37話:懐疑、再び
「近々、貴族の方々を狙った暴力集団が増加傾向にありましてね。先の非道は大目に見ていただけると幸いです」
少女が私を先導しながら、そう言った。コロシアムの運営側が非道とはよく言ったものだと感じつつ、私は返事をした。
「ええ。別に構いませんよ」
足を運び続ける彼女、そのオーラを見て私は言う。
「あなた、お強いんですね」
「年の功ってやつですよ。こう見えても、四十は超えてますからね」
「えっ……!?」
彼女の体裁を見て、それは明らかに少女のものであったがために私は少女であると見ていたが「四十」というその言葉を聞き、私は衝撃を受けた。
「ふふふ、よく驚かれます」
「あれですか? アンチエイジングってやつですか?」
そう訊くと、彼女は明確に否定した。
「いえ、“特性”ってやつです」
「特性? 何ですかそれ」
聞き覚えのない言葉に、私は思わず反復して尋ねてしまった。対する彼女は、穏やかな声で言う。
「能力や功力とは違う、その人のみが持つ特殊な性質のことです。私の特性は後天的なものですが」
「……初めて聞きました」
特性。その言葉を聞き、私はまず最初にウォルスさんの予感のことを思い出していた。未だかつて外れたことのない彼の予感だ。
それが特性なのだとしたら、命中率百パーセントという不条理にも説明がつく。
そんなことに考えを巡らせていると、入り組んだ道を進み、正面に巨大な廃墟が見えてきた。彼女はそれを見ながら言う。
「あの場所がコロシアムの入口となっております」
それから少しの間、私たちは歩き、その廃墟へと辿り着いた。内部に物は何もなく、私のフロアと同じくらい殺風景であった。ただ一つ、地下の空間へと繋がるハッチを除いて。
彼女がハッチの前にまで足を運んだ、その途端、彼女は急にこちらへと振り返った。
「さて、幾つか質問をさせてください」
「質問? ……わかりました」
脳裏に少しだけ過った嫌な予感を私は無いものとし、彼女の質問を聞くことにした。だが、その予感は正しいものであったと、彼女の言葉により裏付けされた。
「あなた、貴族じゃないですよね?」
私は受けた衝撃を包み隠すようにして、口元に笑みを浮かべ、訊いた。
「どうしてそう思うんですか?」
「貴族の方々は皆、このコロシアムで目をつけた人間を買収するためにここへと訪れています。なので、人間のオーラ、能力、功力、特性、それらに関する知識は人一倍頭に入れる必要があるんですよ」
つまり、特性のことを知らなかった私はその貴族である条件には当てはまらないというわけか。本来ならば、ここで立ち去るのが得策だろうが、私は一つ試すことにした。
「なるほど。確かにあなたの話は道理にかなったものですね。ですが、私が本当に貴族であった場合、あなたはどう責任を取るんです?」
「私はここの門番みたいなものです。ゆえに、外部の人間を中に入れないことが最優先される目標。たとえあなたが本当に貴族であったとしても、疑うことは責務を全うするためのプロセスで必要なことです」
「だから、責任を取る必要は無いと?」
「ええ。寧ろ称賛されるべきだと私は思いますね。ただ侵入者を排除しようとするだけですから」
……どうやら、やるしかないようだ。極力荒いことはしたくなかったのだけれど。
私はオーラを足に集約させることにより、瞬時に彼女の懐に潜り込む。そして彼女が攻撃に転じるその瞬間、私は彼女よりも先に能力の発動に至る。
だがしかし、能力が彼女へと触れるまでの刹那、彼女はその僅かな時間の間に功力の発動に至った。同時、私はわけも分からぬままに後方へと吹っ飛んだ。
感覚としては、何か得体の知れない塊に体全体をぶん殴られたようなものだ。強い痛みと共に、私は着地する。
