4話:慧可断臂
「能力を使用するにあたって、まず必要なのは、自分のオーラの分類を把握することだ」
そう言ったエリナは、私たちへと両手を差し出し、それを握るよう指示した。
何の疑いもなく、彼女の手をそれぞれ握る私とアキサ。
すると、エリナは瞼を閉じた。
これは彼女が集中している時にする動作であり、私が見るのはこの時で三度目であった。
少しすると、彼女は瞼を開き、いつもの朗らかな笑みへと表情を戻した。
「よし。もういいよ」
エリナは続けて私たち二人へと尋ねた。
「さて、どっちから自分のオーラの分類を聞きたい?」
その言葉に緊張感が迸る私とアキサ。
思えば、自分たちのオーラに的確な分類など、今までしたことはなかった。
「どうする?」
「私からいく?」
「うん。ちょっと私ドキドキしてるから先いいよ」
規模の小さな話し合いにより、私が先にエリナから分類を聞くことになった。
「じゃあお願い、エリナ」
私がそう言うと、エリナは私の肩をがしりと掴み、告げた。
「アイ。君は私と同じ風の能力者だよ!」
「おっ、やった!」
思わず笑みを零す。
正直、私は風が一番良いと感じていた。
能力をいざ使うとなった時、そのコツ等を的確に教えてもらえるのは大きいし、何より彼女が見せてくれたあの浮遊が、ザ・能力って感じがして素晴らしい。ロマンチックだ。
そして、次はアキサ。
私と同じように、彼女へと発表するエリナ。
「アキサ。君は火の能力者だ!」
「おお! かっこいいやつですね!」
それぞれ自分の分類を教えてもらった私たちが自分のオーラの分類を初めて知れたという喜びの渦にのまれている中、エリナは私たちへ言った。
「じゃあ今一度、能力というものについて説明しよう」
そう言うと、エリナはホワイトボードにペンで能力についてを書き始めた。
文字を書きながら、教師が生徒へと授業を行うようにして話し始める。
「私たち人間は、まず初めに魔素を体内へと取り込み、生命エネルギーを作り出す。その生命エネルギーが体外へと溢れ出ているのがオーラ。ちなみに、体外へと溢れ出る過程で、このオーラは既に体に適した分類のオーラに変換されているよ」
ここまでは今までエリナから学んできたこと。
これからが新しい、能力についてだ。
「そのオーラを消費して魔素を具現化するのが能力だ。例として挙げるならば、アキサが属する火のオーラ、火の能力の使用者。彼らは火を具現化し、戦闘や日常に応用を利かせている。まあもちろん、具現化するだけが能力ってわけじゃないけどね」
エリナがあの時私に見せた風の能力は、自身のオーラを消費して上昇気流という風を具現化した、ということか。
オーラの消費と魔素の具現化。恐らく今度はそれが修行の課題となるだろう。
彼女の話から、私はとあることに興味が湧いたので、訊いてみることにした。
「エリナ。火や風のように、具現化する対象が思い浮かばないんだけど、天のオーラの能力はどういうものなの?」
すると彼女は少し表情を曇らせた。何かマズイことを言っただろうか。
「う〜ん……その問いに答えるのは少しばかり難しいかな」
「どうして?」
「天のオーラは他とは性質が全く異なるんだ。だから具現化するものは自由自在。何だって具現化できるんだ」
耳を疑うような言葉が放たれた。
再度の確認の意を込め、訊く。
「……何でも?」
彼女はハッキリと答えた。
「何でも」
どうやら、天の能力者の者は、本当に何でも具現化できるらしい。
……それって最強じゃないか?
