『忘却の都市』信じるという選択
言葉が、出なかった。
喉の奥が詰まったように、声にならない。
目の前の現実を、どう受け止めればいいのか分からなかった。
恐怖。 焦り。 後悔。
それらが一気に押し寄せてきて、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
でも——違う。
俺は、自分の意思でここに来たんだ。
誰かに強制されたわけじゃない。
自分で選んだ。この都市で、自分の足で立つって。
だったら、何があっても、誰かのせいにしちゃいけない。
それに——
彼らは、俺を信じてくれた。
霧崎も、夏希さんも。
俺が“ただの外部の人間”であるにもかかわらず、ここまで連れてきてくれた。
だったら、俺も信じたい。 彼らのことを。そして、自分の選択を。
それに、資料の中には、何か“例外”のような記述があった。
全てが決まっているわけじゃない。
まだ、何か別の可能性がある——そんな含みを感じた。
真実は分からない。
でも、ここで彼らを疑って突き放すのは、違う気がした。
「……俺は、信じてるよ。」
励ます、というのとは少し違う。
ただ、自分の気持ちをそのまま伝えた。
それだけだったけど、霧崎と夏希さんの表情が、ほんの少しだけ和らいだ気がした。
そのときだった。
かすかな足音とともに、扉が開く音がした。
誰かが、この部屋に入ってくる。
声の主は、施設の職員と思われる女性。
恐らく、何かの資料を取りに来たのだろう。
俺たち三人は、反射的に奥の棚の影に身を隠した。
息を殺し、物音ひとつ立てないようにする。
幸い、入り口からここまでは距離がある。
彼女は入り口近くの棚で、何かを探しているようだった。
このままなら、気づかれずにやり過ごせる—— そう思った、そのとき。
隣にいた霧崎が、突然、苦しみ出した。
「……っ……!」
肩が震え、額に汗が滲んでいる。
頭を抱え、必死に声を押し殺している。
何が起きたのか、まったく分からなかった。
ただ、彼が“あの女性の姿”を一瞬、見た瞬間に、何かが起きたのは確かだった。
夏希さんと目を合わせると、彼女も、明らかに動揺していた。
霧崎は、まるで何かに取り憑かれたように、苦悶の表情を浮かべている。
声を出さずにいられるのが奇跡に思えるほどだった。
なんとかその場をやり過ごし、女性が部屋を出ていったあと、俺たちは霧崎の様子を確認した。
顔色はひどく悪く、呼吸も浅い。
素人目に見ても、とても動ける状態ではない。
「一度、戻ろう。」
夏希さんと相談し、そう決めた矢先——
霧崎が、ゆっくりと目を開けた。
「……待て。戻るな……。」
その言葉に、俺と夏希さんは一瞬、言葉を失う。
何を言っているのか分からなかった。
でも、霧崎の目は、はっきりと“正気”を取り戻していた。
そこから次々と告げられる言葉に俺は正直、半信半疑だったが、霧崎を信じると決め、次の作戦を決行することになる。
そして——
ここから、俺は、人生最大のピンチを迎えることになる。