42話:霊
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場所は変わり、コロシアム地下。錠前師ヒュウの協力により、牢屋に閉じ込められていた転生者らは功力によって封じられていた扉の外へと出ることに成功した。
だがその先にて、彼らは敵と邂逅した。
「おいおい。勝手なことしてもらっちゃあ困るよ」
白髪、ボロボロの髪と衣服。ハルは彼から不気味な雰囲気を感じ取った。オーラの制限状態。そこから来る不気味さではなく、彼の存在そのものが不気味だと感じたのだ。
彼女は経験上、彼が強敵であると悟った。
「カル。転生者たちを連れて、他の出口を探して。この人は、一筋縄じゃいかないみたいだ」
カルは彼女を信頼している。そこには彼女の肩書きではなく、これまで共に過ごしてきた時間が在った。彼は静かに頷き、彼女の指示通りに行動を始めた。
ハルは腕をまくり、オーラの五割────アキサの全オーラに匹敵し得る量のオーラを全身に立ち上らせた。対し、男はオーラをゼロに制限し続けていた。
瞬間、ハルは鎌を具現化し、男はナイフを構える。両者、会話を交わす間もなく、戦闘は開始された。金属同士がぶつかり合う音が周囲にこだまし、既に男からかなりの距離を取っていたカルの耳にまで届いた。
そしてそれと同時に、ハルの制約が適応された。
『戦闘開始二分後、決着がつかなければ死亡する』
したがって、ハルは戦闘を急ぐ必要があった。
即座にティルトへと功力の範囲を拡張する。しかしその点でハルには一つ、危惧すべきことがあった。相手の状態を変化させる類の功力は、対象と自身のオーラ量差にその効果の程度が左右されるということだ。
自身より対象のオーラ量が多い場合、効果は自らへ跳ね返ってくる。
自身と対象のオーラ量が同等である場合、効果は対象へと付与される。
自身より対象のオーラ量が少ない場合、効果は格段に跳ね上がる。
また、これは彼女のティルトに拘った話ではない。
ハルは功力を付与すべく、手のひら上に球状にオーラを固めた。
彼女の功力の発動条件の一つ:自身のオーラを相手に接触させる。その条件を満たそうとしている。
相手の不可解な行動に、男は無論、一度攻撃の手を緩める。距離を取り、ハルの動向を探ることにした。彼女は直進し、彼と真っ向からぶつかった。
男のナイフが顔面めがけて突き出されたが、ハルはそれを寸前で避け、鎌の特徴的な湾曲した刃を用いて正面から彼の足に切り傷を入れた。男がよろめく瞬間、ハルは彼の腹部にオーラの塊をぶつけた。
ハルは男から距離を取る。
戦闘開始から23秒。ハルは功力:ティルトの使用に至る。
同時刻、男が功力を発動。持っていたナイフで自らの左腕を切り落とした。
『相手の功力を一度受ける』という制約を満たし、尚且つ自身の腕を欠損させたがために、彼の功力の威力は底上げされた。そのことを瞬時に理解したハルは彼の功力を受ける前での決着を試みた。
鎌にオーラを込め、彼へと斬りかかる。鎌の先が彼の首へと触れる瞬間、確かにハルの鎌は彼の首を斬った。だがしかし、彼の首は依然として繋がったまま。
男は不敵な笑みを浮かべ、ハルの首を鷲掴みにして宙に浮かせる。その手に、オーラが込められた。
ハルは初めて彼のオーラを見る。息が詰まったまま、ハルは男を睨んだ。
「『生命』のオーラ……!」
生命のオーラ。土のオーラと水のオーラを混合させることにより生み出される派生オーラ。その名の通り、生命を生み出すことができる。
生命オーラ自体を感知することはできないが、オーラを解放した際にオーラ自体が具現化するため、視認することができる。ハルは数多の経験から、彼のオーラが生命オーラであると理解した。
「やっと捕まえたぜぇ」
男は苦しそうにするハルの顔を見て、再び笑みを浮かべた後で手を話し、落下の中途で彼女の腹部に猛烈な蹴りを入れた。ハルはその寸前に腹部へオーラを集約させたため、ダメージはほぼゼロだ。
着地し、彼を見る。
全身から立ち上る花萌葱色の生命オーラ。その総量は彼女を容易く上回るほどのもの。
ハルは彼を見て、思案を巡らせていた。
『私が知り得る生命の能力者は二人。私と同じ五大能力者の一人、デュラン・ルール。そして政府軍に所属しているケイル・アイン。両者とも強力な能力者だが、どちらにも欠点はあった。分類付与を経て派生オーラを得ているため“オーラの総量が比較的少ない”ということ』
だがどうだろうか。男のオーラは素のハルのオーラを軽く上回っている。
分類付与を経て得た派生オーラであるため、出力は劣る。それが一般的なオーラの性質だ。つまり、矛盾が生じる。
ハルは考えを一つの結論へと集約させた。
「お前、人間じゃないな」
「正解。正確にはこのコロシアムに集った“霊の集合体”のようなものだ」
現実離れしている切り出しに、ハルは一度オーラを制限し、功力の継続時間を一時中断する。オーラをゼロにすることが功力継続時間のカウントのストップを意味する。
「ここでは常にと言ってもいい程に転生者同士による殺し合いの強制が行われている。そのせいか、ここにはコロシアムに対する怨念を抱いて死んでいく者が多くてな。通常天に行くであろう魂がこの場所に残留することがあるんだ」
「食ったのか?」
「ああ。美味かったぜ」
瞬間、ハルの心には何があるでもなく、ただひたすらな困惑が生まれていた。
現実離れした話に、その実現性が見えてこない。ただ、彼の話を真だと受け止めなければ、彼のオーラの量の不可解さを説明することはできなかった。
つまり、転生者の心を踏みにじった目前の悪に対し、彼女は正義の心に基づいた怒りなど微塵も持ち合わせていなかった。そのことをオーラの流れから読み取った男は、逆に彼女を少しばかり恐れていた。
ハルがオーラを解放すると同時、彼女は言った。
「おめでとう。この功力を披露するのは、生涯で二度目だ。君は偉大な目撃者だよ」
ハルのオーラの総量が飛躍的に底上げされる。
男は、視線を切らなかった。オーラも絶やさなかった。オーラを巡らせることこそ、最大の防御であるから。だが、彼の胴体には巨大な穴が空いた。
吐血し、震えた手で穴を確認する男。疑問を抱く彼へと、ハルは説明を始めた。
「寿命の前借りは天の能力者の専売特許じゃないってことさ」
穴が空いたままの体裁で、男は口元に笑みを浮かべる。
「そうか……だが残念だったな。俺は生命の能力者だ」
瞬間、彼の胴体に空いた巨大な穴は、みるみるうちに治癒していった。そして僅か数秒後には穴が塞がった。ハルは呆れたように笑う。
「それじゃ、根気比べといこうか」
ハルの功力は制約の脱却と共に、別な制約へとシフトしていた。




