現れた「未来の断片」
この塔にまつわる伝承は、かつて東方の辺境大学に所属していた記録史家ヨルム・ベラディアによって収集され、『ノクターン研究序説』という論文にまとめられた。
この論文は、一時、禁書扱いとなっており、公式には存在が否定されている。カシマの自宅には、そんな論文ばかりが集められている。フィン=アーデン家は、そういう家なのだ。
60年以上前に発表されているこの論文の中では、ノクターンは「夜そのものの記憶を保管する装置」と記述されている。「夢」という概念がない時代の論文であるから、それも仕方のないことだ。当然、ノクターンは「夢を保管する装置」と読むのが正しそうだ。
大きな収穫だったのは、塔の中には「観測されざる時の帳」という空間があり、そこで「夜の管理者」である少女が囚われているのだという。おそらく、少女は「夢の管理者」だ。
夢の管理者が、夢を保管する装置の中に、百年、閉じ込められている。そして、助けを求めている。
その日からずっと、カシマはノクターンの夢をみてきた。毎朝目覚めると、夢で見たノクターンの位置情報を、壁に貼った巨大な地図に記載し、ノクターンの場所を絞り込んでいった。そうしてついに、場所を特定し、その地への長い旅に出る。
この世界で、百年ぶりに夢をみる者が出現した。イシュリールが、百年ぶりに「未来の断片」を拾う。これは、未来予知ではない。未来を作る素材である。その素材が、一歩ずつ、ノクターンを目指している。
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イシュリールにとって、これがどれほど、嬉しいことだったか。自分のことを、気にかけてくれる人がいた。その人が、自分のことを、助けに来てくれる。この孤独から、私を奪い去ってくれる。それを求めて、未来の素材を、こうして、積み上げてくれている。