『忘却の都市』真実を知る覚悟
俺に課せられたミッションは、たったひとつだった。
——都市中央にそびえる本部に侵入し、地下の扉を開けること。
それだけ。聞いた瞬間、正直ちょっと拍子抜けした。
もっとこう、映画みたいなアクションとか、スパイ的な何かを想像していたから。
でも、それが“俺にしかできないこと”だと聞いたとき、胸の奥が少しだけ誇らしくなった。
ようやく、自分がこの都市の中で“役割”を持てた気がした。
そして、当日の夜。
俺は信じられない体験をすることになる。
——瞬間移動した。
いや、マジで。 どう説明すればいいのか分からないけど、気づいたら建物の中にいたんだ。
霧崎に声をかけられた次の瞬間には、もう目的地の内部にいた。
昨日の作戦会議で、“強化デバイス”の話は聞いていた。
でも、実際に体験すると、全然違う。
体がふわっと浮いて、次の瞬間には別の場所にいる。
現実感がなさすぎて、逆に緊張が高まった。
(……本当に、別世界に足を踏み入れたんだな)
そんなことを思いながらも、頭の片隅では 「これ、どうせだったら夏希さんにお姫様抱っこしてもらいたかったな」 なんて、どうでもいい妄想が浮かんでいた。
……俺の脳、たぶんちょっとバグってた。
目的の部屋には、先に建物に入っていた夏希さんのおかげですぐにたどり着けた。
霧崎と夏希さんが少し後ろで見守る中、俺は深呼吸して、慎重に扉に手をかける。
カチリ——
思ったよりもあっさりとロックが外れ、扉が開いた。
中に入った瞬間、目に飛び込んできたのは—— おびただしい数のファイルだった。
棚という棚に、紙の資料がぎっしりと詰まっている。
数えるのが馬鹿らしくなるほどの量。
このデジタル全盛の時代に、なぜ紙で残すのか。
ふと、昔、地元の知り合いが言っていた言葉を思い出す。
「紙は脳により深く記憶を刻み込み、デジタルとは違って、紙からは目に見えない問いかけがあるんだよ。」
そのときは、「何言ってんだこいつ」と思ったけど、今なら少しだけ分かる気がした。
この部屋に漂う空気には、確かにデジタルとは違う何か“特別な重み”があった。
霧崎と夏希さんは、それぞれ資料を手に取って読み始めていた。
俺も何か見てみようかと思ったけど、なんとなく——
外部から来た俺が触れちゃいけない気がして、手を出せなかった。
代わりに、部屋の中をゆっくり歩きながら、二人の様子を眺めていた。
ふと、霧崎と夏希さんが並んで、ひとつの資料を見ているのが目に入った。
なんとなく距離が近いな〜……なんて、くだらないことを考えながら、後ろから声をかけた。
「……なあ、二人とも、何見てんの?」
そのときの俺は、本当に何も考えていなかった。
ただ、気になったから聞いただけだった。
霧崎から半ば少し強引に奪い取るような形で、ファイルを受け取る。
その時、霧崎の顔が少し曇ったのを俺は見逃していた。
俺は何の警戒もなくページをめくっていく。
——そして、読み進めるうちに……言葉を失った。
その本は俺の考えの甘さと、今自分がおかれている状況を認識するのに十分な内容だった。
読み終わり、顔をあげる。
その時、俺はどんな表情をしていたんだろう。
こちらを見つめる二人の目は、とても悲しげだった。