攻撃の直前、反応が間に合わず、彼女の攻撃をオーラという壁なしで直に受けてしまった。にも関わらず、この程度の威力。さほど攻撃力に頓着していない功力なのだろう。
とはいえ、断定はできない。それに、功力が今の一つとも限らない。慎重に見定めなければ。
彼女がこちらを伺うにしたがって、私は先ほど攻撃を受ける際に彼女の背中へとこっそりと付けておいた功力を発動する。
瞬間、彼女の背中で小さな爆発が生じる。
彼女が爆発の勢いで地面に膝をつくのと同時、私の体に異変が起こった。その影響により、私の方が彼女よりも深く、地面と向き合う。
「な……何……?」
私の器官としての目は、確かに地面を捉えている。その筈だ。
だがしかし私の脳が処理した情報は、斜め上方向、その上空から見た倒れる“私”であった。
何が起こったのか理解するよりも早く、爆発でダメージを与えた彼女が立ち上がって私の方へと近づき、言った。
「いてて……あ、そういえばまだ名前を紹介してませんでしたね。私『ハル・マゼリン』と言います」
同時、私の記憶の中のその名前がフラッシュバックのように浮かび上がった。
「まさか……こんな形で知り合うなんてね……」
ふらふらとしたまま、私は立ち上がる。体の感覚はあった。ただ、視覚のみがおかしかった。
その真実は、ハルさんの口から語られることとなった。
「どうやら、私の功力が効いてきたようですね。私の功力は、相手の自由を奪い、確実に仕留めるためのもの」
「……なるほど。道理で視界が変なわけですね」
まるでティルトシフトのように、視界が固定されている。仮に固定された私の視界をカメラが捉えているのだとしたら、そのカメラは私の動きに合わせることはなく、決して動かない。
つまり私はこの制限された視界、五メートル立方ほどの視界の中で雌雄を決する必要がある。
私はカメラがハルさんの姿を捉えているうちに彼女への攻撃を試みるも、オーラを練った時点、それは彼女によって止められた。
「やめた方が良いですよ。私の功力は相手がオーラを練った時点から反応を示します」
彼女の言葉通り、次は右手の感覚が無くなった。
瞬時にオーラを練ることをやめ、私は思案に浸る。
ハルさんは先ほど、自身の功力が『相手の自由を奪い、確実に仕留めるもの』と形容した。
その自由の奪取はどのくらいまで?
私が何も感じられなくなるまで?
なにも、有り得ない話ではない。
高度な制約と複雑な発動条件のもとにおいては。
彼女の功力はオーラの練りに反応を示す。それは量に比例するのか、はたまた回数に比例するのか。
私は賭けに出ることにした。
瞬間、私はオーラを自身の最大にまで練り上げる。
そしてそれを功力へと変換する。同時、私の聴覚が失われた。
だが、功力の発動には問題ない。
発動の瞬間、私は左足の感覚を失い、その場に膝をつける形となったが、それでも何とか力を振り絞り、狙いを定める。
彼女を囲う形で十本の火柱を立て、それらは円環を成す。私の功力の発動条件が整った。
したがって私は、彼女を中心として巨大な火の渦を発生させる。
手応えはあった。
少しして、私の失われた感覚全てが元に戻った。そして、戻った視界で私は火の渦の方向を見る。
そこには────
「いやぁ、少々びっくりしました」
ピンピンとしているハルさんの姿があった。
犯罪組織ヘビの頭、ネウルスのガードさえも貫く私の功力の威力。それが目の前の一人の女性によって、いとも容易く防がれてしまった。
それ即ち、私と彼女との間に天地ほどの差があるということ。今のが私の出せる最大威力の攻撃であった。
彼女を倒す方法はもう無い。たった“一つの手段”を除いて。
私がその手段を使おうとした瞬間、私の視界がぐらついた。途端、意識を保つことができなくなり、私はその場に倒れ込む。
私は、ハルさんの手刀によって気絶させられたのだった。




