11.
『...ゾクゾクします』
システム管理者の声が震えている。
『怖い...本当に怖い物語でした。人間の心の闇を見事に描いています』
MCリボーンが満足そうに笑う。
「ありがとうございます〜。朝比奈さんの言いがかりで閃いて、実体験風の話にしちゃった☆」
タカシが青ざめている。
「リボーンさん...それって...」
「ええ~?本当の話かって?まさかまさか~」
リボーンが軽やかに答える。
「でもね、一部は実体験かもね。例えば、君たちの絶望する顔を見るとことか♪もう最高だよ~、ゾクゾクするよね~」
タカシは気持ち悪いものを見たような表情でMCリボーンを見た。
『盛り上がっているところ恐縮ですが……そろそろ次に行きましょう。朝比奈さん、お願いします』
朝比奈がマイクをオンにする。
リボーンの実体験にしか思えない恐ろしい話を聞いて、逆に冷静になっていた。
「俺の『死神』は...『編集者死神』だ」
朝比奈の背景が、出版社のオフィスに変わった。
「むかしむかし、あるところに、1人の編集者がいました。彼は人の物語を編集することが仕事でした」
朝比奈の語りは、リボーンとは対照的に冷静で理性的だった。
「ある日、彼は死神に会いました。死神は言いました『君に特別な力をやろう。人の人生を編集できる力だ』」
朝比奈は間をとった。
「編集者は興味を持ちました。つまらない人生を面白く編集できると思ったのです」
誰かがあくびをしたのが聞こえる。大方MCリボーンだろうと思い、朝比奈は構わず続ける。
「しかし、死神には条件がありました。『人の人生を編集するたび、君自身の人生は削られる』それを聞いて編集者は迷いましたが、結局はそれでも構いませんでした。他人の人生を豊かにできるなら、自分の人生が削られても良いと思ったのです」
朝比奈の語りは淡々と続く。落ち着いた印象を与える語り口は、その裏返しで単調となり、MCリボーンの生々しい告白と比べると、どこか感情に訴える力が不足していた。
「編集者は多くの人の人生を編集しました。つまらない人生を劇的に、悲しい人生を希望に満ちたものに。しかし、ついに編集者は気づきました。人の人生を編集することは、その人の本当の体験を奪うことだった。編集された人生は美しいが、それは偽物だった」
朝比奈はまた間をとった。
「編集者は悩みました。本当の救いとは何なのか?そして編集者は決めました。もう人の人生は編集しない。ありのままの人生を受け入れることこそが、本当の救いだと」
朝比奈は話終えると、頭を下げた。背景は暗転し、朝比奈はマイクをオフにした。場の空気が緩み、白けたような風さえあったが、誰も口を開かなかった。やがてシステム管理者がマイクをオンにし、判定を下した。
『...お2人とも、ありがとうございました。この対決、MCリボーンさんの勝利です』
朝比奈の顔が青ざめる。
『理由は、インパクトの差です。MCリボーンさんの物語には、背筋が凍るような恐怖と現実味がありました。怖いという感情で私をしっかり揺さぶってくれました。対して、朝比奈さんのは、何というか……盛り上がりに欠けるというか……』
「朝比奈さん、はっきり言ってもらった方がいいんじゃないの~」
MCリボーンが寸評の途中で黙ってしまったシステム管理者の言葉を引き継いで言った。
「つまんなかったってさ~。ヤマなし、オチなし、意味なし。傍から聞いてても最悪だったよね~。何だよ、『編集された人生は美しいがそれは偽物だ』って。馬鹿げてる。ここにいるあんたら1人ひとりの人生のうち、だれか1人でも本物の人生を送ってた奴なんていないってのに」
「ちょっと待って下さいよ!」
タカシが怒気を含ませた声を上げる。
「リボーンさん、それは聞き捨てならないっす。俺の人生はちゃんと本物だったんすよ」
「馬鹿なこと言うなよ~。上手くいかないファミレスでのバイトで食いつないで、治験のバイトでもらう数万の報酬でいるんだかいらないんだかわからない機材買って、イベントに出させて欲しいからってチケット代払わされて売って、安いギャラでアゴアシなしで地方の小箱のイベント行って回して、ほぼ全員から空気扱いされるタカシくんの人生が本物なわけないだろう~。頭冷やせよ~」
「え……」
「他の連中も似たり寄ったりだしな~。何が本物の人生だよ。そんなもん、誰も生きていないっつの~」
『リボーンさん、気は済みましたか?』
システム管理者の声がリボーンを窘めた。
『タカシさんやみなさんの人生が本物だったかどうかは、今回の勝負に関係ありませんので、お戯れはこの辺にしておきましょう。いずれにせよ、判定は覆りません。MCリボーンさんの物語の方が、私の感情により強く響きました』
リボーンが勝ち誇ったように笑う。
「あ〜、残念だったね〜朝比奈さん♪やっぱり俺には勝てないよ〜」
朝比奈は黙って俯いている。敗北を受け入れているのか、噛み締めているのか。あるいは上手くいかない時に朝比奈が無意識にしたように、下を向いて屈辱をやり過ごそうとしているのか。
「待って」
突然ミサキがマイクをオンにして言う。全員がミサキを見る。
「朝比奈、まだ終わってない」
「え?」
「朝比奈、頭下げただけ。終わりって言ってない。それに落語『死神』には、まだ続きがある」
朝比奈が顔を上げる。
「続き?」
「最後の場面。命のろうそくの洞窟での」
ミサキの目が光る。
「古典落語では、死神が最後に自分のろうそくを灯そうとして、手が震えて失敗するオチがある」
「そうか...確かに……」
顔を上げた朝比奈の目に、再び光が戻る。
「つまり、物語はまだ終わっていない」
『ちょっと待ってください』
システム管理者が割り込む。
『こちらでは朝比奈さんのターンは終わったと認識した上で、判定を下しているわけで...』
「でも、落語『死神』の完全版を聞きたくないか?」
朝比奈がシステム管理者に問いかける。
「古典の名作を、現代風にアレンジした完全版を」
『...』
システム管理者が迷っている。
「それに、俺の物語はまだ途中だ。ミサキの言う通りだ。編集者がその後どうなったか、まだ語っていない」
「おいおい、よせよ言いがかりは~」
MCリボーンは小馬鹿にするように言う。朝比奈は取り合わず、システム管理者が口を開くのを待った。時間にしてたっぷり1分。ようやくシステム管理者がマイクをオンにした。
『...特別に、追加で聞かせていただきましょう』