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28話:紆余委蛇

ケイルとミウイとの戦闘。援護に回ったのはウォルスである。

「ケイル様。援護に来ました」

「その声……ウォルスか! 久しぶりだな!」


花萌葱色の、オーラとは似て非なるものを纏ったケイル。口から流血する彼の前には、鼻血を流すミウイ。

ケイルが言う。


「悪いが、俺の所は手が足りてる。それよりもメルの方だ。あいつの敵、恐らくこの組織の中でも群を抜く能力者だ」


そう言われ、ウォルスはメルとトーカの方を見た。

「……確かに、中々手強そうですね」

「だろ? お前の能力なら、メルのことを助けてやれる筈だ。行って来い。ここにいたら、お前も俺の功力の影響を受けることになるからな」

「わかりました。ケイル様。検討を祈ります」


そう言い、ウォルスはメルの方へと急ぐのであった。

一方、蚊帳の外であったミウイ。


「話は済んだか?」

「ああ。待たせたな」


会話する中で、ミウイは体に生じている異常を確かに感じ取っていた。

ネウルスの毒に似た、体を蝕まれるような感覚。そして、全身から力が抜けていく。


ミウイは掌握運動を繰り返すことにより、それを確認していた。そんな彼を見て、ケイルは言う。


「……そうだ。俺の功力について少し説明をしておこう」


ケイルは花萌葱色を右手に集約させ、素のオーラを左手に集約させた。

「左手にあるのが俺の土のオーラ、そして右手にあるのが俺の生命の“エネルギー”だ。お前が感知できないのは、この右手にあるものがオーラではなく“生命の源のエネルギー”であるから」

「生命の源のエネルギー……?」


生命のオーラというのは、その名の通り、生命を生み出すことのできるオーラ。

そしてそれは、逆も然り。


「そうだ。そして俺の功力は、本来の生命オーラの用途とは真逆の用途でオーラを用いる」

「真逆、というと?」

「俺のオーラは、『生命を生み出す』のではなく『生命を蝕む』。その功力の発動条件、制約として対象の命と共に、自身の命も同時に蝕み続けるというものがある」


そこまで聞き、ミウイはやっとのことで自分が見舞われているその危機的状況を理解する。そして彼の説明を基に、思案に浸った。


『生命を蝕む。そのスピードは体の力の巡り具合でゆったりとしたものだということがわかる。だが、時間が経てばいつかは確実に死に至る。それこそ俺が何もしなくとも。……奴の生命の消費も俺と同様の速度なのだろうか。俺の推理でいくと、それは否だ。先程、俺は鼻血程度だったのに対し、奴は吐血していた。つまり、俺よりもダメージが遥かにデカいということ』


