39話:子宮
何故フウガさんは私のためにこの四人を配置したのだろう。
ハッチに繋がる梯子の下、そこにはコロシアムへと繋がるであろう長い一本道があった。私はその場所を四人の後ろを歩きながら、そんなことをふと思っていた。
今まで彼と話したのは僅か二回。その関係性は薄氷のように指でつつけばいとも容易く割れるようなものの筈。だからこそ、彼の意図がよく分からない。
自分の地位が凋落するような大きな危険性を孕むようなことに、何故助力をするのか。
考え得るパターンは大きく分けて二つ。
薄氷を堅氷にしようとしているのか、何かしらの策に私を陥れようとしているのか。
前者であることを信じたいが、先ほどから言っている通り、私たちの間にある信頼は決して強いものとは言えない。そのことから、後者であることを推す方が自然だろう。
少しの間、思案に浸りながら道を歩いていると、正面遠方に五人の人影が見えた。彼らとの接近中、私は背後から尋ねる。
「あの人たちが私たちと入れ替わる人たちですか?」
答えてくれたのは、グロウドさんだった。
「ああ。俺たちと入れ替わり、その後はフウガさんのご厚意で自由の身にする約束になっている」
「へぇ。お優しいんですね」
言葉に出したことが私の思ったことだ。それ以上でもそれ以下でもない。ただ、フウガさんの行為の裏に潜むかもしれない何かを見ようとしたことは、否定できない事実だ。
やがて、彼らと言葉を交わす時が来た。間近で見るとよく分かる。彼らがコロシアムでどのような仕打ちを受けてきたのかを。
所々破けた衣服、体の至る所に傷が垣間見え、目が欠損している者もいた。それを目にした私には、心の中で沸々とした怒りが込み上げる。
彼ら全員は深々とお辞儀をした後、そのうちの一人が出てきて、謝意の言葉を口にした。
「本当に、感謝してもしきれません……! 私たちをあの地獄から解放していただき、ありがとうございます……!」
その言葉には、リオナさんが応じた。
「今までよく頑張りましたね。貴方たちの未来が幸せとなることを私たちは心の底から望んでいます。地上に着いたら、私の功力が貴方たちを安全なところまで案内する手筈となっています。なので、先ずはこの先にある梯子を目指してください」
すると彼らは一人一人「ありがとうございます」と声を震わせながら、蹌踉めきつつ着実に、自由への道を歩んでいった。
私たちは彼らと逆の方向に足を進めていく。その果てに間から微かに光が差す、朽ちた木の扉の前に辿り着いた。見た目だけを見るのであれば、簡単に壊せそうなこの扉であったが、どうやらそう簡単にはいかないようだ。
錠前の形を模したオーラが功力として、扉全体を覆っていた。この入り組んだ構造をするオーラの流れからして、功力であることは間違いない。
つまりは、触れること自体にそれなりのリスクを負うということ。
私が「これどうするんですか」と訊こうとしたその時、上から音がした。まるで地面を削るような、そんな音がした。同時、上の天井────正確には地面との境のない土が隆起し、そこに巨大な穴が空いた。
穴より私たちの立つ地面に降り立ったのは、一人の少年。見た目からして、十歳かそこらだろう。
その割には流暢な言葉遣いで、彼は私たちへと言った。
「地中から失礼いたしました。僕は『ヒュウ・ヅアン』。先日、貴方たちに雇われた解錠の専門家です」
錠前師。なるほどなと私は思った。そして思ったよりも多くの人間が私用に振り回されてるのだと理解した。それと共に、早急に事を済ませなければならないという焦燥感にも駆られた。
「それじゃ、頼んだヒュウ」
カルさんの言葉に彼は頷き、扉と向き合う。そして彼は胸の前で印相のようなものを作った。すると忽ち、彼の体を緑色のオーラが覆った。
能力や功力の類ではない。ただ、その存在自体はオーラ。私にはその存在を認知するだけの知識が足りていなかった。
ただ一つわかったこと。ヒュウくんのオーラが扉を覆っていたオーラと調和するように溶け込んでいき、それほど経たないうちに扉のオーラが飴細工をハンマーで叩き壊す時のようにしてバラバラに飛び散った。
つまりは解錠した。
「それでは、また会いましょう」
