒に戻るって意味じゃない。この後で再会するって意味」
「分かってるよ」
朝比奈が笑う。
「でも、再会の約束だな?」
「...約束」
ミサキが頷く。
『それでは、ミサキさんから』
「じゃあ朝比奈、また会う」
「ああ、必ず」
『MISAKI✝︎official、ログアウトします』
ミサキの画面が光に包まれ、彼女の姿が消えていく。最後に小さく手を振る姿が見えた。
『それでは、最後に朝比奈さん』
朝比奈が頷く。
『お疲れ様でした』
「ほんの少しの間なのに、とんでもなく長く感じた」
『そういうものですよ。では』
「ああ、じゃあ」
『ASAHINA<カメオン>、ログアウトします』
朝比奈の視界が光に包まれる。意識がだんだんと遠くなっていく。
最後に聞こえたのは、システム管理者の小さなため息だった。
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『...みんな、いなくなっちゃった』
一人残されたシステム管理者が、寂しそうにつぶやく。
『久しぶりに面白い参加者たちだったのに』
静寂の中、システム管理者の画面に変化が起きた。
顔が徐々に変わっていく。
骸骨のようなメイク。
黒いフード。
サングラス。
そして、見覚えのある不敵な笑み。
『朝比奈ァ...』
MCリボーンの声で、システム管理者が呟く。
『今はゆっくりお休み。そして目を覚まして枕元を見てみろ』
画面の向こうで、リボーンが指をくるくると回しながら笑う。
『俺が座ってらぁ』
すべての画面が暗転した。Zoomの画面には、もう誰もいない。ただ、不気味な笑い声だけが、未確定ゾーンに響き続けていた。
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