7話:再会と哀惜、そして
試験の合格の基準は簡単。
今目の前に対峙している屈強な男を打ち負かすこと。
「お前、名前は何という?」
彼が話しかけてきたので、私は告げた。
「暁花アイです」
エリナから教わったこと────見知らぬ誰かが敵対した時、大事なのは自身のオーラの分類を相手に教えないこと。
私はそのために、一時的にオーラを制限していた。
しかし、それはこの人も同じ。
オーラを制限しているため、彼が何の能力者なのかはわからない。
そして、天の能力者という可能性も低いけれど捨てきれない。
私が色々と思案を巡らせていると、彼の拳に突如としてオーラが集中した。
「ではアケバナ。今から俺はお前と戦わなければならない。怪我をしたくなければ、全力で対応することだ」
「わかりました」
私は瞬時に彼のオーラを感じ取る。「火」だ。
アキサが火のオーラを応用した能力は、体全体に火を纏う、というものだった。
あれは身体に攻撃させないという防御の意と触れたら火で傷を追う攻撃性を持ち合わせたものだ。
あれ以外の明確な攻撃の手段を私は知らないが、火のオーラと名がつくくらいだ。
攻撃は火を具現化してきたもので行うだろう。
となれば、拳に集中させたオーラを火として具現化させ、強大な威力で殴ってくる。
それが彼の攻撃手段だろう。
私はそう踏んで、敢えてオーラを制限したままに構えた。
それを見て戸惑う彼。
「お前……死ぬ気か?」
オーラを纏うというのは強固な防御の手段でもある。纏うオーラの量が多ければ多い程、ダメージの通る量は少ない。
つまり今の私のこの状態は、赤子以下の防御力だ。
対するオーラを集中させた彼の攻撃力は銃器のような威力。
いつまで経ってもオーラを解放しない私を見て、彼は仕方なく殴りかかってきた。
「どうなっても知らないぞっ!」
同時、彼の拳は燃え盛り、その威力はひしひしと伝わってきた。
その拳が私の身体に直撃する直前の刹那、私は脳の処理速度を向上させる技────後にエリナからこの技の名前を教えてもらった────「至速」でオーラを一気に解放し、風を発生させた。
方向は下から上。彼の拳の軌道が変化する程度の威力で十分。
軌道から外れた時点で、隙が生じる。
私はその隙を逃すことなく、彼の腹部へと螺旋状に能力を放った。
肉を切り裂くとはいかずとも、十分にダメージを受けるであろう威力。
すると、私の思惑通りに彼は勢いよく後方へと吹っ飛んだ。
**
私が試験であの人を倒した後、直ぐにアキサも、もう一人の男を倒した。
それからあの二人より冒険者の資格を与えられ、後に“冒険者証明書”というカードが発行された。
冒険者証明書には自分の名前と冒険者としての資格を認めるといった主旨の文章が綴られていた。
そしていつ撮られたのかもわからない顔写真。
エリナ曰く、異世界特有の技術によるものだそうだ。
詳細に話してくれたが、途中から何が何だかわからなくなり、私は理解を放棄した。
脳がパンクしそうな状態で私とアキサがエリナの後ろに続いて歩いていると、彼女は私らへと言う。
「冒険者証明書も取得できたし、私から教えられることも教えきった。これで君たちとはお別れだね」
唐突にそのようなことを言われ、私たちは表情を曇らせないわけにはいかなかった。
私よりもふたまわり程悲しそうな表情を浮かべたアキサが、エリナの背中に抱きついた。
「エリナさん!」
彼女の背中に顔を埋めながら、アキサは続ける。
「貴方のおかげで……本当に、私たちは成長することができました……! 本当に……ありがとうございます……!」
嗚咽の混じったその声は、私やエリナの涙を誘った。
いざ別れるとなれば、寂しくてならない。
私もアキサに続いてエリナへと抱きついた。
「エリナ……ありがとう……!」
私にとって、誰かとの別れに涙を流すのは二回目だった。
一回目は────
私にはかつて、幼馴染という存在がいた。
同い年の「雪神 亮」という男だ。
