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1.

「こんにちは、こんにちは、お名前を聞かせていただいてもいいですか?」

「朝比奈、朝比奈です。朝比奈和夫、今年で38歳になります」

「どうも朝比奈さん、こんにちは。今日の司会を務めさせていただきます、MCリボーンです。よろしくお願いしまーす」


画面の向こうで手を振るMCリボーンは、黒いフードにサングラス、口元だけがにやけた骸骨のような白塗りメイク。背景は合成っぽく、雲の間から血のような太陽が覗くホラーテイスト。けれど、声は妙に明るくて、NHK教育の子供番組感。右下に小さく、「【運営】MCリボーン(天界倶楽部)」という表示がでている。司会というのは嘘ではないのだろう。私は挨拶を返した。それを見て満足そうに頷くMCリボーン。


「はい、それでは皆様お揃いですので、ただいまより《天界倶楽部・第44回 死にたい方限定Zoom面接会》を開催いたしまーす!」


脳天気な声の後に安っぽい効果音が入った。 画面にはMCリボーンを含めて、5つの小さなウィンドウがある。全員カメラはオン。だが、やや照れくさそうだったり、微妙に暗かったり、寝ぐせがひどかったり。男女比は4:1。若いやつが3人に歳食ったやつが1人。それに白塗りメイクの年齢不詳がもう1人。自分も含めるなら、若くないやつがもう1人追加の勘定になる。


「じゃあまずは軽く、自己紹介していきましょうかね〜。お名前、ご所属、年齢、それからやってみたい死に方、今日の面接かいに参加する意気込みをそれぞれ教えてくださ~い。言いたくない方は言わなくてもいいですけど、その代わりに何か一発芸お願いできたら、リボーンとっても喜んじゃう! それでは、早速参りましょうか~、では、エントリーナンバー1番のカモシダさんからどうぞ~!」

「……あ、俺? ……あ、はい」


カモシダと呼ばれた男が、慌てて前かがみになる。口元に手をやる癖があるのか、何度も画面の中で鼻の下を撫でている。27歳くらいと事前の紹介にあったが、実年齢より老けて見える。後ろには洗濯物、カーテンは閉められていない。生活感というより、生活の疲れがそのまま画面に映っている。


「えっと……カモシダっていいます。年齢は27で、バイトは今してないです……えー、死に方……とかって言われると、あんまり、ちゃんとは考えてなかったんですけど……あ、でも、あれです。硫化水素、自分でやろうとして、失敗したことあるんで……それ、ちょっと、未練あるっていうか」

「おお~!経験者は語る!再チャレンジ枠ですね~!」


MCリボーンが手を叩く。カモシダは愛想笑いを浮かべて苦笑したが、表情にはどこか諦めたような色があった。


「じゃあ次は、ミチルさん、お願いしまーす!」


画面の右端、暗めの部屋で照明を真正面から受けている女性が少しだけうなずいた。


「ミチルです。32歳。……前は介護士してましたけど、辞めてからは無職です。えっと、死に方って、ずっと前から、凍死に興味があります。あったかいのに冷たいって感覚が、ちょっと変で……。今日の参加は……うーん、なんとなく。LINEで来て、暇だったんで……」


声は小さく、芯がない。画面越しでも、疲弊して戸惑っているような感じがにじんでいる。


「凍死!すてきー!自分で温度調整ができる死に方って、芸術点高いんですよね〜!」


誰が審査するのかもわからないのに、MCリボーンはノリノリだ。次いきましょう、の声がかかる。


「じゃあ、続いて……エントリーナンバー3番、タカシくん!」


画面左下。若い男が画面いっぱいに顔を近づけている。20代前半。色の抜けた金髪に、顎ヒゲ。エントリー時に「DJです」と書いてあったが、背景のクラブミュージック風の壁紙がその証拠だろうか。