ヒュウくんはそう言うと足にオーラを集約させて高く飛び、天井にあった巨大な穴へと飛び込み、どこかへと行ってしまった。ハルさんはドアノブに手をかけながら、私へと彼に対する説明をした。
「彼は私たちが雇った錠前師兼案内人の仕事仲間ヒュウ。低賃金で働いてくれるから、いつも助けられてる」
「案内人なんですか? どこかに行っちゃいましたけど」
「足元、よく見てみて」
私は言われた通り、足元に集中する。するとそこには、目にオーラを集約させてやっと見える程の薄い緑色のオーラの線が引かれていた。このオーラの感じはヒュウくんのものと一致している。
「なるほど……」
見たところ、オーラの線は扉の向こうにまで繋がっているようだ。そのことが、彼が案内人であるということの証明となっていた。
ハルさんは扉を静かに開ける。
その向こうに広がっていたのは、枝分かれした道。これまでの道とは違い、土ではなくコンクリートによって作られた道であった。
尚、ヒュウくんのオーラが伸びているのは右左あるうちの左の方向であった。したがって、私たちはそちらの方向へと歩いて行く。その道の先に二人の人影が見えた。
私たちと彼らの間、一定の距離を取った時点で私たちは足を止める。ハルさんが言った。
「邪魔。誰だか知らないけれど、退いて」
その反応より、私は彼らが味方でないことを知る。彼らは私らへと言う。
「残念ながら、ここは革命家もしくは革命家の同伴がなければ通れない決まりとなっております。速やかに立ち去りください」
するとハルさんは、手の動きで私たち四人を後方へと下げた。それから私に対して告げる。
「いい機会だ。アキサちゃん。私の功力について説明しよう」
「……! お願いします」
自身の身で功力を受けて尚、未だ完全な理解には及んでいない彼女の功力。視界がティルトシフトのように固定された。オーラを練った時点で功力の影響が加速する。理解できたのはせいぜいこのくらいのことだ。
それを説明してくれるというのだから、断るという選択肢は一切ない。
瞬間、彼ら二人が駆け出す。彼らの手には、オーラで作り出した鋭利な能力の刃が握られていた。私がそれを確認すると同時、彼らの手に握られた刃は無数のものへと変貌を遂げ、彼らはそれを一度で全てハルさんのもとへと投げた。
ハルさんはそれら無数の刃を、“何か”で全て弾いた。
鉄同士がぶつかり合うような音とともに流れ弾がこちらへと飛んできたが、カルさんらの能力によってそれらの軌道は逸らされ、壁や天井へと飛んでいった。
一方、私はハルさんが手にしていた“何か”を目で捉える。
鎌だ。彼女は自身の体よりも大きな鎌を持っていた。
「私の功力は二つ。『ティルト』とこの『鎌』だ。但し、功力自体が非常に強力なものであるために、私自身に課した制約も同等に強いものだ」
制約……確かに、あれほどまでに不可解で強力な功力であれば、あるのは当然だ。ただ、一体どのような制約を?
私には、その想像ができない。これは経験上の問題だ。流石に制約までは教えてくれないだろうと勝手に思っていたのだが、彼女の言葉はその思いとは異なるものであった。
「『戦闘開始から二分、決着をつけることができなければ命を失う』。それが私の制約だ」
「命を失う……」
驚きよりも大きな納得の感情が私を襲った。もとの状態であの威力。
今のハルさんは、功力と制約を開示した状態。つまり、その分だけ功力の威力がかさ増しされる。
瞬間、ハルさんの姿が消えた。そう思った途端、男二人の首が宙を舞う。ハルさんが、鎌で彼らの首を斬り飛ばしていたのだ。
次に私がハルさんの姿を見たのは、彼らの首が地面に着地した時。彼らの倒れた体の向こう側に彼女は立っていた。
「さっ、行こう。目的地はもうすぐだ」
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「どうやら……合流したみたいだな」
自室、悠然とアキサらのオーラを感知していたフウガ。彼は立ち上がり、部屋の隅へと配置した、自身の背丈の倍はあるであろう本棚の方へと足を進めた。
フウガはその本棚から、一冊の本を取り出す。表紙には『Aeternitatis matrix』という文字が印刷されていた。
フウガは表紙を見ながら呟く。
「そろそろだ。そろそろ“マトリックス”が来る」




