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異世界、貴女と笑顔でさよならを  作者: 焼魚
4章:スメラギ家
35/38

35話:私たちへ

スピチュード、異世界政府軍本部にて。


政府軍は意欲の向上を目的として、一つの方針を取っている。

それは『順位十位以内の人間は、本部のフロア一つを各自で所有できる』というもの。


最上階から十番目のフロアまで、その部分が政府軍に所属する順位十位以内の人間の所有するフロアの部分である。


したがって、五位のアキサは上から五番目のフロアを独占していた。


「……」


無言で窓の外を眺めるアキサ。その表情はどこか虚しさに包まれていた。

そんな彼女の耳に、来訪を告げる呼び鈴の音が届く。


「邪魔するよ。アキサくん」


来訪者は、ユウスであった。

「女性の部屋に許可なく入ってくるなんて、失礼な人ですね」

「“部屋”、ね」


ユウスは広々としたフロア全体を見渡す。そこには、何一つとして物が存在していなかった。

「ミニマリストにも程があると思うけど?」

「……何も、置く気になれないんですよ」


気のない返事をするアキサに、ユウスはさっそく本題に入ることに。

「ところで、だ。アキサくん。先程アイくんに会ってきたよ」

「アイに……!? どこでですか!?」


それから彼は、アイやリラとの会話の内容を包み隠さず、アキサへと伝えた。

アキサはそれらの事実を受け、ほんの少しだけ安堵していた。


アイは変わらず生存していた。そして、今後しばらくは身を隠す。

アキサの心に、余裕が生まれた。


アイやインデックスのことに思慮を巡らさずとも、良くなったのだ。

その余裕からか、アキサは以前のような優しい顔色へと戻り、そのままの顔でユウスへと言った。


「雲隠れ……ですか。それは良かった! それじゃあユウスさん、少しの間政府軍を留守にしてもいいですか?」

「うん? 別に構わないけれど……休暇かい?」


自身の都合上、アキサは彼の問いを認めた。

「ええ。私の有給は残り二週間ほどありますからね。それを全部使おうと思いまして」

「……そう。それじゃあ、また会える日を楽しみにしてるよ」


そう言い残し、ユウスはアキサのフロアをあとにした。

アキサは再び窓の外に視線をやる。そして呟いた。


「リミットは二週間、か」


    **


同日、アキサは西側大陸東端のルータナを訪れていた。この地の革命家、フウガからの手紙があったからだ。


彼からの手紙──伝書鳩によって運ばれてきたそれは、昨日届いたもの。

そこに書かれていたのは────


    *

拝啓アキサ様


ルータナの革命家フウガです。


アキサさんの家族に関する情報を、俺の部下が入手したみたいです。


ですが生憎、俺は個人的に伝書鳩を所有していません。

公式の伝書鳩を用いる場合、一度手紙の内容を伝書鳩の運営に見せる必要があるらしいので、ここでは記すことができません。


したがって、こちらまで出向いていただけると非常にありがたいです。

俺はいつでも城にいるので、お待ちしてます。

    *


自身の家族を探す。それがアキサの目的だ。

故に、こんな手紙をよこされてただ黙っているわけにはいかない。


ルータナ国内を少し歩き、アキサはフウガの城の前へと辿り着く。

そこには、門番の彼女が立っていた。以前少し話したということもあり、アキサと彼女は知り合いだ。


「あれっ、アキサさんじゃないですか!」


門番の彼女から話しかけられ、アキサは笑顔で応じた。

「こんにちは。えっと……そういえば名前聞いてませんでしたね」

「あっ、これは失礼しました。私の名前は『キキョウ・ギュンラ』です」


キキョウの名を聞き、アキサは花の桔梗を思い浮かべた。

「キキョウさん。いい名前ですね」

「ありがとうございます」


「ところで」と、アキサは話を紡ぐ。

「どうして私の名前を知ってるんですか?」


アキサとキキョウは、かつて出会った時には、お互いに自己紹介をしていなかった。

彼女は言う。


「そりゃあ、ヘビの事件でアキサさんは一気に有名人になりましたからね」

「ああ、なるほど」


罪人が指名手配され、それが全国に報道されたように、政府軍内で活躍した人物に対しては、実名を公表して称賛している。それがこの世界の理だ。


キキョウは話題を転換させた。

「ここに来たってことは、フウガさんに会いに来たんですよね? 私、セロイさん呼んできますね」


セロイ。ここの城の案内人を務めている者の名だ。

笑顔で自分に接するキキョウの顔を見て、アキサは「幸せそうだ」とふと思う。


彼女が城の中へと入っていった後、アキサは一人、思案に浸っていた。


    **


私は、昔から人の笑顔を見るのが好きだった。

人が笑っている分だけ、その人がどれだけ幸せなのかを表しているような気がしたから。


だから私も笑っていた。無理をしてでも愛想を振りまくように、笑顔を意識していた。

たとえ自分が幸せじゃなかったとしても。


人と人とは永遠にわかりあえない。みんな表面を取り繕っていて、みんなその表面だけを見ている。それ以上に相手を知ろうとすることは、相手を傷つけてしまうことに繋がるかもしれないから。


結局、人は表面に理想の自分を映し出す。私だってそうだ。

誰にどう見られていたいか、誰と仲良くしたいか、誰を理想とするか。


本当の自分は見せることができない。第一、本当の自分なんて自分でもわからないものだ。


一人でいる時の自分が本当の自分?