「Yo!俺、DJタカシっていいます!本名はナカムラタカシでーす。年齢は24!やってみたい死に方は、えー、クラブで爆音流してて、そのままスピーカーに飛び込んで爆発する感じ?つまり、音で死にたいッスね。ぶっちゃけ、俺、死にたいっていうより、世界が終わればいいって思ってるっす」


一瞬、画面が静まった。


「うーん、破壊願望っていうのもね、立派な死への欲求ですから!DJタカシくんは、“転生型”かな〜。リボーンも注目!」

「やべ、リボーンさんノリいいっすね。マジ天界来た感じっす」

「はいはい、では続いて、朝比奈さんいっちゃいましょうか!」


不意に指名されて、私は小さくうなずいた。


「朝比奈です。38歳。元は出版社で編集をやってましたが、今は無職です。死に方は……あんまり考えてないです。というか、よく寝落ちしてるんで、寝てそのまま……が理想かもしれません。意気込みっていうほどじゃないですけど、なんというか、そろそろ潮時かなっていう気分です」


誰も何も言わなかった。言葉を選びかねていたのかもしれない。けれど、MCリボーンはあくまで明るく、こう言った。


「なるほど〜“眠り系”ですね。これは天界でも重宝されてます。はい、眠りの申し子、エントリー完了でーす!」

「最後に……我らがミサキさん、お願いしまーす!」


画面右上にいる女が、静かに微笑んだ。黒髪を肩で切りそろえ、やや大きめのマスクをしている。目元だけが、妙に生々しい。


「……やりたい死に方?そうね、誰かと一緒に落ちたいわ。高い場所から。愛があるなら、それがいちばん美しいでしょ」


声はゆっくりで、冷たい。けれど、どこか甘やかだ。他の参加者たちは、息をのんだように黙っていた。


「美しい死!でました~、リボーン大好物なやつ〜! 皆さん一人一人個性が抜群で、リボーンぶるぶる震えちゃいました~! そんなわけで今日も粒ぞろいの参加者の皆さんにお越しいただいてますが、皆さんこちらの面接会に参加されるきっかけって何だったのか聞いてもいいですか~?ミチルさんはLINEで誰かから紹介してもらったということなんですが~、他の皆さんいかがでしょう~?」


画面に沈黙が走った。誰かが口を開きかけて、また閉じる。MCリボーンは慣れているのか、焦る様子もなく、にこにこと骸骨の笑みを浮かべている。しばらくして、カモシダが小さく手を挙げた。


「……あの、俺もLINEです」

「おっ、またもやLINE経由~!誰からですか?」

「えっと……名前は伏せますけど、前に勤めてたコンビニの同僚です。そいつも……前に来たことがあるって。で、『面白いから一回は見といたほうがいい』って」

「なるほど~!いいですねぇ、リピーターの紹介は信頼の証!天界倶楽部、サクラは使ってませんからね〜!」

「……その人、今はもういないですけど」


MCリボーンの手が一瞬だけ止まった。その微かな間を埋めるように、すぐに次の声が続く。


「俺はインスタっすね」


DJタカシが、スマホを振りながら画面に映る。


「たまたま、病んでた夜に“#もう限界”ってタグ漁ってたら、たどり着いたっす。怪しい広告っぽかったけど、逆にアガってきて。サイトも中二病くさくて好きで。で、気づいたらポチってました」

「SNS経由〜!ありがとタカシくん、ハッシュタグ文化が生んだニュータイプですね~!この業界でも、自己申告型は伸びしろアリ!」

「いやー、ほんとリボーンさん、マジでパリピっすね」

「いえいえ〜、天界ではテンション高いのが正義なんで!」

「……私は、メールです」


今まで口を閉ざしていたミサキが、ふと口を開いた。


「差出人は不明。『あなたの死に場所はこちらです』って。それだけ。件名も、本文も、それだけ。URLがあって……なんとなく、開いた。ふしぎと、迷わなかった。きっと、運命」

