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異世界、貴女と笑顔でさよならを  作者: 焼魚
1章:序章の惨禍
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5話:没入の失策

悲劇。

常世における私の第二の人生を一言で形容すると、恐らくこの言葉が一番当てはまるだろう。


とは言えども、最初は順調な道のりだった。

エリナと出会い、無知な私の命を革命家から救出してもらい、アキサと出会い、能力を共に学ばさせてもらった。


そう、順調過ぎる。この残酷な世界においては。

命を危険に晒さずあの二ヶ月間は生活できていた。


ぬるかった。

あんな二ヶ月間、ただのプロローグでしかない。


物語は始まってもいなかった。

具体的に始まりを告げたのは……そうだな。


まずはエリナの死から語ろうか。


    **


私がエリナと共に、もう少しの期間修行を続けると言うと、アキサは納得のいかない様子でこう言った。


「じゃあ私もまだ残る! アイだけ抜け駆けはズルいよ!」


という訳で、とどのつまり私たちはまだこのトルンドに残ることとなった。

それはエリナと共に過ごせる期間が延びたということ。


私たちはそれを嬉しく思った。


その翌日、早速ハードモードの修行が始まりを告げた。

集合場所は、いつものミーティングルームではなく、何故かロビーであった。


私とアキサはエレベーターの前で偶然会い、何故ロビーなのかという理由を考え、エレベーターによる下降中、話していた。


「いよいよチェックアウトかな?」


「はははっ、かもねぇ」


そして鈴のような音が鳴り響き、エレベーターの扉が静かに開く。

するとその正面には、エリナが立っていた。


「おはよう。二人共」


彼女はいつものカジュアルな格好ではなく、スポーツウェアのような黒の衣服に身を包んでいた。

そして、両手に抱えていた、自身が着ている衣服と同じものを私たちへとそれぞれ投げた。


「さっ、それに着替えて早速行こうか」


「行くってどこへ?」


衣服をまじまじと見つめながら、私は彼女へと訊く。

エリナは言った。


「決まってるでしょう? 修行場だよ。ほら、こっちこっち」


彼女は手招きをして私たちを先導し、向かった先は、フロントだった。

……もしや本当にチェックアウトするつもりなのか?


私がそんなことを思っていると、フロントの男性がエリナへと言った。

「エリナ様。その服装ということはもしかして……」


「うん。地下の鍵ちょうだい」


男性は渋った顔をしながら、胸ポケットに手を突っ込んで鍵を取り出し、エリナに渡した。

「今度は壊さないでくださいね。修理費出したの僕なんですから」


「ははっ、そんな心配しなくても大丈夫だよ。今度は私が出すからさ」


「壊す前提じゃないですか……」


エリナは彼の嘆きにも近い声色の言葉をフル無視し、私たちをエレベーターの元へと連れて行った。

アキサが訊いた。


「エリナさん、壊したんですか?」


それに対し、「何のことかな〜」とエリナは惚ける。

エレベーターの扉が開くと、彼女は先ほど預かった鍵を、かご操作盤の下部にあった鍵穴へと差し込んだ。


すると、かご操作盤がぱかっとドアのようにして開き、ボタンが配置されていなかった筈の場所に、「B1」と書かれたボタンが出現した。


エリナがそれを押すと、扉がバタンと音を立てて閉まり、更に下降を始めた。

私はその間に彼女へと尋ねる。


「何でこんなこと知ってるの?」


すると、返ってきたのは意外な言葉だった。

「私、このホテルの所有者だからね」


「えっ?」


「ほら、他に泊まってる人なんて見たことないでしょ?」


そう言われ、思い返す。

確かに、私の記憶の中にはそんな人間の記憶などなかった。


ホテルで暮らし始めた時に感じた違和感の正体はこれだったか。

私は驚きながらも、アキサと目を合わせた。


やがてエレベーターの扉が開き、地下室の姿が露わになる。


ゴムを素材として作られた莫大な空間。

しかしそこには何もなく、あるのは虚無だけであった。


エリナが先に踏み出し、私たちの方を振り返りながら告げた。


「着替えることをお勧めするよ。今回の修行は死ぬほどキツイだろうからね」


    **


私たちが着替えると、エリナはいつもの優しげな表情ではなく、鬼気迫る表情で、私たちに言った。

「今から私は、君たちを本気で殺しに行く。君たちの体力が尽きた時点で私の勝利、君たちが一発でも私に攻撃を当てることができたら君たちの勝利だ。ただし、攻撃の手段は問わない」