彼は、七歳の頃に不慮の事故によって命を落としてしまった。
その時の私は、彼の死を直ぐには理解できなかったが、理解を経た後に一気に悲しみが込み上げて来て、号泣したのをよく覚えている。
その時が一回目だ。
……そう言えば、もしかするとこの世界にリョウも来ているのかもしれないな。
アキサの家族を探しながら、彼を探してみるのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、私は二人とともに再び足を動かし始めた。
「そうだ、このあと────」
とエリナが何かを言おうとこちらを振り向いたその瞬間、道の両端から大勢の鎧を着た男たちがエリナ目掛けて飛び出してきた。
私たちが驚くよりも先に、エリナの目の前に一人の男が突如として現れた。
私が目で追えなかっただけなのか、それとも何らかの手段で瞬間移動を行ったのか、それは確かではない。
その男に、エリナは首根っこと両腕を捕まれ地面に叩きつけられた。
伏すような形になった彼女は、少し苦しそうに唸り声を挙げた。
「ぐうっ……!」
その声を聞き、この瞬間において初めて機能し始める私の脳。
「エリナ!」
私とアキサが彼女を救出しようと、能力を放とうと試みた瞬間、周囲に現れた鎧の男たちが私たちをエリナと同じような形で捕らえた。
その時、気がつく。
この鎧の男たち、いつしか見たことがあった。
確か、リオン・アルデバートという革命家の周りを囲っていた屈強な男たちだ。
……となると、エリナを取り押さえているこの男がリオン。忌まわしき革命家だ。
「離せ……!!」
見たことのないような剣幕と、聞いたことのない声色とでアキサは鎧の男たちを睨んでいた。
私もどうにか逃れようと藻掻いたが、彼の力は凄まじく、思い通りに体を動かせなかった。
そんな中、目の前でこちらに顔を向け取り押さえられるエリナ。
無造作の髪を揺らしながら、無表情で彼女を捕らえているリオン。
彼は静かな口調でエリナに尋ねた。
「ここ最近、転生者の捕まりが悪いんだ。お前の仕業か?」
エリナは答える。
「違う」
「嘘だな。今お前の心音が少しだけ揺らいだ。緊張感が迸った証拠だ」
その時、リオンは腰に携えていた鞘から両刃の剣を取り出した。陽光に照らされ、白銀に輝く剣先は、その切れ味を良く示していた。
剣先を下にしながら、リオンはふと私の方を見る。
瞬間、彼の表情が固まった。
それを見ていた私も同様に、そして、彼の顔を見て脳内にとある疑問が浮かんだ。
その疑問を、思わず口にした。
「…………“リョウ”……?」
特徴的なくせ毛とくっきりとした二重の目。歳は私と同じくらい。
そして幼馴染だからこそわかる、剣を握った時の些細な手癖。
私が彼をリョウだと判断するには、十分とまでは言えないが、有効な材料であった。
目を見開き、それから眉間に皺を寄せ、彼は微妙な表情を浮かべた。
「お前……アイか……!」
「……! やっぱりリョウだ……!!」
唖然とする私と“リョウ”。
再会と呼ぶには、あまりに嫌なタイミングだった。
彼は私に背を向け、エリナの首筋に剣先を突き立てた。
「リョウ……? 何するの……?」
嫌な予感と高まる鼓動。彼はエリナへと言った。
「最後に何か言い残しておけ」
その言葉にエリナは一瞬、絶望したような顔つきをしたが、直ぐに観念したような表情へと変貌し、微笑んで目の前にいる私たちへと言った。
「アイ、アキサ。君たちと会えて本当に良かったよ。最後の頼みだ。私の馬を自然に放ってやってほしい。暫くあの窮屈な小屋に閉じ込められているから、喜ぶ筈だ」
淡々とした彼女の話に、私の不安は加速した。それは隣で捕らえられていたアキサも同じだったようだ。
「やめて……! やめてください……! エリナさん……!」
しかし、彼女の口は止まらなかった。
「ああ。それとあのホテルは君たちの自由にするといい。フロントの彼には、君たちに所有権を託すと言っておいてくれ」
