31話:革命の予兆
「ウォルスの予感……か」
政府軍本部、七階広間。
胡座をかき、アキサからの報告を受けたインデックス。
彼もウォルスの予感のことは重々承知していた。
「わかった。警戒はしておこう」
「ええ。お願いします」
その場を去ろうとするアキサに、インデックスは話しかけた。
「ところでアキサ。オーラの量、少し増えてないか?」
振り返り、アキサは答えた。
「いえ? 気のせいですよ。多分」
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カルトスタウン。この荒廃した街は非人道的行為が盛んに行われる非倫理的な街である。
そんな街の中を、住人の鋭い視線を浴びながら歩く者たち。
アイ、トーカ、そしてフィルであった。
アイは何故、ヘビ所属であった犯罪者の彼女らを収容所から引き抜いたのか。
その経緯として語るべきものは、およそ数日前にある。
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数日前。アイは、ヒュウゴ、ラッドと共にリュードへと辿り着いた。
アイはリュードにいる革命家に探りを入れるため、国内にあった洋服屋でサングラスと帽子を購入し、変装したうえで革命家が住んでいるという豪邸へと近づいた。
そして人目を忍びながら、その豪邸へと侵入した。
尚、彼女は“トパース”という魔道具を身に着けているため、体は透明化している。よって、彼女の体は自身以外には目で見ることができない。
ただこの魔道具には、体に触れられた時点でその効力が解除されるということと、身につけている間は能力を使用できないという大きな弱点がある。
故に、アイは豪邸内にいた多くの召使いとの接触に注意を向けつつ、豪邸内を歩く必要があった。
その末に、アイはリュードの革命家『アタラシ・フウマ』のもとへと辿り着いた。
オーラを制限しつつ、アイは彼のいる室内にて身を潜め、彼とその場にいたもう一人の男との会話に耳を傾けた。
「例の話、本当か? 俺はごめんだぞ」
「『ゼル』。今、世界には革命家殺しが出現してるんだ。俺たち革命家の身の安全を考慮しての判断なんだよ」
「つまり本当……ってわけね」
“例の話”。その内容を聞くため、アイはゼルとフウマの会話を聞き続けることにした。
「それで? 全国の革命家さんらはどのくらい賛同してくれてるんだ?」
「俺とお前を含めて、ジャスト十人だ」
常世に蔓延る革命家は十五前後、明確な数は明らかになっていない。ただ、十という人数が過半数であることには違いない。
その時、アイは背後に強力なオーラを感知する。振り返り、そのオーラの主を視界におさめた。
「フウマ様、ゼル様。“革命家連合”の件ですが、招集日が決まりました」
「『ルーク』か。いつになったんだ?」
ルークと呼ばれたその男は、口ぶりや振る舞いからしてフウマの下の者であることは明らかであったが、それでもアイは彼のオーラ量がフウマ並みのものであると感知していた。
「革命家様それぞれの都合を考慮して、七日後。ですので一週間後ですね」
「……そうか。また近くなったら教えてくれるか? 俺はどうせ忘れるだろうから」
「ええ。重々承知しております」
ルークのその言葉に顔をしかめつつも、フウマは「ありがとさん」と言い放った。
直後、ルークが退室しようとした瞬間、ゼルが彼に声を掛けた。
「止まれ。ルーク」
言われ、彼が足を止めた時、彼が振り向くよりも先にゼルが言った。
「振り向かなくていい。そのまま静止してろ。フウマもだ」
途端、ゼルはルークの方向へと歩き出す。
「そこに怪しげな違和感がある。確認させてくれ」
ゼルが近づく。その違和感の正体へと。そして“何も無い空中”に拳が振りかぶられた。
アイは既に、室内からの脱出に成功していたのだ。
「……気のせいか。悪かった二人とも」
一方その頃のアイ。
彼女は駆けて豪邸を後にした後、緊急事態に備え近場に潜んでいたヒュウゴとラッドと落ち合った。
「二人とも。今後の状況、私たちが想像していた以上に、壮絶なものになるかもしれません」
「……というと?」
アイはフウマらの会話を聞き、思案に浸った結果としてその結論に至った。
敵地に潜入し、得られた情報は多大なものであった。
革命家十名の統一。今後すぐにでも発足するでろう『革命家連合』の存在。
一週間後に行われるという革命家連合の会議。
アイは得られたそれら全ての情報を包み隠さず、仲間らへと共有した。後、彼女は自身の見解を話し始めた。
「革命家の存在は遥か昔からあったのにも関わらず、これまでは協力関係など結ばれることはなく、寧ろ敵対関係に近しい関係性だった。ここで当然疑問になるのが、何故このタイミングで革命家連合を発足させるのか、という点です」
ラッドが言う。
「気が変わったんじゃないか? やっぱ、いつまでもギスギスした関係だと、つまんねぇだろ」
対して、ヒュウゴが呆れたように彼へと告げた。
「お前なぁ……少し浅はか過ぎないか? もっと何かこう……あるだろ」
二人の会話に、アイが口を挟めた。
「ヒュウゴさん、ラッドさん。今回の件、図々しく思うかもしれませんが、恐らくは私の存在とヘビの件が関係しているのだと思います」
「ほう?」
「聞かせてください、アイさん」
再び、アイは話し始める。
「私はこれまでに、三人の革命家を殺害しました。そしてヘビの統率者であるネウルスが投獄されたことにより、計四名の革命家がこの常世からいなくなりました。それはこの常世において約二十名しかいなかった革命家の四分の一がいなくなったということを示しています」
