─ 壁ドン (2) ─
「おい正人、ちょっと話がある」健太が怖い顔でやってきたのは、翌々日の朝だった。
授業の直前だったので、その場では話はせずに、「後でな」健太はそう低い声で言って、自分の席に戻っていった。
不穏な空気に胸をざわつかせながら、一時間目、二時間目と授業が終わり、健太が改めてやってきたのは、三時間目前の休憩時間だった。
次の授業は音楽で、みな音楽室へと移動し、僕の席の周りにはオニオが残っているだけだった。
つかつかとやってきた健太は、横の席の椅子を引くと僕の方を向いて座った。
「俺が佐久間を好きだって言ったのか?」大きくはないけれど、怒気をはらんだ声だ。
わ、なに? おっかないな。僕は椅子の上で思わず身構える。後ろの席で鞄の中をごそごそとやっていたオニオが、手を止めたのが分かった。
「言ったのか?」健太が繰り返した。
「なんだよ、それ。言ってないよ」けれど、頭にこの前の岩崎とのやりとりが浮かぶ。
あっ、あれかあ?
これは説明した方がいいかも。けど待てよ。言い訳をする前に、なにがあったのか確かめた方がよくないか。
僕は険しい顔の健太に、おずおずと訊ねる。「なんかあったの?」
「佐久間に告られた」
「えっ!」僕は思わず口に手をやった。
昨日の放課後のことだという。体育館の裏に呼び出されて、そこで佐久間恵から付き合ってくれと言われた、らしい。
「他に好きな人がいるから、付き合えないって言ったんだ。そしたら、佐久間のやつ泣き出した。ひどいって、そう言って」
「ひどい・・・」
「で、走っていっちまった。その後、校門で岩崎に捕まった」
「岩崎に」僕と話した時の嬉々とした彼女の顔が思い出される。なにがどうなったのか、なんとなく想像がついた。
「岩崎がなんて言ったと思う?」健太が細い目を吊り上げている。「『恵のこと好きだってみんなに言ったんでしょ。竹内から聞いたんだから。それなのに、他に好きな人がいるってどういうことよ』だってよ。どういうことだよ、正人!」
ほぼ思った通りだ。僕の話を歪曲して解釈した岩崎が、佐久間恵に伝えてしまったんだ。「吉田君の好きなのは恵だって言ってたって。告白するなら今よ」とでもけしかけたに違いない。
ああ、最悪だ! やっぱりあの時、ちゃんと否定するべきだった。健太にどう言えばいい?
「時間がない」唐突に、オニオがそう声をかけてきた。「音楽室、行かないと」
僕と健太は、黒板の上の時計を見上げる。休み時間はあと二分しかない。
健太は僕を睨んだまま立ち上がると、足早に教室を出て行った。
机から音楽の教科書を引っ張り出す僕の背中にオニオが言った。「ちゃんと説明した方がいい」
「え」僕は振り返った。オニオの黒い顔は、例によってにこにこしている。説明した方がいいって、こいつ、どこまで分かって言っているんだ?
すると、オニオが壁の時計を指さした。「あと一分」
僕とオニオは急いで音楽室に向かった。
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