40話:旗揚げ
道を暫く進んでいくと、牢獄のような場所へと辿り着いた。
鉄格子で区切られた牢屋が左右それぞれに十五ほど連なっており、所々閉じ込められていない牢屋があるが、牢屋全体の殆どに人が閉じ込められていた。私たちはそれら一つ一つの錠を、ヒュウくんの協力のもとで解錠していった。
それから私たちは閉じ込められていた者たちを集め、話し合いの場を設けることにした。
「まず初めに、自己紹介をさせてください。私はスメラギ・アキサ。貴方たちと同じ転生者であり、この世界、常世の秩序を守るために組織された異世界政府軍というものの一員です」
幸いなことに、彼ら転生者は言葉を挟まずに私の言葉へと耳を傾けてくれていた。私は続ける。
「私は貴方たちを救いに来ました。それと同時に、このクソみたいなコロシアムの仕組みを“壊す”つもりです」
私の言葉、意志に、最も強く感情を表したのはカルさんであった。
「おいスメラギ。正直言うと、俺はお前に怒りを抱いている」
「…………」
言葉として受け取らずとも、何となくそれは理解していた。
「当初の計画はこのコロシアムに潜入しつつお前の弟を探すというもの。コロシアム自体の破壊ではなかった筈だ。この場を借りて聞かせてくれ。一体どこで違った?」
私の脳内に、私たちと入れ替わった彼らの姿が目に浮かぶ。
「……彼らとすれ違った時です。あの時から、私利私欲のためだけに動くのはやめようと心に決めました。私は、人助けの延長線上で自分の欲を満たしたい」
「…………生半可な気持ちじゃあ、実現できないぞ」
「理解しています」
間髪入れず、私はその場にいる者たちへ言った。
「皆さんも聞いて下さい。私の無茶に付き合えないという人は今すぐここから出ていってください。自分の命が一番ですから。だけれど、忘れないでほしい。この世界には無知を利用する悪が蔓延り、自分たちはその悪にいいように笑われたのだと」
人の憎しみは強力だ。苦痛を受けた分だけその感情は強まる。そしてその行動力も。
普段ならば「してはいけない」と鍵を掛けた錠も、制御不能となった感情の目前においては、その効力を有さない。
私が放った言葉に対し、この場を去っていく者は体の一部が欠損した者のみであった。
その事実に、私は顔を綻ばせた。
「ありがとうございます。皆さん」
**
コロシアムの仕組みを説明しよう。
本施設は地下に掘られた大空洞にあり、転生者同士の戦いを堪能するため、存在している。尚、戦闘の観覧のためには血筋、社会的地位など、貴族としての資格が必要である。
転生者は戦闘場の地下に収容されており、その数は満杯で201。戦闘は辰の刻、未の刻、戌の刻の一日に二回行われ、その都度観戦に訪れる貴族の数はおおよそ五万人。収益は莫大なものだ。
戦闘に勝利した転生者は次の戦闘へと進む。
戦闘はトーナメント方式で行われ、最後まで勝ち残った転生者はコロシアムからの解放を手にする。またこの時、三つのトーナメントが並立して開催されているため、勝ち残る転生者は三人。
つまり、その三人以外の転生者は皆死ぬ。
基本的に、転生者同士の戦闘は死ぬまで続けられる、デスマッチであるから。
**
コロシアムの開催は、およそ二ヶ月間に渡る。そしてその開催から、既に一ヶ月は経っているようだ。
つまりはもう約六十人が亡くなっているということ。残りの人たちは何としても私が守る。そのためには────
「明日の試合、どうにかして私とハルさんが出場することはできませんか?」
私はその場にいた転生者の人々にそう尋ねた。一人の男性が私に答えた。
「それは無理な話です」
「どうしてですか?」
「そうですね……それじゃあ、まず初めにコロシアム地下の構造を説明しましょう」
すると彼は淡々と説明を始めた。