銃とかを具現化したいと思えばそれを具現化できるんだし、剣や盾、お金さえ具現化できるのかもしれない。
そんなことを考えていると、エリナが私の様子を見て言った。
「アイが色々考えに耽ってしまいそうだから言うけど、天の能力者が具現化できるものにはある程度制限があるんだよ」
「制限?」
「うん。具現化するものは、自分が明確にイメージできるものに限るし、尚且つ小さすぎず大きすぎず。だから使いこなせるのはほんの一握りの才能だし、まずまず天の能力者なんてこの世にたった“六人”だ」
たった六人。その言葉に衝撃を受けたのは、私だけじゃなかった。
隣のアキサが思わずして声を挙げていた。
「えっ、そんな少ないんですか?」
「そうだね。今この世に存在する天の能力者はたったの六人だ」
唖然とする私たちを見て、エリナは話に区切りをつけた。
「ごめんごめん。話が逸れたね。え〜、だから、話を戻すと、君たちに今からやってもらうことは、能力を扱うための修行だね。そのためには、予め能力に関する基本知識は知っておいてもらいたかった」
この日から、私たちは個別での修行が始まった。
今までとは異なり、アキサと一緒に修行することは、エリナによって禁止された。
理由としては能力は基本、他人へと簡単に明かさないもので、単独で習得するものだから。
というわけで、私がミーティングルームの入口側の端、アキサがその真反対側という位置で、私たちは修行を行った。
まず初めに、オーラを体の一部へと集中させる修行。
この修行がオーラの発散に繋がり、いざ能力を発動する時にスムーズに発動ができるようになるらしい。
オーラ移動のコツとしては、体重移動の感覚に似ている。
何故ならば、体重はオーラと同じように形のない情報だからだ。
そしてオーラ移動ができるようになれば、次は想像力の修行だ。
あるお題を提示され、それをイラストで表現するという修行。
描いたイラストをエリナに見せ、合格の言葉を引き出せたら、修行を終えられる。
そして最後に、オーラの移動と自身が属するオーラの分類に関する想像を行う。
つまり、手から能力を放出したいとなった時、手へとオーラを集中させ風という存在を想像する。
そうすることで、やっと能力の発動に至る。
初めは手のひらから手をかざしてやっと感じられる程の小風を起こすことしかできなかった。
しかし修行を経るにつれ、硬式の野球ボール程度ならば浮かせる程になった。
そんな時、私はとあることを目撃した。
能力の修行開始から、約半月。
もうすっかり慣れてきたメルドの町並みを通り過ぎながら、三人で話していた時、城門の方が何やら騒がしかったので、私たちはそこに向かうことにした。
すると、城門前の歩道の両端に、直線上で多くの人々が並んでいた。
彼らのざわめきが、私らの耳へと届く。
「あの人が『リオン・アルデバート』? 随分と華奢なのねぇ」
「でも、あんなナリでも世界屈指の実力者なんでしょう?」
「へぇ〜、人は見かけによらないものねぇ」
私は彼女らが向いていた方向に視線を向ける。
するとそこには、一人の男とその周りに鎧────西洋のようなものではなく、ファンタジー作品によく見られるような鎧を着用した何人もの人。
彼らの中心にいる男というのが、彼女らの言うリオンという人物なのだろう。
彼の顔を見ようと、私は人々の後ろから、背を伸ばす。
「ん〜……見えないなぁ」
しかし、結局見えたのはリオンという人物の後ろ姿と鎧を着用した人たちの頭部だけ。
それは、私とほぼ同等の身長であるアキサとエリナもどうやら同じだったようだ。
すると、エリナが私たちの手を引き、何故か来た道を引き返し始めた。
「二人共、行こう」
「エリナ? どうしたの?」
彼女は鬼気迫るような表情をしていた。
それは私たちに初めて見せる表情であり、今私たちに迫っていることが深刻であることを意味していた。
だが、私たちはそれを理解できていない。
三人で、無言のまま暫く歩き、誰の目にも止まらないような人気のない路地裏まで来たところでエリナは足を止めた。
やがて彼女は過呼吸の状態となり、その場にへたり込んでしまった。
「はあっ……はあっ……!」
そんな彼女を、私たちは心底心配していた。
「ちょっ! エリナさん!? 大丈夫ですか!」
「エリナ!」
しかし、そんな私たちの心配とは裏腹に、エリナは直ぐに呼吸を整え立ち上がった。
「ごめんごめん、大丈夫だよ」
それから再び、歩き出した。今度はゆっくりとした歩調で。
彼女は私たちへと話す。
「アイ、アキサ。次にああいった連中を見つけたら、一目散に逃げるんだ。いいね?」