「おお~~~、来ましたミステリアス枠!!リボーン、ゾクゾクしちゃう~~。これが“招かれた者”感ですよ皆さん。死神がピンポイントで勧誘しに来るパターンですね!」


他の参加者は笑わなかったが、画面に漂う沈黙は、どこか納得を含んだ静けさだった。


MCリボーンが手元の台本らしきタブレットに視線を落とし、次の話題に切り替える。


「なるほどなるほど〜、皆さん“死にたい”っていう言葉の裏に、ちゃんとそれぞれの物語があるってことですね〜。ではここからは、ちょっとだけ踏み込んだ質問してもいいですか~? はい、ドーンときましたQ&Aタイム~!」


再びチープなSEが流れる。「キラリ~ン!」という効果音とともに、画面の中央に白抜き文字で「人生のどん底トーク大募集!」と浮かび上がる。


「ではですね、皆さんが、あ、もう無理だな、ってなった瞬間、つまり、死を意識することになった具体的な出来事、よろしければ教えていただけますか〜? さすがにこれは嫌な方はスルーでOKですが、共有してくださった方にはリボーン特製、来世ガチャ券を差し上げま〜す!」


タカシが即手を挙げる。


「来世ガチャ!それ欲しいっす!」

「ありがとうタカシくん!ではタカシくんからどうぞ!」

「えー、単純っすよ。彼女にフラれた、ってだけ。でも、そいつに『お前は一生、何かになれないまま死ぬタイプ』って言われて、グサッときた。『DJって言ってるけど、誰もお前の音楽聴いてないじゃん』って。それで、ガチでスピーカーに頭突っ込もうとして……まぁ爆発はしなかったっすけどね」

「うんうん、そういうの、全部、来世に持っていきましょう!ありがとうタカシくん!」


他の参加者たちは、黙って聞いていた。タカシの軽さが浮いて見えたが、同時に、その軽さの裏に重い何かが見えたようでもあった。


「では次、カモシダさん、いけそうですか〜?」


カモシダは一瞬ためらったが、口を開いた。


「……親の介護が……終わって。終わったっていうか、死んだんですけど。その瞬間、あ、もう誰にも必要とされてないなって思って……家に一人でいるのが、無理になった。それだけです」

「ありがとうございます、カモシダさん……そういう“役目”が終わったあとの空白、これ、超大事なテーマなんです。天界倶楽部でも注目のカテゴリー、孤独系です!」

「……軽く言わないでください」


カモシダがぽつりと言った。MCリボーンは一瞬、表情を止めたように見えたが、それすらも演出のうちだったのかもしれない。


「……はい、ごめんなさい。そうですよね。軽く聞こえちゃったら、それはリボーンの落ち度です。ありがとう、真面目に答えてくれて」


画面の空気がわずかに引き締まったところで、MCリボーンが笑顔を戻す。


「さあ、では朝比奈さん……いかがですか~?」


私は一度息を吐いた。少し間をあけて、口を開いた。


「俺は……何かが決定的にダメになったわけじゃないです。けど……どこにも所属できなかったんです。会社にいても、家庭にいても、飲み会にいても、どこか浮いてた。だから……あんまり大きなきっかけはないんです。ただ、毎日が少しずつ、しんどくなってった」

「なるほど……“ゆるやか系”ですね。これは実は多いです。天界倶楽部における、最も再現性の高いプロファイル。リボーン、そういう人のケア、得意なんですよぉ〜!」


その声は、なぜか本当に少しだけ、優しく聞こえた。


「それでは、最後に……ミサキさん?」


ミサキは何も言わなかった。けれど、カメラに向かって指先を立てた。


「人をひとり殺した。……もういい?」


静寂。誰も口を開かなかった。


MCリボーンだけが、にっこりと笑ったまま、タイミングを見計らうように言った。


「──ご協力、ありがとうございました。面接会、本編はここからが本番ですよぉ~!」

明日更新します。

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