表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/14

『忘却の都市』住民登録

「じゃあ……とりあえずやることは……」

俺はカバンの中から、案内状に同封されていた都市の手続きマニュアルを取り出した。

ページをめくると、最初に太字でこう書かれている。


——『住民登録は、初日に必ず完了させてください。』


「なるほど、最初の関門ってわけか。」

やらなきゃいけないことは分かった。

問題は……場所だ。

都市は確かに整然としている。 でも、建物が多すぎる。

どれも似たような白い外観で、どこが何の施設なのか、ぱっと見では分からない。

俺がこれまで暮らしていた地方都市も、そこそこ広かった。

けれど、こんなに建物が密集していて、どれが何の建物か分からないなんて事は無かった。


「……仕方ない、聞いてみるか。」

勇気を出して、通りすがりの女性に声をかけた。

「あの……すみません。住民登録って、どこでできますか?」

女性はこちらを振り向く。

あくまで俺のイメージだが、表情は無機質というか、なんとなく感情の起伏が薄い気がする。

やっぱ田舎民には都会の人達は厳しいのか……なんてことを思っていると、女性は少し考え込んだあと、無言で手招きしてくれた。

「え、あ、ありがとうございます!」

俺は慌ててその後をついていく。

何度か大通りの道を曲がりしばらく歩くと、目的の建物が見えてきた。

お礼を言うと、その女性は軽くお辞儀をして、そのまま去っていった。

無口な人だったけど、すごく親切だった。……あと、ちょっと良い香りがした。


建物に入ると入り口のすぐ近くに受付カウンターがあり、何人か制服を着た女性が座っていた。

その中の住民登録と書かれた札の所に向かう。

「住民登録に来たんですが……」

「かしこまりました。新しい住民の方ですね。こちらへどうぞ。」

案内された先は、ここでも白を基調とした静かな部屋。

中には見たこともない機械がいくつか並んでいる。

「そちらにおかけになって、少々お待ちください。登録が完了しましたら、こちらの受付にお戻りください。」

そう言って、係の女性は部屋を出ていった。


椅子に腰を下ろして数分。

突然、目の前の機械からホログラムが浮かび上がった。

「うおっ!……なんだこれ?」

思わず声が漏れる。

立体的に浮かび上がったのは、都市全体の構造図のようだった。

まるで都市そのものが、ひとつの巨大な装置のように見える。

そして、あのゲートで聞いたのと同じ、女性のような柔らかな機械音声が流れ始めた。


「ようこそ、都市オブリビオンへ。 この都市では、すべての住民が最適な環境で生活できるよう設計されています——」


都市の仕組み、ルール、注意事項。

次々と映し出される情報に、俺はただ圧倒されるばかりだった。

「……すげぇ……」

まさに、これから新しい人生が始まるんだ。 そう思うと、胸の奥がじんわりと熱くなる。

「以上でご案内は終了となります。 最後に、こちらに手をかざしていただけましたら、登録が完了します。」

目の前に、手のひらの形をしたホログラムが浮かび上がる。

俺は迷わず、それに手をかざした。

「認証確認……完了。早川悠人様。住民登録が完了いたしました。」


部屋を出て、受付に戻ると、スタッフたちが一斉に並んでお辞儀をした。

「お疲れさまでした、早川悠人様。 ようこそ、オブリビオンへ。都市の住民一同、歓迎いたします。」

「……あ、はい。」

なんだか無性に恥ずかしくて、声が裏返りそうになる。

「こちらで、ご職業も登録されますか?」

その言葉に、ようやく少し冷静さを取り戻す。

「……いえ、少し考えさせてください。」

さっきのホログラムの説明の中で、俺の“適性職業”は表示されていた。

でも、それは本心からやりたい仕事じゃなかった。

「かしこまりました。それでは、決められましたら後日ご登録をお願いいたします。」

「はい、分かりました。」

「本日はこちらの建物裏にあるホテルをご利用ください。勿論一切料金はかかりません。」

そう、この都市では基本的にお金のやり取りは発生しない。

給料という概念もない。 職業による格差をなくすため、生活はすべて都市が保障してくれる。

仕事は、適性に応じて割り当てられるのだ。 ストレスのない環境で、快適に暮らすために。


「……ついに来たんだな。」

ホテルの部屋に入ると、ふかふかのベッドが迎えてくれた。

俺はその上に身を投げ出し、天井を見上げる。

明日から、ここで生きていく。 この都市で、俺は変わる。

そう思いながら、静かに目を閉じた。


——ようこそ、忘却の都市へ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