33話:欠如
「行きますよ。リラさん」
「来いよ、アイさん」
アイとリラの戦闘開始に伴い、アイは風の能力を纏ったままの体裁で走り出す。
一方の剣を構え、受け身でいたリラは、アイのその速度に衝撃を受けた。
油断、とまではいかずとも、欠如した集中力で臨戦していたリラは、真正面から突き進んでくるアイに対してその剣を振り下ろすまでに時間を削ってしまった。
アイはその遅れを利用し、風の能力と併用して、至速の応用により斥力を発生させた。
戦闘の開始と共に、アイは空気中に自身のオーラを分散していたがために成せる功力だ。
発生させた斥力は、三つ。
剣先。アイから向かって右方向への斥力。
剣の柄。アイから向かって左方向への斥力。
リラの柄に添えられた両手全体。下方向への斥力。
これらの斥力により、剣をスピンさせることによって、回転力を利用してリラの手中から剣を落とさせた。
リラはその功力の性質を見抜くと同時に、自身の功力を発動させた。
したがって、攻撃の軌道が大幅にズレ、アイは虚無を殴ることとなった。
その生じた隙により、リラはアイの懐に潜り込み、後転跳びのような形で足元に転がった剣を拾うと同時、アイを蹴り上げた。
防御はしたものの、高く蹴り上げられたアイは、空中にて瞬時の思考に走る。
『何をされた? 今、私の拳は確かにリラさんの体を捉えていた。だが、結果として私の拳は大きく上に逸れた。私の意思とは関係なく、だ。つまりそれはリラさんが功力を発動したというわけだが、あの時、特にそれといった外的衝撃は感じなかった。一体何が起こったんだ?』
アイの思考が完結することなく、次の攻防は始まる。
しかし、アイには些かの、依存するとまではいかない程度の余裕があった。
相手の功力は基本的に不透明。それ故に、敵対する者との功力を用いた戦闘は不意打ちが基本の策。
だから一度でも功力を使用し、相手を負かせられなかった場合、それは圧倒的な不利な状況となる。
現在、アイとリラの両者は、どちらもその不利な状況に違いないのだ。
加えて、アイの功力は複数個ある。基本、脳のキャパや制約の関係で功力は一つに制限する者が多いが、アイはそうでなかった。
複数の功力を扱うことには、最初こそ苦労したものだが、今となってはその手札の多さがアイの強みだ。実際、今こうしてリラと敵対し、彼女は余裕を持てている。
それが次に攻撃へと転じる際、リラよりも一歩上回る結果として現れたのだ。
風の能力を纏っていたことにより、アイは宙に浮くことに成功する。そしてリラは雷の能力を利用して、瞬時に彼女の高さにまで飛び上がり、剣を振るった。
その素早い動きは、通常のアイの動体視力ならば、確実に斬られていただろうと確信できるもの。しかし今の彼女は、至速で満たされていた。
故に、彼女の斬撃を軽く避け、そこに功力を発動する。今度は彼女の体を中心として、引力と斥力を無規則に、様々な方向へと発動した。
リラが功力に翻弄され、宙で四方八方に引かれ飛ばされる中、アイは地面に降り立った。
そして、体を半分捻りその腹の前で拳を作る。その拳に左手を重ねるようにして置き、アイはそこに全オーラを集約させた。
それは天のオーラであるのにも関わらず、その場に居合わせたヒュウゴやラッド、フィル、リラの目にはっきりと飛び込むもの。
アイは意識の中で最終的に自分の方向へとリラが飛んでくるように功力を発動していた。そして、その通りにリラの体は操作されていた。
高速で飛んでくるリラを、アイは目で捉える。瞬間、彼女の拳がリラ目掛け、突き出される。
だが、それは彼女に当たる直前にして、アイの意思に関わらずして再び軌道が変わった。
『どういう原理なのかは知らないが、相手の攻撃の軌道を変えることのできるのがリラさんの功力だ。理解した』
予め仮説を立てていたアイは、拳の一突きのみの攻撃のように思わせ、もう一つの攻撃手段を準備していた。
アイは左の手ひらの風の能力──丸く凝縮させた風の玉をリラの体にぶつけようと、それに斥力を施す。そうすることにより、軌道の逸れによって生じた体のバランスの崩れを取り繕った。
球状の風がリラの顔面へと飛んでいく。仕方なく、リラは“第二の功力”を発動した。
すると忽ち、リラの姿が瞬時にしてアイの前から消えた。
バランスを崩したため、転ぶアイは、すぐさま風の能力で立ち上がろうとしたが、彼女の首元に剣が突き付けられた。
二人の革命家の実力差が明らかとなった瞬間であった。
「ははっ、負けたー」
仰向けになり、天へと向けそう言うアイ。それに対してリラは納刀した後、彼女へと手を差し伸べた。
「さすが東の革命家殺しだ」
微笑みながら、アイはリラのその手を強く握った。立ち上がり、賞賛の意を込めてアイは言う。
「やりますね、リラさん。最後、何が起こったかわかりませんでしたよ」
これ以上、戦闘の必要がなくなったリラは、説明することにした。計二つある、彼女自身の功力についてを。
「あれは雷のオーラの性質を利用した『速度を極限まで高める』という功力だ。ちなみに、アイさんの攻撃の軌道が逸れたのも、俺の功力。恐らく、アイさんは見抜いていただろうけれど」
