『忘却の都市』金髪の少女
それから数日間。
俺は仕事に慣れること以上に、周囲との距離を縮めることに力を入れていた。
都市のことを聞いてみたり、世間話を振ってみたり、地方でウケた鉄板ネタを披露してみたり。
とにかく、話せることは全部話した。
みんな、笑顔で聞いてくれる。
でも——
どこか、盛り上がりに欠ける。
笑ってはくれるけど、そこから先が続かない。
俺の話し方が悪いのか? それとも、都会の人ってこういう感じなのか?
そんなことを考えていた、ある日のことだった。
「いらっしゃいませー!」
いつものように、入店のチャイムが鳴って、俺は入り口へと向かった。
そして——そこで、久しぶりに再会した。
黒い制服に身を包んだ男。
すっかり都市の警備隊らしくなっていた。
そう、その名は『霧崎凛』
あの時、部屋に入れてくれた親切な隣人。
今では、俺の中でちょっとした“憧れ”みたいな存在になっていた。
制服姿の彼は、思った以上に似合っていた。
まるで最初からそれを着る事が当たり前だったみたいに、自然だった。
でも——
その隣にいた女性を見た瞬間。
正直、霧崎のことなんてどうでもよくなった。
金色の髪が、光を受けてふわりと揺れる。
姿勢は堂々としていて、それでいて親しみやすい雰囲気をまとっている。
一目見ただけで、目が離せなくなった。
(……誰だ、あの人。)
勤務中だというのに、気づけば霧崎に詰め寄っていた。
声が、少し低くなっていたのは自覚している。たぶん、無意識にドスが効いてた。
「……おい。」
霧崎が少しだけたじろいだのが分かった。 でも、そんなことはどうでもよかった。
「ちょっと、今日の夜、時間作れるか?」
それだけ伝え、今日の約束を取り付ける。
了承した霧崎を見た俺は、二人を店内に案内した。
(くそ、霧崎のやつ……しばらく見ない間に、いつの間にあんな美人と……)
そんなことを思いながら、俺は何事もなかったように仕事に戻った。
その夜。
俺は手土産を片手に、霧崎の部屋を訪ねた。
軽く俺の仕事の話をしたあと、すぐに本題に入る。
「あの女性、誰?」
霧崎は少し驚いた顔をしたあと、あっさりと答えた。
「進藤夏希——俺の指導員だよ。」
名前を聞いただけで、なんか胸がざわついた。
『進藤夏希』 名前まで、なんか綺麗だ。
俺は正直に全部話した。
一目惚れだったこと、気になって仕方ないこと、そして——仲良くなりたいってこと。
それを聞いた霧崎は、笑っていた。
いや、笑い事じゃないんだけどな。こっちは真剣なんだよ。
そこから、夏希さんについて根掘り葉掘り聞いてみたけど、霧崎はあまり詳しくない様子だった。
なんでだよ。なんで聞かないんだよ。 ……いや、逆に仲良くされてても困るけど。
俺の中で、矛盾した感情がぐるぐると渦を巻いていた。
その後、霧崎からよく分からない質問を投げかけられて、なんとなく答えていたら、自然と話は終わった。
部屋を出る頃には、胸の中が少しだけ軽くなっていた。
夏希さんみたいな人も、この都市にはいるんだ。
そう思うと、なんだか明日が楽しみになった。