そこで情報収集担当のヒュウゴが口を挟んだ。
「アイさん。一つ訂正させてください。死んだ、あるいは無効化された革命家は追加で二人います」
「……? 何でですか?」
「明らかにはなっていませんが、恐らく、アイさんと同じようなことを行っている者が他にもいるのだと思います。そしてそれは、多分単独で行ったものです」
「革命家殺し……ですか」
“もう一人の革命家殺し”の存在。アイはそれを受け、顎に手を当て、少々の思考に入ろうとしていた。
それを止めたのが、ラッドである。
「それで? 革命家が六人いなくなったことでどうなるってんだ?」
「え、ああ。そうでしたね。えっとですね、私が言いたいことは、革命家らが本来の立場に立とうとしているんじゃないかってことです」
「本来の立場、というと?」
「“革命家を狙う連中を根絶やしにする”。『革命』を行う立場の者ですよ」
「……!」
アイの言葉に、ヒュウゴとラッドの二名は衝撃を受けた。
彼女の言葉、それ即ちアイを含め自分たちの身の安全が危険に晒されているということであるから。
だが、アイの見解は道理にかなったものに間違いはなかった。
実際、彼女の見解は正しい可能性が高いだろう。根絶やしを志していない、もしくは他の目的があるのだとすれば、十人という少数精鋭の組織をわざわざ発足させる必要がないのだから。
そこで三人は革命家連合に対抗すべく、仲間探しを行うことにした。
アイが目星をつけたのは、かつて対峙したトーカ。
そしてヒュウゴ曰く存在しているだろうというもう一人の革命家殺し。
トーカの居場所は、ヒュウゴの類稀なる情報収集の技術によりカルトスタウンだと把握していた。カルトスタウンは危険な場所であるため、アイ自ら乗り出すこととした。
そして、革命家殺しの方はヒュウゴとラッドに任せることとした。
**
そして時は現在へと戻る。場所はカルトスタウン。
アイはトーカとフィルの二人を連れ、歩いていた。
二人に拘束具をつけていないのは、アイが彼女らを信用しているというわけではない。常に二人をオーラによって萎縮させるという、脅迫じみた行為をしているからだ。
それは直接的に「いつでも殺せる」と言っているようなものだ。
その時、歪な関係性を持ち歩く三人を、突如としてカルトスタウンの住民────大柄で人相の悪い顔をした大男たちが取り囲んだ。
「おいおいお嬢ちゃん達。見ねぇ顔だなぁ?」
「一体どこから来たんだぁ?」
唐突な出来事にも関わらず、アイはこの出来事を一つの機会だと捉えた。そこで彼女は背後にいる二人へと、振り向かずして告げた。
「お前ら。私に実力を証明しろ」
瞬間、彼女はオーラの集約により、驚異的な速度によって近くにあったボロボロの家の屋根へと飛び移った。ただ、その彼女の動きは、並大抵の能力者では追いきれず、男たちは彼女が瞬間移動でもしたかのように捉えた。
「おいおい、もう一人の女はどこ行ったんだ?」
「お? 確かに、どこに行きやがった?」
トーカとフィルは顔を合わせる。言葉さえ交わさずとも、二人の意向は一致していた。
アイのように上方向へと逃亡を試みた場合、彼女に瞬殺される。それに比べ、正面突破のために必要なのは、十数人ほどの雑魚を倒すこと。
両方ともそれなりのリスクはあるが、確実に突破できるのは圧倒的に後者だ。
トーカ、フィルは背を合わせ、言った。
「後方は任せた」
「了解」
すると、二人は瞬く間にしてオーラの基本的操作により、その場にいた十数人を気絶させた。
同時、その場にアイが舞い戻る。彼女が着地する直前を狙い、二人はアイへと能力を仕掛けた。
だがしかし、攻撃を当てる寸前、トーカとフィルは見た。自身の首がアイの攻撃によって刎ね飛ばされるビジョンを。
血飛沫を上げ、倒れる己の姿。それは鮮明にして、彼らの思考を一瞬にして恐怖の渦へと巻き込んだ。
「くっ……」
そして彼らの動きを顕著に鈍らせた。
アイは両者の腕を掴み、自分の方へと引き寄せた。
「やっぱり。いい動きだ」
それから斥力により、二人をそれぞれ別の方向に飛ばした。
家や瓦礫などに突っ込んだ二人は、その痛みから、しばらく立ち上がることができなかった。
「でも忠誠心が足りないな。救ってあげた恩を忘れた?」
無論、アイの内心的にはこのように恐怖の感情と恩を着せることによって従わせるのは不服である。だが、そうでもしなければ、彼らは決して従わない。
アイはヘビの穴にてメンバーの性格を鑑みてそう判断した。
奴らは属しているようで、属しているわけではない。圧倒的強者の前で、ただ感情も持たずに跪いているだけなのだ。
その強者がメンバーを自由にさせているからこそヘビであり、ヘビであるから自由だった。
かつて自由だった者を束縛するとなった時、束縛する者は自由だった者よりも多くの自由を手放すこととなる。
アイは今、その役目を果たそうとしているのだ。
苦痛と共に立ち上がったフィルが、アイのもとへと歩きながら、尋ねる。
「一つ訊いていいか? 革命家殺し」
「何?」
「何故俺とトーカなんだ? 強さのみで言えば、ボスの方が何枚も上手だ」
本人は語らずとも、彼の独特なオーラの流れから、アイは彼がジョーガルにて自分を針で刺した人間であると気づいていた。アイが必要としているのは、彼のような暗躍に長けた人材。
そして、トーカのように安定した実力者。
アイは答えた。
「私、毒とか嫌いなんだよ」