「エリナ……理由を訊いてもいいかな?」
私がそう尋ねると、エリナは正面を見たままで返した。
「あいつは異世界革命家のリオン。革命家の中で最も残虐で、何人もの転生者を殺してきた。目をつけられた時点で死が確定する、なんてことが言われてる」
続けて、アキサが尋ねた。
「殺してきたんですか? 商品として扱うのではなく?」
彼女は私たちと視線を合わせようとしなかった。
「そう。革命家の中には転生者を殺すことを楽しむ者だっている。凌辱し、相手を辱めることで快楽を得る者もいる。いいかい? この世界、そして革命家は転生者にとって残虐非道なんだ」
エリナの言葉に、私たちは上手く言葉を返すことができなかった。
**
それから五日後。
私たちはエリナによって、能力者と名乗って良い資格を授けられた。
つまり、修行からの解放である。
そしてエリナとの師弟関係も、ひとまず終了である。
私たちは修行の終わりに、それぞれ一人ずつ、エリナとの対談を望んだ。
「エリナ。今まで本当にありがとう。感謝の言葉しか出てこないよ」
「ふふっ、私は自分のやりたいことをやっただけだよ」
微笑むエリナ。
私はこの約二ヶ月の期間でのことを隅々まで思い返す。
「エリナに命を助けられ、能力者になるための育成をしてもらった。それに加え、転生してから今日まで、生活にかかるお金は全部払ってもらった。繰り返すようだけど、ありがとね。エリナ」
彼女は微笑みを絶やさなかった。
「アイはこれからアキサの補助をする予定なの?」
「うん。大事な友達として、アキサの家族を見つけてあげたいからね」
「それからは?」
「う〜ん……それから考えるよ」
「あははっ」
エリナは笑う。私もそれに釣られ、口元が緩んだ。
そして一番聞きたかったことであることを、私は彼女へ尋ねることにした。
「エリナ。最後に質問させて」
「うん? いいよ」
私は、思い浮かべていることを、口にするのを少し躊躇った。
それを訊くことは、彼女との関係性を崩してしまいそうだったから。
しかし、それでも訊かずにはいられなかった。私の“目的”のために。
「エリナ。……私は、エリナを殺すことができる?」
「できるよ」
少しくらい沈黙が流れることを覚悟していたが、間髪入れず、尚且つ笑顔のままでエリナがそう言ったため、私は空いた口が塞がらなかった。
「君の潜在能力なら、あと五日も修行を続ければ私を超えられる筈さ。それは、今まで一緒に生活してきた私が一番知っている」
「そう……なんだ」
驚きを隠せずに、言葉が上手く出てこない。
あと五日……か。私のプランにおいては短すぎるくらいだ。
「わかった、ありがとう」
そして、エリナは当然の疑問を口にする。
「でもどうして?」
私は包み隠さず、堂々と話すことにした。
それが今後この異世界において必要となる態度であろうから。
「私、異世界革命家を全員倒すつもりなんだ」
私の言葉に、今度はエリナが衝撃を受けていた。
その衝撃は、言葉の意味を理解すると同時に、彼女の中で怒りに変わる。
「なっ……君は何を言っているのか分かってるの!? それは自分の命を自ら進んで殺してくださいと差し出すようなものなんだよ!?」
「わかってるよ。勿論ね」
「じゃあ、なんで────」
彼女の言葉を途中で区切るようにして、私は言う。
「五日ほど前、メルドで革命家を見かけた時、エリナは教えてくれた。この世界は転生者にとって残虐非道なものだと」
エリナは何か物言いだけな顔をしていたが、黙って私の話を聞き続けてくれた。
「ここは常世だ。現世で死んだ転生者が人生をやり直せる場所。それなのに、転生者は常世に来た瞬間に革命家に早々に狙われ、酷い目にあう。私は、こんな世界が許せない」
「だから革命家を殺すの?」
「……殺すとまではいかなくても、私は奴らの非道を止められればそれでいい」
私が精悍な顔つきでそう告げると、止めようとしていたエリナの方が先に折れてくれた。
「わかった。君はもう少し私と修行を続けよう」
そんな彼女の言葉に違和感を覚え、私は質問の意も込めて言った。
「やけに早く折れたね? いつもならもう少し粘るのに」
そう。彼女は根気強く、負けず嫌いだ。
彼女が私の潜在能力を一番理解しているのと同じように、私も彼女のそんな性格をアキサと同様に一番理解しているつもりだ。
「アイがいつになく真面目な顔してたからね。本気だってことがひしひしと伝わってきたよ。だから私も協力する」
私は思わずして笑みを零し、彼女に握手を求めた。
「それじゃ、これからもよろしくね。エリナ先生」
彼女は私が差し出した右手を固く握り、言った。
「こちらこそだよ。アイ」