私は彼女の言葉を反復するように、訊いた。

「一発でもエリナに攻撃を当てることができたら私たちの勝ち?」


すると彼女は言葉ではなく、行動で示した。

手のひらを上に向け、ドヤ顔に良く似た表情で私たちに手招きしたのだ。


一発か……舐められたものだ。容赦なくいかせてもらおう。


風の能力。

発生させるものが風ということもあり、いまいち打撃力のない能力。


そう思われているかもしれないが、実は風の能力の本質は、攻撃力ではない。

その“速度”と“持続力”だ。


私は風を螺旋状にして発生させ、その螺旋の中に腕を突っ込む。

これが私の臨戦態勢だ。


一方のアキサは、オーラをそのまま炎にしたかのように、全身を炎で包んでていた。

そんな彼女に私は驚きの声を挙げた。


「うわお、それ熱くないの?」


「うん、平気」


原理はわからないが、アキサは平気だと言った。

なら、私はそれを信じることにしよう。


と、私が前を向き直した時、そこにエリナの姿はなかった。

「えっ……」


私が周囲を探るよりも早く、隣でアキサの体が地面に倒れる音がした。

再びアキサの方を見ると、そこには意識を失ったアキサとピンピンしているエリナの姿。


エリナは言う。忠告するように。

「死闘が行われる戦場において、余所見は命取りだ」


後、エリナの動きを捉えられぬまま、私は彼女の手刀によって気絶させられた。


次に私たちが目覚めたのは、それから一時間弱が経過した時である。

頭痛に包まれる中で瞼を開けた時、私の目の前には、エリナの顔面があった。


「アイ。大丈夫?」


私は頷き、彼女の手を借りて立ち上がる。

すると忽ち、私の視界は上下反転した。


何が起こったのか、一瞬わからなかったが、直ぐに気づく。

エリナによって足払いされ、私は転んだのだ。


「革命家は、言葉巧みに相手を謀略にかける。常に猜疑心を絶やさず、常に自分さえも信じないことが奴らに対抗できるすべだ」


床に伏しながら、私は彼女の言葉を反復した。

「自分さえも?」


「そう。いくら君が潜在能力の高い人間だと言っても、今の君はこの世界においては地に捨てられたゴミ同然の実力。先ずは私を倒せるようにならないと、革命家を倒すなんて夢のまた夢だよ」


悔しがり、私は歯を食いしばりながら跳ね起きる。


そして無言のまま、能力を全力で発動した。

体全体に風を纏い、その風を人を切り裂ける程の強固さにする。


これで彼女は容易に手を出せない筈だ。


エリナは私の臨戦態勢を見て、少し微笑んだように見えた。

「考えたね。強く固めた風を螺旋状にし、人の肉さえ切り裂く威力の風を体に纏う。そうすることで私は迂闊に手を出せない」


「勝負だ。エリナ」


しかし、彼女の余裕そうな表情は何一つ変わらなかった。

エリナは壁際に意識を失って倒れていたアキサの方を指しながら、言う。

「さっき、アイよりも先にアキサが目を覚ましてね。彼女にも言ったんだけど、君たちは動きを目で捉えようとしているんだ。その時点で間違いだよ」


「……? どういうこと?」


彼女は淡々と話し始める。

「私や革命家たちは、動きを能力で補強している。だから、決して目の動きじゃ追いきれない。超人的な眼球運動が可能な人物以外はね」


「……それじゃあ、どうすれば?」


「自分で考えるんだ。それがひとまず、君の課題だよ」


瞬間、エリナは能力を発動した。

想像を絶する風の威力に、私は思わず後方へ飛ばされそうになる。


それを辛うじて耐え、私はエリナの体裁を確認する。


螺旋状ではなく、ただの風を纏っている。

それなのにも関わらず、私の風とは雲泥の差が生じている。


恐らくこれは経験の差が出たのだろう。


“目で追っている”……か。

相手を追う方法、私が知っているのは二パターン。


「目で追う」、「オーラを感じ取る」。

目で追う選択を行えば、私は先程のようにして、瞬時に倒される。


ならば、オーラを感じ取るを選択した場合、どうなるのだろうか?

試す価値はある。


私は余計な情報をシャットアウトするために、瞼を閉じる。

そして感じた。彼女の風のオーラを。


前方、背後、弓手、馬手。

凄まじい速度でエリナは移動を続ける。


私が狙うのは、彼女が攻撃を仕掛ける瞬間。

その瞬間に、カウンターを食らわせる。


そう思ってから彼女が攻撃を仕掛けるまで、ほんの僅かな時間が流れた。


刹那、彼女が攻撃を仕掛けた時、私はその方向に向け拳を突き出す。

タイミングは完璧。それなりの威力も備わっている。


しかし、私の拳は空を切った。

私がオーラを感じ取った場所に、エリナはいなかったのだ。


「フェイクだよ」


それどころか、狙った方向とは反対側の耳元で囁く彼女の声。

瞬間、エリナは私の足元に強風を吹かせ、私を再び転倒させた。


「ううっ……」


転んだ私の近くで、エリナはしゃがむ。

そして私へと言った。


「今私はオーラの分身を作り出し、本体の私はオーラを完全に消去させたんだ。目を瞑るのは失敗だったね」


目で見るのとオーラを感じ取る、これを同時に行って初めて相手の動きを捉えられる。

しかし、オーラを高速で感じるのには、相当な集中力を要する。


……なるほど。これは道が長そうだ。


私は立ち上がりながら、彼女へと手を差し出す。

「私がエリナに攻撃を当てられるようになるまで、とことん付き合ってもらうからね」


エリナはその私の手をがしりと握った。

「うん、勿論だよ」


互いに笑顔で握手する中、私はその手の中で風の能力を発動させ、彼女の手を無理やり引っ剥がすことで隙を作り出す。

そして先程の彼女と同じようにして、彼女の足元に強風を吹かせ、転ばせようとした。


しかしその瞬間、エリナは突風に吹かれた霧のようにしてその場から姿を消した。

と同時、背後に感じる気配。


私は再び転ばされた。


見上げると、そこにはエリナのニコッとした顔。

彼女はその笑顔のまま私に言った。


「まだまだだね、アイ」


「あはは……」


強くなるため、開始された修行。

エリナに一発でも攻撃を与えれば私たちの勝ち。


果たして、私はこの修行を無事に終えられることができるのだろうか?

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