「なるほど。雷のオーラを最大限利用しているわけですね」
通常、雷の能力を利用した動きの向上は、風の能力のそれの二倍。速さのみの観点において、雷は最速。
だからこそ、アイは彼女の功力の性質に関して、雷の性質にまつわることへの思考を巡らせていなかった。
功力は自由にその性質を決められるという点で強みがある。だからこそアイは、剣やら引力やら治癒力やら、複雑なものばかりを具現化していた。だが、実際に相手が功力の性質として定めたのは、至ってシンプルなもの。
アイの自分本位な認識がこのような結果をもたらしたというわけだ。
「時にアイさん。アイさんの功力は幾つあるんだ? 見た感じ、引っ張るのと吹き飛ばすの二つはあるよな?」
隠す必要は無い。アイは剣を具現化した。
「ええ。加えて、この剣。オーラを込め、対象を斬った場合、ダメージは与えられませんが、対象のオーラを一時的に無効化します」
「ほうほう」
「逆にオーラを込めず対象を斬った場合には、ダメージのみが与えられます」
「なるほど。アイさんの功力は三つか」
同時、アイは剣先で自身の腕に軽く切り傷を付けた。そして剣を消す。
「いえ、まだありますよ」
そう言いながら、アイは傷口に功力による治療を施す。
「これが四つ目。オーラによる治癒です」
「……! 治療までできるのか……!」
「あとは────」
アイは功力の発動のため、一度リラとの距離を取る。それから、手のひらの上で燃え盛る炎を発動した。
「これは分類付与とほぼ同じようなことですが、天のオーラで具現化しているので、分類付与時に起こる威力の低下はありません。私はこれら五つと、もう使うことのないであろうデバフ系の功力も持ってます」
彼女が所有する六つの功力を全て話すと、リラは少しの沈黙を挟み、アイへと告げた。
「……アイさん。多い」
「えっと……手数が私の武器なので」
アイはそう返したが、それは知識のない人間の発言に過ぎなかった。
「アイさん。脱却は済ませたか?」
「ええ。それがどうかしましたか?」
次に発されたリラの言葉は、アイのこれまでを否定するようなものだった。
「脱却というのは、習得した功力の数の分だけ、その効力が弱まるんだ」
**
「えー、というわけで、今からインデックスさんに代わってこの僕カレン・ダランが政府軍の指揮を取ることになった。不本意にもね」
政府軍、現一位カレンの言葉に、その場にいた者たちは耳を傾けていた。
伝達によって集められたのは、一つ順位が繰り上がった状態での十位以内の十名。
1位:カレン・ダラン
2位:ケイル・アイン
3位:ユウス・デバイド
4位:メル・テラスドラ
5位:スメラギ・アキサ
6位:アシハラ・リン
7位:ノア・クレヴィア
8位:ルシェル・マエフィ
9位:フラード・ウェンドラ
10位:アマガセ・ハルト
集まった状態で、ユウスが全体へと話しかけるように呟いた。
「まさか、インデックスがやられる日が来るなんてね」
それに反応したのは、メルだ。
「誰にやられたわけ? ……もしかしてだけど、カルトスタウンの件と関係あるのかしら?」
カルトスタウンにてアイが起こした一件は、アイであるということは判明していないものの、トーカとフィルが何者かによって連れ去られたということは政府軍へと連絡されていた。
それを把握していたカレンが、全体に対して言う。
「そうだ、そのことで少し話しておくことがあるんだ。カルトスタウンの件、上からの情報によれば、革命家殺しアイの仕業だそうだ」
突如、友人の名が出たことによりアキサがほんの少し表情を揺らがせた。だが彼女と友人である事実を、政府軍に露見するわけにはいかない。
それはアキサが犯罪者と繋がっていることの露見であり、政府軍からの追放の可能性を含んでいるから。追放されては、アキサにとって何かと都合が悪い。
ユウスはアキサのそんな事情を理解していたために、アキサの表情の揺らぎを他の者が捉えぬよう、カレンの言葉に寸秒入れずに言葉による反応を示した。
「へぇ〜、あの革命家殺しのあの子がか」
「うん。僕も意外だったよ。僕は知らなかったけど、彼女はヘビの件で一時的にメルさんたちに協力してたみたいだったし」
そこに六位のアシハラ・リンが口を挟んだ。
「それで、その革命家殺しさんとインデックスさんの件とがどう関係してくるんですか?」
カレンが答える。
「僕は、インデックスさんを殺した犯人が、アイが脱獄させたトーカ・キジラであると思ってる」
「ほう? どうしてだ?」
ケイルの問い掛けに、カレンは自身の見解を話した。
「メルさん曰く、トーカは天の能力者。つまりは意外性ナンバーワンのオーラの持ち主。アイも天の能力者だけれど、僕はトーカの方がインデックスを殺せる可能性が高いと思う」
「なぜ?」
「トーカは寿命商売に精通した人間だから。だから自分の命を削ることができる」
「……! そうか……!」
ケイルが気づくと同時、その場にいた者の殆どがカレンの言おうとしていることを理解していた。
「人間の奥義、寿命の前借りさ」




