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─ 壁ドン (1) ─


 消しゴムの一件の後、授業の前になると、シャーペンを落としたり、定規を落としたり、筆入れごと落としたり、とそんな模倣犯が何件か発生した。随分見え透いたことをやるものだと僕は呆れていたが、それでも、そんな幼稚な手口でも、それをきっかけに目標の相手と仲良くなることはあったようだ。

「一概に馬鹿らしいとも決めつけられないものよね」休み時間に、隣の芹が感心したように言った。「わたしもなにか落としてみようかな。竹内君、拾ってくれる?」と僕を見る。

「絶対拾わない」僕は教科書に眼を通しながら素っ気なく返す。次は社会科だ。池先は授業中、生徒をよく指してくるので油断ができない。

「あら、春山には消しゴム半分切って、あげたじゃない」そう眉を上げる。いたずらっぽい瞳がきらきらしていて、僕は少しどきっとした。時々、すごく可愛く見えるんだよな。

「春山だけに、優しいのかな」芹がなおも絡んでくる。

「違うって! もう、お節介はやかないんだ」僕は教科書に視線を戻してむすっとする。「愛だの恋だの、浮かれてる場合じゃないだろう。受験だぜ」そんな言葉を吐き出した自分に、少し驚く。僕が、受験、なんて言っている。

「あら、受験生は恋愛しちゃいけないの?」

「え」僕は教科書をめくる手を止め、芹に顔を向けた。僕を見る切れ長の目は真面目そのものだ。

「いけないって、わけじゃないけど」僕は言い淀んだ。

「ないけど? 今は真剣に取り組むべき時だ? 自分の将来がかかっているんだから。どう真面目に向き合うかで、未来が変わってくるんだぞ。ここで踏ん張らなければ、いつやるんだ。余計なことに気を取られるんじゃない」僕の聞きたくない類いの台詞を一気に並べたてると、芹はそこでじっと僕を見る。「でも、人を好きになるって、余計なことかな」

「え」

「ふふん」口元が緩んで、えくぼが浮かぶ。「なんでもない。気にしないで」

 僕はぽかんとする。

 チャイムが鳴った。


 それが起きたのは、昼休みだった。

「ねえ、竹内君」教室の前側の扉付近で名を呼ばれて振り向くと、岩崎がいた。一年生の時に同じクラスだった女子だ。また同じクラスになったけれど、昔も今もあまり話したことがない。

「吉田君と友達だよね」彼女が訊いてくる。

「まあ、そうだけど」答えながら、僕は考えていた。確かに健太とは三年間クラスは一緒だ。とは言え、それほどつるんでいるわけでもない。部活は違うし、住んでいる地域も、僕の家は学区の西の端で、健太の家は東の端と正反対だ。歩けば四十分はかかる。なので、放課後一緒に過ごすことも少なかったし、休みの日に遊んだことも数えるほどだ。改めて友達かと訊かれると、疑問符がつく。

「吉田君って、好きな娘、いるの?」

「は?」いきなりなにを訊いてくるんだ。受験だぞ。そう口にしそうになってはっとする。また、受験、が出てきた。なんだか、かくれんぼで鬼に見つかったような、あーあ、という気分になる。

「知らないよ、そんなこと」

 行こうとするが、彼女はさっと僕の前に回り込んで行く手を阻んだ。驚いて目を見張る。

「なに。なんだよ」

「この前、好きな娘ランキングってやったでしょう、吉田君と」

「なんだそれ?」

「壮太がそう言ってたもん」壮太とは、あの女子情報なら任せておけ、の中林のことだ。

 中林が言っていた? 僕は考えた。好きな娘ランキング? なんのことだ。だが、ふっとある記憶が蘇る。健太と信と三人で、「誰がタイプ?」「これってのはいないなあ」「でも、可愛いと思う娘はいるだろう」「じゃあさ、可愛いと思う女子五人を決めようぜ」「決めてどうすんだよ」などと、たわいもない話をしていたことがあった。確か、三学期の期末試験の後だ。そうだ、あの時、中林も途中から加わってきたな。

「ああ」と僕が少し頷くようにしたのを見て、岩崎が詰め寄ってきた。

「やっぱり。やったんだ」声が大きい。

「いや、好きな娘ランキングじゃないよ」僕は彼女の視線をかわすように、体をよじった。

 けれど、岩崎はお構いなしだ。「吉田君の好きな娘の中に、恵はいた?」顔を近づけてくる。

「え、恵?」

「佐久間恵だってば、三組の」

 ああ、佐久間か。僕は記憶を手繰る。

 可愛いと思う女子五人。そう、たしか信がそう言い出したんだ。三人で、ちらほらと名前を挙げているうちに、片手では収まらなくなり、そこへ中林が加わって、「じゃあ、可愛い女子ベストテンを決めようぜ」ってことになって・・・。はて、その中に、佐久間恵は?

「あ、出たな。佐久間さんの名前」呟くように口に出してから、僕は、しまった、と思った。

「恵なのね!」岩崎が眼を輝かした。「ありがとう、竹内君」

「あ、ちょっと、別に健太が好きな」娘じゃないぞ、と言う前に岩崎は廊下の向こうに走って行ってしまった。

 追いかけて訂正しようか、とも思ったけれど、まあ、気にするほどのことじゃない。そう考えて、僕は自分の席に戻った。

 これが、間違いだった。

お読みいただきましてありがとうございます。

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