自身よりも相手の方が命の消費が早い、ミウイはそう推察した。

それから、オーラを全開にしてケイルの方を見る。


「……お前の言った通り、勝敗を決めるのは急いだ方が良さそうだ」


とは言っても彼の狙いは、言葉の意味とは裏腹の位置に属するものであった。

『極力、殺す。できなそうであれば、時間稼ぎだ』


その瞬間、ミウイは見た。


ケイルが戦闘態勢に入ったと同時、ミウイの視界から彼は消え去り、彼には追えない速度で彼の背後へと回り込んでいた。

そしてそのまま、ミウイの首元辺りにトンッと手刀を入れる。


薄れゆくミウイの意識の中、ケイルは彼へと告げた。


「生命オーラは生命を生み出すオーラ。だから、俺は自らの命を削ると同時に命を増大させるている。その方が長い時間、功力が持続するからな」


体からオーラが消えゆくミウイを見下す形で、ケイルは独語のように言った。

「お前は俺の功力に気を取られ過ぎた。……オーラ量は俺より一枚上手でも、オーラの基本的操作は俺の方が一枚上手だったようだな」


    **


少し離れ、メルとトーカ。

そして護衛のギルトとウォルス。


増えた相手の数を見て、トーカの怒りは最高潮に到達しようとしていた。

引き続き歯を食いしばる彼女を見て、メルは挑発を続けた。彼女の真の実力を見るため。


「まだまだ本気じゃないんでしょう? その醜態を私たちの前に晒し続けるくらいなら、さっさとその氷から抜け出したらどうかしら?」


メルには、相手の大まかな強さを見ただけで判断することができる。直感的に、相手が強者であると判断することが可能なのだ。


彼女をそうさせたのは、彼女が荒廃した街の出身であるから。

人殺しが日常的に行われ、非人道的行為が盛んな非論理的なその街──『カルトスタウン』では、そこで生き抜くだけの力が必要とされる。


だが、幼い頃のメルには、逃げるという手段しか無かった。

だから、自然と強者を見分ける術を身につけるに至ったのだ。


「調子に乗るなよ……! 政府軍……!」


メルの挑発を受けながらも、着実にオーラを練っていたトーカ。彼女はそのオーラを爆発的に解放することにより、メルの氷を打ち砕き、脱出するに至る。


瞬時に飛び上がり、トーカはギルトとウォルスのオーラを掌握する。

ギルトは風、ウォルスは土。そしてメルは分類付与による氷のオーラ。


そしてトーカはまずウォルス、ギルトのどちらかを先に殺すことを念頭に置いた。

風と土のオーラは互いに隣接オーラであり、相性が良いから。


彼女の思考を読み取ったメルは、彼女がいる方向へと飛び上がり、氷の能力によって作られた巨大な氷柱によって攻撃を仕掛けた。

トーカはそれを拳銃によって破壊し、体を捻り宙で回転することで、メルを地面目掛けて蹴り飛ばした。


同時、落下地点にて待ち構えていたギルトとウォルスへ、メルは叫んだ。

「二人とも!」


その言葉に呼応するかのように、二人は着地体勢に入るメルの足をそれぞれ組んだ手で受け止め、それを息の合った呼吸で、彼女をトーカの元に勢いよく飛ばした。


それにより、メルは宙にてトーカへと能力を発動する。

先程とは違い、数え切れぬ量の氷柱をトーカの周りに発生させ、その先端をトーカへと向けた。


鋭利なそれと、メルの接近により、トーカは能力を発動し、自分の身を守る。

体を囲う形で発動された能力は、盾であった。


盾はメルの能力の一切を弾き、トーカはメルと共に落下しながら、盾を消去して銃を具現化。後、メル目掛けて発砲した。


メルはそれを氷の塊を発生させることにより防いだ。

落下、着地の寸前、下で待ち構えていたウォルスがトーカを狙う。


ウォルスの功力は『オーラの消費量二倍』、『功力の及ぶ範囲は、自身を中心として半径二メートル』という制約のうえで成り立つ。


そんな彼の功力は“地面を自由自在に操る”というものであった。


その功力により、ウォルスは自分の周囲、半径二メートルの範囲で地面から土の棘を生やした。強度は抜群。人体など軽く貫く程だ。


対し、トーカは体を宙で捻り、自身の体に回転を生み出す。そして手中に具現化した短剣により、土の棘を切り刻んだ。

と同時、彼女はウォルスの胸部にその短剣で深手を追わせた。刀身が全体の四割ほど彼の胸に刺さり、トーカは回転により、薙いだのだ。


「くっ……!」


唸り声をあげながら、ウォルスはトーカの着地を見ていた。

そして、倒れ切る前に、彼は功力によりトーカの足を土で拘束した。


彼女の背後に、能力の発動の準備をしていたメルとギルトの姿が見えていたからである。


メルが氷のオーラにより、氷山の一角のような体裁の氷を研磨して作り出し、それをギルトの風の能力で高速回転させ、貫通能力を上げる。


そして迎えた放出の時、ギルトが風の能力によってその氷刃をトーカ目掛け、突き出す。


背後、強靭なオーラを感知し、トーカは足に絡みつく土の功力を払おうと足にオーラを集約させる。

だが、それは決して払えはしなかった。


「死んでも離さねぇぞ……!」


胸部から周りの地面を赤一面に染める程の血を流しながらも、ウォルスは強い覚悟で功力を発動し続けていたからだ。覚悟は人を強くし、同時、オーラと能力、功力も強くなる。


「離せよ……! お前……!」


顕著な剣幕でウォルスを睨むトーカ。

しかしながら、彼にはその手のひらに込められた力を抜く気配は一向にない。


したがって、トーカはオーラの解放により、自身を中心として爆発のような衝撃を起こした。


それはウォルスを遠くへと吹き飛ばすと同時、自身の立っていた周囲一体の地面を抉るようにして削り、その衝撃の影響下に晒された氷刃は、あれ程強化したにも関わらず、粉々に砕け散った。


「そんな……!」


衝撃が体へと伝わる直前、その様子を見ていたメルは驚愕した。

やがて彼女、そして彼女の傍らのギランは衝撃により、穴の方向へと強く吹き飛ばされることとなる。


抉れゆく地面は、やがて巨大な範囲、連鎖するようにしてひび割れていく。そしてそのひびが穴へと繋がってしまった。


それが意味すること。

穴の一端、その真上からの鉛直にも等しい角度の土砂崩れである。


    **


土砂崩れ。その範囲内にいた者たちは、逃れることは叶わずしてそれに巻き込まれてしまった。

それにより、穴全体の面積の五分の一程が土砂で埋まる。


そして、それは走っていたアイの足元まで迫った。

その時点で土砂崩れは止まり、アイは地上で何が起こったのかと考える。


『地上で戦闘が行われていたのは確か。ただ、誰と誰が? ……政府軍とヘビと考えるのが妥当、か』


アイは政府軍から逃れるために、わざわざ自らの死体を偽装した。

ここで彼らに見つかってしまえば、ユキやアルの苦労が水の泡となってしまう。


故に、彼女が選択したのは『逃げ』であった。

だが既に、彼女の進行方向には、能力により着地したメルの姿があった。


両者は目が合い、先に話しかけたのはメルだった。

「貴女、ヘビの人間?」

「……いや、私は────」


刹那、アイは思考に浸った。


『私には政府軍の人間と敵対する理由がない。ただ、近づきすぎるというのも、それはそれで悪手だ。私の経歴が偽りのものであることが公になれば、政府軍らに捉えられるのは必然的であろう。そして、今この場で私が逃げ出せば、彼女は当然私のことを怪しむだろう。かと言って、ヘビの一員として振る舞うのは、彼女と敵対する理由に直結してしまう。だから今私が取るべき行動は“身元がバレないように政府軍の味方をする”』


「ヘビじゃないですよ。でも貴女たちの味方です」

「……怪しいわね」


互いが互いの心情を探るようにして向かい合うアイとメル。

そんな彼女らの前方上空、一人の女性の声がした。


「クソアマァァ!!」


トーカである。

空中、彼女は両手を上に掲げ、その手のひらの上で巨大なオーラの塊を作り出していた。


声につられ、二人は彼女の方を見る。同時、トーカはアイらの方向へとオーラの塊を投げ飛ばす。


瞬間、メルよりも一瞬早く、アイが反応を示した。アイは、トーカのオーラに対して片手を突き出し、その手のひらにオーラを込める。


そしてその手中に剣を具現化した。アイがそのオーラの込められた刀身でトーカのオーラを斬る。

途端、トーカのオーラの塊が四散する。


その出来事に、トーカとメルは酷く驚愕した。

偶然邂逅した一人の女によって、戦況はがらりと変わったのであった。

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