最も信頼している人間と一緒にいる時の自分が本当の自分?


自分を定義するのは自分。本当にそうなのだろうか。

自分を定義するのが他人だとしたら?


その定義は他人の中の自分になる。自分の中の自分ではない。

自分の中の自分が本当の自分? そうなの?


どうでもいい。もう全部どうでもいいんだ。

疲れたんだよ、アイ。


貴女を復讐の念から救うために、政府軍に入った。でも、貴女のことがよくわからない。


どうしてアイは革命家殺しになったの?

『革命家は悪だから』


でもエリナのことを殺したのはリオン一人だよね?

『革命家はみんな同じだ』


他の革命家には良い人がいいるかもしれないよ?

『私を否定しないで』


ごめん。ごめんね。でも、アイのことがわかれないんだ。

理解しようとはしている。


でもその度、貴女はどこか遠くへと歩いていってしまう。


    **


「久しぶりですね、アイさん」


セロイさんに連れられ、アキサは革命家フウガの待つ部屋へと辿り着く。彼は彼女とかつて出会ったときのままの体裁と声色をしていた。


アキサはそれを聞き、どこかに安堵の情を覚えていた。

「お久しぶりです。フウガさん」


彼はアキサを椅子に座らせ、ヘビの件における彼女の活躍ぶりを褒めだした。

「そういえば、聞きましたよ。アキサさん。ヘビの件」

「え、ああ。大きく活躍したのは私ではないですけどね」

「でもヘビの統率者を倒したんですよね? アキサさん、滅茶苦茶活躍してると思いますよ」

「それはどうも」


ヘビの統率者にとどめを刺したのは、確かにアキサだ。

彼女は情報の詳細具合がそれほどまでに鮮明なのだと感心しつつ、本題を切り出した。


「ところでフウガさん。そろそろ本題に入ってもらってもいいですか?」

「ええ、もちろん」


アキサは自分が褒められるためにこの場所に訪れたのではない。それに、ネウルスを仕留めることができたのは、インデックスが先に彼を消耗させていたからこそ。


自分は本来、称賛されるべき存在ではない。彼女はその思いを胸に、ヘビの一件が起こったそれ以降を生きてきた。


そして何より、今は自分の家族の捜索を優先させたい。そのためには、不透明な情報でも何でも、手に入れられるものは全て手に入れておきたいのである。


「まずは少し、革命家が行っている人身売買の仕組みについて話させてください」


そう言い、フウガは話を始めた。

「ご存知、革命家の主な仕事は担当地域の統治と守護です。ですがそれはあくまで表の話。革命家の大半は現世からの転生者を人身売買に使う犯罪者です。ここで質問なのですが、転生者の無知さを利用する以外に、どうして革命家は転生者を売るんだと思いますか?」


少しの思考の後、アキサは答える。

「確かに、転生者である必要は無いですよね。……転生者特有に見られる“何か”がある、とかですか?」

「アイさん。中々いい読みです」


革命家フウガは続けていった。

「転生者というのはですね、簡単に言ってしまえば“みんな天才”なんです。原理はわかりませんが、オーラの操作や感知、功力の扱いに長けている者が殆ど。だからこそ、革命家は不安の芽を摘むために、彼らを自身の手で消そうとするんです」

「……! なるほど……!」


アキサは自身の考えとフウガの言葉とが合点がいくことを感じていた。

現世から常世への転生の際、革命家の手から逃れることのできた転生者は、政府軍にも数名いる。


アキサは政府軍に所属してから彼らと話したことがあり、彼らのオーラを肌身を通じて感じ、今でも覚えている。そして、それらはどれもアキサに匹敵する量。


また、転生者の一部はヘビに所属していたことも明らかとなっており、アキサは些かの疑問を感じていた。

しかし今、その疑問は解決した。


そして何故、自分とアイが短期間でこれ程までの力をつけるに至ったか。その謎も。


フウガは畳み掛けるようにアキサへと言う。

「ですからアキサさん。貴女は今も革命家から狙われる身であることを自覚してください。さもないと、貴女、死にますよ」

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