最後に、エリナは優しく微笑んだ。
「……それじゃあね」
同時、叫ぼうとする私たちの気持ちを押し殺すようにして、彼女の首はリョウの剣によって刎ねられた。
そしてそれは、少し遠くの鎧の男がいる位置へと転がった。
「あ……ああ……」
言葉を失う私。視界が真っ暗になった気がした。
飛び散る鮮血、初めて見る人体の断面図。
先ほどまでの平和な世界が、一気に崩壊したような気がして、私は人生で初めて咆哮のような叫びを挙げた。
「あああああああああ!!!」
アキサは息を殺して涙を流しながら、地面に顔を埋めていた。
私たちの周りを囲っていた鎧の男たちは、エリナの首と体とを人一人入る分程度の布の袋に入れ、運んでいった。
そしてリオン────リョウが去り際に私へと言葉を放った。
「明後日の夜更け、城の前で待ってる」
鎧の男から解放された私たちは、その場に伏せながらも、エリナの死を受け入れられずにいた。
**
あの後、私たちはエリナの馬を自然へと放し、ホテルの所有権はアキサへと譲渡された。
エリナが殺害されたことは、彼女が悪人扱いされることで落ち着いた。
しかし、私の心の憤りは決して滞りを知らなかった。
恩人が殺された。その事実が、私を哀惜よりも激しい赫怒で満たしていく。
一方のアキサは、その真逆であった。
エリナが死んだ翌日は一日中食べ物が喉を通らず、涙を浮かべていた。
そんな表情を見て、加速する私の怒り。
アキサがエリナの死に悲しんでいる間、私は能力の開発に勤しんだ。
私は、エリナを殺したアイツを許さない。アイツが革命家なのならば、尚更だ。
リョウの素早さは、並大抵のものではなかった。
それこそ、エリナとは比べ物にならない程に。
今、個人で修行できる期間はたったの一日。
……正直、どう足掻いてもアイツに追いつける気がしない。
能力の開発の方もイマイチだ。
途方に暮れた私は、何か革新的なアイデアを求めるために、メルドへと訪れていた。
メルドにて、エリナとの思い出を辿る。
小高い丘の上のベンチ、そこから見ることのできた鮮やかな夕日に照らされた国の風景。
後に私は、変わらぬ活気で満ち溢れた出店の並ぶ通りへとやって来た。
そこで目に付く「寿命商売」という看板の文字。
……思い出した。
これはメルドに初めて来た時、エリナから「今の君には必要ないものだ」と言われた出店だ。
今の私には────
藁にも縋るような思いで、私は寿命商売の看板の元へと足を進めた。
ボロボロなオーニングテントは木製で、支柱や屋根の部分の体裁は、苔か何かの薄い黒で覆われていた。
私が出店の前に置いてあった、これまたボロボロの椅子に座ると、屋根から垂らした珠のれんの隙間から、深い皺の刻まれた老婆が顔を現した。
不敵な笑みを浮かべたその口元から放たれる、ゆったりと間が十分なほどに取れたその口調は、彼女の薄気味悪さを増大させた。
「いらっしゃいぃ……お嬢ちゃん……寿命の取引は初めてかいぃ?」
出方を伺いながら、私は答える。
「ええ。……ここでは何ができるんですか?」
口調の変わらぬままに、老婆は言う。
「ここではねぇ……お客さんの寿命をアタシに分けてもらう代わりにぃ……お客さんの願いをぉ……“何でも叶えることができる”のぉ……」
その言葉に、求めていた希望の一縷を感じた。
「“何でも”……ですか?」
「そうよぉ……但し、願いによって分けてもらう寿命の年数は上下するけどねぇ……」
寿命の喪失を媒体として、自身の望むこと何でもを叶えることができる。
ここで言う「寿命」というのは、肉体的に生存可能とされる期間のことであろう。
……エリナが目の前で殺された時、覚悟は済んだ。
自己の人生を擲ってでも、革命家を“殺し尽くす”。甘い覚悟と目的は命取りなのだから。
今更、寿命が短くなるなど屁でもないこと。寧ろ、勿怪の幸いだ。
私は即座に老婆へと言う。
「お願いします。私を────」