「コロシアム地下には、六つの階が存在しています。その階それぞれに三十数名の転生者が閉じ込められ、出場者はその階からランダムに一名ずつ選ばれます。また、選ばれた転生者の組み合わせもまたランダムです」
「……つまり、この階からも一人のみの出場である、と」
「そうです」
地下に六つのフロア……か。確かに、この場所を見てからこの牢獄はここだけに留まらないだろうということを薄々感じていた。というより、そうであると信じたかった。弟の姿が見えなかったからだ。
……ひとフロアから二名の出場は不可能、か。
あわよくばハルさんやカルさんと共に出場し、戦闘場にて貴族たちを一蹴できれば良かったのだが、どうやらそう単純にはいかないようだ。
私が少し頭を悩ませていると、男性がこう言った。
「ですが、一人なら選ぶことができます」
その言葉に、私は直ぐ尋ねる。
「どういうことですか? さっきはランダムって言ってませんでしたっけ?」
「ええ。ですがそれはあくまで、“立候補者”がいなかった場合についてのことです」
「立候補者……つまり、自ら名乗り出れば出場することができるんですね?」
「その通りです」
考えをまとめた後、私は言葉を発した。
「よし、それじゃあ皆さん。私のプランを聞いてください────」
**
時が過ぎ、辰の刻がやってきた。
戦いの組み合わせは、辰の刻にコロシアム運営の人間がこのフロアへと足を運び、私たちへと知らせる。
「今回の組み合わせは順に1と3、2と6、4と5だ。つまりお前らフロア1の人間はフロア3の奴と戦闘することになる。戦闘の開始は五分後だ。立候補者はいるか?」
牢屋の中、私は静かに手を挙げる。今の私は、私と入れ替わった彼女として存在しなければならない。
運営の男が牢屋の鍵を開けながら、私へ問う。
「お前、名前は?」
「『ミズカミ・マイ』」
「それじゃあミズカミ。俺についてこい」
立ち上がり、歩いていく彼の後をついて行く。牢屋の中で座るハルさんと目を合わせ、互いに頷いた。私が立てた作戦は“一日で終わらせる”。これ以上、被害者を増やさぬために。
牢獄の先、私たちが侵入してきた方の出口とは反対の方向に備えられた扉。男はその扉を開けるよりも先に、私の腕に腕輪を取り付けた。その腕輪は黒く発光し、私のオーラを強制的にゼロにした。
「これより先、約十分間はオーラを練ることを禁ずる。まあ、既にその魔道具の効果で練ること自体できないだろうけどな」
確かに、そういった感覚があった。生命エネルギーを強制的に内側へと押し込まれているような感覚。言わば、満員電車に乗った時のような体の不自由さ。それが私の感覚を覆った。
彼は扉をゆっくりと開ける。その先には、上下へと伸びる螺旋階段が備え付けられていた。
その階段を上がっていくと、数時間ぶりの外の空気が私の肺へと流れ込んできた。コロシアムの戦闘場と称された場所は土で固められ、高く幾重にも階段状に重なった観客席に囲まれる形で在った。
そして私の頭上、観客席には数え切れぬ程の貴族の数々。彼らは皆取ってつけたような笑みを浮かべながら、拍手をしていた。
鳴り止まぬ拍手の中、私は背後に不気味なオーラを感じる。
振り返るとそこには、運営の人間に連れられてくる一人の男がいた。彼にも、私と同様の腕輪がつけられていた。
つまり、オーラは制限されているということ。それにも関わらず、私は彼の存在を強く感じた。その存在感がオーラであると誤って認識するほどに。
どうやら彼が、私の対戦相手のようだ。彼は私に手を差し出す。
「『マツシロ・ヒビキ』だ。よろしく。女だからって手加減はしないぜ?」
私はその手を握り、笑顔で応じた。
「ミズカミ・マイです。どうぞよろしく」
……ごめんなさいハルさん。彼と少しだけ、戦ってみたくなりました。




